やりすぎないのがちょうどいい

Sweet Revenge Tour 1994:坂本龍一

 

なぜライヴ盤なのか?

"Sweet Revenge"は1994年発表のアルバムだが、今回取り上げるのはそのライヴ盤である。どうしてライヴ盤なのかというと、こちらのほうが圧倒的に良い演奏、良いアレンジ、良いサウンドになっており、楽曲の持つ魅力も増しているからである。

 

他人まかせにして成功

坂本龍一という人はものすごい自信家である。その自信は実力に裏付けられたもので、確かに彼の作曲能力や編曲能力、特に音色やコードの使い方のセンスは右に出る者がいないと言って良い。しかし、リズム面になると、とたんに弱くなる。これはメロディ&ハーモニーが演奏の主体を成すピアニストに共通する弱点でもある。YMO時代を振り返ってみると、教授以外の2人がリズムの大天才だったので、教授自身がリズムで悩む必要はなかったのだろう。しかし、ソロになってからは、そうも言っていられない。自信家ゆえに、作編曲はもちろん、サウンド作りのベーシックからミックスに渡るまですべて自分でやらなければ気が済まなくなってしまった教授は、サウンドメイキングのすべての面においてかかわっていく。そして様々な弊害が出てくる。

「未来派野郎」「NEO GEO」「ESPERANTO」・・・この辺りのアルバムを今でも聴く人はいるだろうか?僕は「ESPERANTO」はかなり好きだったのだが、他の2作はどうも馴染めなかった。特に「NEO GEO」のヘヴィなサウンドとグルーヴには辟易したものである。リスナーを踊らせようとするあまり、脅迫的とも言えるリズム隊になっているのだ。暑苦しいリズム、と言っても良い。とにかくヘヴィなリズムに圧倒されるのみである。リズムに余裕がなくては踊れないのに、余裕がまったくないサウンドになってしまっている。そして、サウンドが前面に出るあまり、曲の持つ魅力も薄れてしまっている。これは良くない状態である。この状態は「Heartbeat」に至ってもあまり変わらなかった。

その後NYに移住して、バルセロナオリンピックがあって、YMOが再生して、"Little Buddha"があって。・・・教授の中で何かが変わった。教授自身の言葉でそれについて語られることは非常に少なかったのだけれども、とにかくNY移住以降の数年で、教授の性格もサウンドも、驚くべき変貌を見せる。そして満を持してリリースされたのが"Sweet Revenge"である。

本作で教授は大々的に外部ミュージシャンを導入した。特にリズムセクションの打ち込みについてはテイ・トウワや富家哲を大々的に起用し、自らはリズムの打ち込みすらやっていない曲もある。これが成功したのである。90bpmくらいの比較的ゆっくりしたテンポで、ちょっとハネた打ち込みリズムが絶妙なグルーヴを生み、なにげなく聴いているだけで思わず腰がリズムを取ってしまうような曲が多いのだ。苦手なリズム面を他人にまかせることで教授自身は曲作りとプロデュースに専念できたというわけである。なにもかも自分でやるのではなく、優れた才能を持つ他人にやらせることで良い結果が得られるならば、そちらの方が幸せというものである。

 

オリジナル盤とライヴ盤の違い

アルバムとライヴの違いは、アレンジ上の違いとミュージシャンの違いの2点になる。

アレンジの違い
オリジナルで用いたサウンドをそのまま使っている場合もあるが、曲によってはかなりアレンジを変えているものがある。"Pounding at my heart"は曲の展開そのものが違う箇所があるし、"Love and Hate"はサウンド的は別物と言ってもよい。そして、オリジナルよりもライヴアレンジの方がより魅力的である。
ミュージシャンの違い
アレンジの違い以上に影響が大きいのはミュージシャンの違いである。まず教授本人であるが、全曲でMIDIピアノを弾きまくりである。アルバム以上に音数が多く、またライヴということもあって演奏のノリが良い。
次に、ベースのChris Minh Dokyの存在が大きい。オリジナルは教授が打ち込みでベースを作っているのだが、やはりリズム的にイマイチな感じであった。ライヴでは人間のベーシストが入ることで、低域のグルーヴがとても良くなっている。Dokyはその後も教授のライヴに参加しているが、流れるようなベースラインの作り方やグルーヴがなんとも艶っぽいベーシストである。
パーカッショニストはブラジル人で、ミックスのレベルは小さいが重要である。
ギターは高野寛。師匠とも言える教授のライヴに参加できるなんて天にも昇る気分だったと思うが、プレイそのものはとってもアグレッシヴ(笑)。
バイオリンはEverton Nelson。教授のライヴはこれが初めてというわけではないが、電気系のサウンドでは初めてで、しかも大活躍。ここでのプレイがあまりにもかっこよかったので教授の次作となる"Smoochy"では大フューチュアされることになった。
ボーカルはVivian Sessoms。この人もレコードよりもライヴ向きという感じ。すごくルックスが良くてかっこいい。
その他、サンプリング・ボーカルということで、各曲ごとにメインのボーカリストが違うのがすごい。PAは苦労したことでしょう。

 

