美学の完結

TIN DRUM:JAPAN

 

各曲解説

The Art of Parties

アルバムに収められた曲の中では最も早く録音されていて、ちょうど"Gentlemen Take Poraloids"との中間の時期にシングルとしても発売されました。ところが、このアルバムのバージョンでは大部分のパートが差し替えられていて、別物のようなイメージになっています。まずベースのフレーズがかなり違いますし、シングルバージョンに入っていたストリングス系白玉(通奏音)もなくなって、代わりに音程感の乏しいパーカッション系シンセが大胆に導入されています。実は白玉が"Quiet Life"以来のJAPANの特徴とも言えるものだったので、このアルバムで余計な白玉をすべて取り払ってしまったのは勇気ある決断だと思います。このような打楽器的なシンセの使い方を提示した点でも、このアルバムは価値が高いと思います。当時のシンセサイザーはアナログ発音で、電子楽器というよりも、鍵盤をスイッチとする単なる電気機器だったので、打楽器的な音色を作り出すのは難しかったのですが、究極的にProphet-5を使いこなして見事なサウンドを作り上げています。

アフリカンなタム回しのドラムは通常のポップ・ロック系ドラムとは全く趣が異なりますし、かなり高度なテクニックを必要とするものです。各拍の頭でハイハットを踏んでることと2−4拍にスネアが入ることでかろうじてバランスを取った感じです。さらに「ズダン」というスネアの音色も特徴的です。決して抜けの良い音ではないのですが、芯のある重いスネアになっています。ドラムサウンドの作り方に関しては、YMOの傑作"BGM"から相当な影響を受けたと思います。しかしこのアルバムのドラムはとにかく異様にタム回しが多いので、スピード感はタムが表現し、ビートの重心はスネアに分担させるという魂胆だと思います。実はMick Karnのベースはあまりにもアレなので(笑)、ビートの重心にはなりえないんですよね。そのベースですが、この曲では16分音符中心のプレイで、相変わらず妙なラインですがとりあえずリフになってます。

さらにこの曲ですごいのは旋律で、果たしてこれを「メロディ」と呼んでいいのでしょうか。コード感は希薄だし、サビ以外は採譜不可能だと思うんですけど。うーむ。

 

Talking Drum

前曲の延長上で、やはりアルバム制作の初期に録音されたものです。しかし、アレンジはより戦略的になっています。複数の楽器が同時に鳴る場面は少なく、様々な楽器(シンセやマリンバ)にフレーズを分担させて目まぐるしく音色を変化させて行きます。このような細かい切り貼り的なシンセの使い方はアルバムの大きな特徴になっていますので、この曲を作ることでアレンジの方向性が定まったのではないかと思います。(後のインタビューでシルビアンもそう語っている)

それにしてもメロディというかお経のようなボーカルですなあ。シンセがあまりにも切り貼りなので、ともするとブツ切り的なサウンドになってしまうんですが、ボーカルとベースが強力かつ絶妙に絡んでいくことで曲を引っ張っていきます。

ドラムサウンドも特徴的で、ショートディレイ系の初期反射音の余韻をゲートでばっさり切っていて、これが独特のノリを生みます。これは当時流行り始めていたワザで、フィル・コリンズなんかが好んで使っていました。もちろん教授もやってます(「フォト・ムジーク」など)。

 

Ghosts

アルバム制作の最後に録音されたという曲。すでにシルビアンさんとカーンさんの仲は決定的に拗れていたらしく、カーンさん抜きで作られているところに注目しましょう(笑)。コード進行などは前作に収録されていた"Night Porter"の続編とも言えますが、実は全く違った雰囲気を持つ曲です。歌詞もかなり内向的というか、自らの精神面を描いているような内容になっていて、その後のシルビアンのソロワークに通ずるものがあります。

サウンド的に特にすごいのは、これでもかと入ってくるシンセサイザーの効果音です。Prophet-5を駆使して作られた効果音の数々が絶妙な雰囲気を醸し出しています。単にProphetを使うだけでなく、Steve Nyeがいろいろなワザを使ったようで、効果音が左右に飛んだり、フェイザーを通したのか倍音がぐしょぐしょに歪んでいたりします。曲の最後にAフラット音で伸びる音色でよくわかりますが、単純なストリングス系の音色を非常に高速なLFOで変調して倍音変化を作り出し、さらにフランジャーを通してうねりを生み出しています。こういった複数のモジュレーションを使って複雑な音色を作り上げていくワザは、当時から坂本龍一が世界一上手かったと思いますので、その影響を受けたのでしょう。