各曲解説

Moving On
R&Bみたいなリズムにボサノバみたいなボーカル(というか、半分は喋り)がむちゃくちゃかっこいい。リズムは富家で、よく聴くとものすごく細かい打ち込みになっている。全編に高野寛のギター&人間のパーカッショニストが入っているのと、ベーシストも人間になっているのがオリジナルとの大きな違いで、これが独特のノリを生む。合いの手に入るVivianのボーカルも良い。全面的に教授のキーボードが入っているのだが、懐かしのDX-7エレピである(これは1994年当時でも驚いた)。
二人の果て
これはオリジナルとほとんど同じ。というか、教授のミーハー的オンナ好きにも呆れるというか(笑)。メロディはかなりボサノヴァ的。
Regret
サウンドの作り方としては"Moving On"と同じだが、こちらはテイ・トウワの打ち込み。ボーカルはラップに近い。中間部に大胆なサンプルが入っている。
Pounding my heart
こういうの曲が入ること自体が、教授が変わったと思うのである。ボーカルはPaul Alexanderという人だが、もう見るからにオネエってゆうか、聴くからにオネエってゆうか、教授をして「女みたいな男のお姉さん」だそうな(笑)。この曲の映像がまたすごくて、そのPaul姐さんが着物を羽織って、ぬめぬめ踊りながら唄ってます(←ゲイシャにでもなったつもりかね)。これはビデオにも入ってるのでぜひ見て欲しい。すごいです(笑)。曲そのものは後半の展開がオリジナルとちょっと違っているし、短いピアノソロも非常に効果的。ベースの動きもとてもエロティック。←こういう箇所にエロティシズムを覚えるワシってやっぱり特殊かなあ。
Love and Hate
Paul姐さんの次はFGTHのHolly Johnson(笑)。←いやしかし、笑っている場合ではないのだ。この曲をしてこのアルバムのベスト・ナンバーと言う人も多いし、近年の教授の曲の中でもこれほど胸に迫るものはあまりない。作詞もHollyで、彼の悲痛な叫びが痛い。オリジナルはもう少しテクノっぽかったのだが、ライヴで新たな生命を吹き込まれた感じである。大々的に教授がアコースティック・ピアノを弾きまくり、さらにEvertonの「泣きのバイオリン」が加わると一層盛り上がるという構図。 この曲にあわせた原田の映像がまた素晴らしかったのでビデオを見て欲しい。
Sweet Revenge
「甘い復讐」というタイトルのこの曲もまた、とても美しく悲しい曲。なぜこのタイトルになったのか、すでに教授本人があちこちで言っているのでここでは書かないが、この曲は元々は"Little Buddha"の映画音楽として書かれた曲である。オリジナルと違ってオーケストラの上にEvertonのバイオリンが乗るのだが、その切なく美しい音色には圧倒される。実際のライヴではEvertonの音がもっと大きなレベルで入っていて、すごく泣かせてくれたんだけども、CDではしっかりミックスされちゃっていてちょっと残念である。
Psychederic Afternoon
タイトルの付け方は相変わらずの教授だが、サウンドはボサノヴァ。実は教授はボサノヴァ大好きで、他の人のアレンジではよくやっていたにもかかわらず、自分のアルバムでやることはとても少ない。
戦場のメリークリスマス
これは武道館で聴いたときはブッ飛んだ。なぜって、高野寛のギターがあの有名なイントロを奏でるのだから。ラストでEvertonが"Forbidden Colors"の一節を演奏するんだけれども、これにもブッ飛んだ。さすがに今は慣れちゃったけど、あの時は「わ!デビシルのあれだよ!!」みたいな感じで(笑)。
M.A.Y. in the Backyard
いまや教授のライヴでは定番となったこの曲を初めて生演奏したのは、このライヴだった。原曲はFairlight CMIのシーケンサで作られていて、人間の演奏を前提にしていない機械的なミニマルもの。それを人間が演奏するとここまで生き生きとしたサウンドになってしまうから不思議。MCで「こういうのは楽しいですね。すごく難しいんだけれど」と語った教授であった。
Triste
アコースティック・ベースとVivianを聴きましょう(笑)。この曲はけっこう好きだったのだが、うまい人が演奏するとここまでグルーヴィになってしまうものなのね。
We Love You
これもグルーヴィなサウンド。今回、このレビューを書くにあたってこのCDを聞き返して思ったのだが、このサウンドがほぼそのまま"Smoochy"のライヴに引き継がれてると思った。
Sheltering Sky
アンコールでの演奏。なんとピアノソロで弾ききってしまうのだが、これがなかなかすごかった。教授も弾き終わったあとで思わず「いい曲だなあ・・・」とつぶやいて笑いと拍手を誘ったのであった。
Heartbeat
アレンジが全然違うが、すごくダンサブル。これまたアコースティック・ベースで4ビートしちゃってるのが凄い。
 

実は僕はこのライヴを生で観ているので、プロモーションVTRのようなものすごく完成度の高い映像(by 原田大三郎)についても書かないといけないのだけれども、アルバムのレビューということで思いきり省略しちゃいます。ライヴVTRも出ているので、そちらをご覧下さい。

 1998.08.22

 
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