 

Canton

さて、中華三昧の始まりです。レコードではこの曲がA面の最後になりますので、ここでインストが入るのはバランス的にもいいですね。4小節のモチーフから成り立っているんですけれども、曲のほとんどがこの4小節の繰り返しに終始しているのがすごいところです。普通これだけ同じモチーフを繰り返すと、演るのも聴くのも飽きてしまうんですが、リズムを中心に変化を付け、いくつかのブリッジを加えて見事に曲としてまとめあげています。

サウンドはシンセ、ベース、ドラム+パーカッションを中心に作られていますが、どれも最高に吟味された音色とフレーズです。特にシンセ系の音色が見事で、胡弓っぽくチューニングをはずした音をメロディに混ぜるアイディアが光ります。メロディはBをルートとするペンタトニックですが、その4度上のEペンタトニックも入って平行音程でメロディを鳴らしたりしています。ここで、Eペンタトニックでは通常出てこない、ドミナントとなるF#音のチューニングを高くしている箇所があるのが非常に素晴らしいです(*1)。これは中華音楽と西洋音楽の違いをしっかり理解していないとできないことです。ずっと後に坂本龍一が"The Last Emperor"の映画音楽をやったときに、EペンタトニックのメロディにF#を登場させて話題になったことと非常によく似てると思います。シルビアンと教授って、こういう所は以心伝心というか、兄弟のように似ているんですよね。

それから忘れてはいけないのがベース。こういう曲に西洋楽器であるベースを合わせるのは非常に難しいと思うんですが、Mick Karnがものすごいアイディアでその難題をクリアしてしまいました。こんなベース、ミック以外には考えつく人はいないと思ったものでした(*2)。

*1:琴の演奏法を例にすると、スケール上に存在しない音を演奏するときは、左手で弦を押し下げて音程を変化させることで対応しているわけです。当然ですが、こうするとチューニングが不安定になります。これをシンセでもシュミレートしているところがお見事なんです。

*2:実はWeather Reportというグループに在籍していたJaco Pastoriusというベーシストが、ミックと同じようなことをさらにハイレベルにやっていて、それこそエレクトリック・ベースの概念を覆してしまうような偉業を成し遂げたわけですが、当時の僕も、そしてミック自身もJacoのことは知らなかったのでした。

 

Still Life in Mobile Homes

レコードではこの曲からB面になります。いきなりものすごいインパクトの曲で、ここからがこのアルバムの真骨頂というわけです。まず1−2拍に入るスネアがそれまでのポップスやロックの曲に慣れきった自分に衝撃を与えました(笑)。さらに全部違う音色&エフェクトで左右に飛びまくるシンセ類、スピード感溢れるベース、サウンドに絡み付くようなボーカルと、もう全く分類不能な「JAPANのサウンド・JAPANの音楽」が全編にわたって展開されます。

ベースの動きは無茶苦茶なように聞こえますが、小節の1拍目と4拍目では必ずドラムとユニゾンするようになっていたりすることからもわかるように、実際にはアレンジ上から考え抜かれたラインになっています。B面はどの曲もベースのリフが曲を引っ張るので、重要度もA面の比ではなくなるのですが、単にメロディアスなだけでなく、他の楽器、特にドラムとの絡みが充分に考慮されているフレーズになっていることに感心します。

あとこの曲ですごいのが中間部の意味不明な日本調というか浪曲調のパートです。このパートが無くても十分にすごい曲なのですが、この中間部が加わることで別次元の凄さになってしまいました。初めて聴いたときは、スピーカーの前でブッ飛んだことは言うまでもありません(笑)。最後の終わり方もとっても格好良いです。

シンセ類は完璧で文句のつけようがありません。脱帽です。中間部の日本調パートでパーカッション的に入る音色が特にすごくて、同じフレーズで12回鳴るんですが、すべて音色が違います。しかも、単にシンセだけでこの音色になっているんではなさそうなんです。よくわからないのですが、一度テープに録った音をAudio-Inからシンセに戻して、Prophet本体の音と混ぜたり、さらに加工をしてから使っているようです。当時はサンプラーの出る前だったので、こういうやり方しかなかったようですが、それにしても不可解な音色がどっさり使われるものだと思います。

 

Visions of China

さあ出ました、中華三昧の極致です。これも強力なインパクトを持つ曲ですが、楽曲の完成度&美しさという点でも白眉と言えるのではないでしょうか。とりあえずメロディらしいメロディもありますので、このアルバムの中ではわかりやすい曲でもあります。

"Still Life in Mobile Homes"が16分音符を中心にした速くてスピード感溢れる曲だったのに対して、この曲は少し遅めの微妙にハネたリズムになっているのがポイントです。そして、このリズムのハネ方がすごいんです。日本人がやるともっと大胆にハネるので泥臭い感じになるのですが、イギリス人の彼らがやると非常にソフィストケイトされたノリになります。具体的にシーケンサのSWING数値で表すと(笑)、JAPANはSWING=40%、日本人はSWING=50-60%というところでしょう。Mickはハネたリズムが苦手のようで、ベースがドラムほどSWINGしていないのもポイントです。これによって、リズムが重くならずに済んでいます。

ドラムはスネアの音色が珍しくて、めいっぱいアタックをつぶして余韻も切った「ザッ」という音になっています。これは全編にタム回しが入っているためだと思います。シンバルの音色も素晴らしく、YMO的ではありますが、絶妙なEQがなされています。

シンセは何種類の音色が使われているんでしょうか。以前SC-88でこの曲をシュミレートしたことがありますが、そのときで15種類くらいだったと思います。

 

Sons of Pioneers

MickとSteveが中心になって作ったと思われる曲。ベースのリフだけで1曲作ってしまっているのが凄いです。例によってシンセ系の効果音がすさまじいです。ガン!とかゴン!とか妙なパーカッションはたぶん機械的にミュートしたピアノをブッ叩いてるんだと思います。サビ(?)のコーラスが不気味ですが、ここもフレーズ毎に定位が違ったりして相変わらずの凝りよう。にかく暗い雰囲気の曲で、しかもアルバムの中で一番長かったりしますが、これが次のシメに向けての重要な役割を担っています。

 

Cantonese Boy

タイトルほど中華してない曲。サウンド的には"Visions of China"の発展型で、メロディもはっきりしているし、AメロのオケがそのままイントロになるアイディアなどはB面の曲に共通したものです。"Visions of China"はベースのリフが曲を引っ張る重要な役目だったのに対して、この曲はすべてのパートが一体となって曲を進行させているのが特徴です。シンセの音色も非常に整理されていて、わかりやすくなっています。歌詞では、この曲のサビで初めて"Cantonese boy, Bang your tin drum"というフレーズが出るのでドキっとします。実はこのサビの入り方がシルビアンに特徴的なんですよね。サビ前に5拍子を持ってきて、転調してから入っていきますので、意表を突かれるわけです。

あとは終わり方に尽きるのではないでしょうか。この終わり方に呆然としたのは僕だけではないでしょう。呆然とすると同時に、なんともいえない深い感慨が沸き起こるんですけど。

 

総括

このアルバムは自分的には「未だに色あせない青春の思い出」みたいなもんだと思ってます。狂ったように熱を上げていたわりに、自分の作る音楽に対する影響は少なかったです。というか、真似のしようがなかったわけですけど、シルビアンの自己中心的な性格にはしっかり影響受けましたねえ(笑)。

JAPANはこのアルバムを最後に解散してしまうわけで、当時から大変惜しいなあと思っていたんですが、今でもそう思います。彼らの目指していたものが何なのかはわかりません。しかし、このアルバムで何かが完成しているのは確かですので、それをもって「おしまい」という感覚も理解はできるのですが、このアルバムとは別の方向性でバンドを続けることはできなかったのかなあと思います。特に、この後のDavid Sylvianのソロアルバムなんかは、JAPANで見せた才能とは全く別物ながら非常に素晴らしいものがありますので、これがあの4人だったらどんなサウンドになるんだろう、という興味は尽きません。

 

1998.12.30

 

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