やっぱり、最高傑作。

Secret Story:Pat Metheny (Part 2)

 

ミュージシャン選択について

このアルバムは参加ミュージシャンが非常に多く、またそのバラエティに富んでいます。さらにどの曲にどの人を使うか、という選択が非常に的確です。Patの言葉によると『曲がミュージシャンを呼んでいる』だそうです。確かにその通りかも知れない、と思える曲がたくさんあります。特にすごいのがドラマーとベーシストの使い分けです。このアルバムはドラマーとしてSteve FerroneとPaul Wertico(PMG)、ベーシストにはWill LeeとSteve Rodby(PMG)がメインで参加していますが、必ずFerrone-Lee、Wertico-Rodbyという組み合わせで演奏しています。彼らはいつもそれそれペアで演奏することが多いですし、グルーヴの相性という点から見てもこれは当然の帰結と言えます。

さて、このようにして曲ごとにミュージシャンを使い分けているのですが、実際にはもっと細かく1曲の中でもパートによってリズムセクションを担当する人を切り替えたりしてますので、状況は相当に複雑になっています。よい例が4曲目の"Finding and Believing"です。最初はSteve Ferrone(d.)-Will Lee(b.)のリズム隊で始まり、タイトな7拍子のリズムを強烈に印象づけます。オケの展開部を経るとリズム隊がPaul Wertico(d.)-Steve Rodby(b.)に受け継がれ、PMGらしい流れるようなグルーヴへと変貌していきます。そしてこの2つの個性的なグルーヴをうまく繋いでいるのがArmand MarcalとNana Vasconcelosのパーカッションなんですね。実際"Finding and Believing"を聴けばわかりますけど、やっぱり前半部はFerroneとWill Lee以外は考えられない曲調で、後半部もこの展開からはPMGの二人以外は考えられないですね。

ところで、参加ミュージシャンで忘れてはいけないのがPatの盟友Lyle Maysです。PMG結成前からずっとPat一緒にやってきているLyleですが、このアルバムではたった2曲しか参加していません。その分Pat自身がかなりキーボードを弾いていて、メインとなるピアノを弾いている曲もあります。PMGとの違いを明確に出すためにLyleのピアノは極力少ない方が良いというプロデュース上の理由もあったと思いますが、近年のわりとタイトでしっかりしたタッチの彼のピアノは、ファンタジックでメロウな曲の多いこのアルバムのサウンドにはあまり向いていないと思われ、実際、Lyleの参加したのはFusion色の強い明るい雰囲気の2曲のみとなっています。

 

各曲解説

Above the tree tops

このアルバムの幕開けを告げる序曲とも言えるナンバーです。カンボジアの子供たちが唄う民族音楽に絶妙な弦アレンジがつけられて始まり、次第に切ない盛り上がりを呈します。民族音楽と弦楽器(西洋楽器)の組み合わせやコード進行などに坂本龍一っぽい雰囲気が濃厚なのですが、1コーラス終わってアコースティック・ギターが入ると「ああ、メセニーだ」という感慨が押し寄せてきます。このソロはたった8小節という短かさですが、とても切なく美しい演奏です。

短い曲ですが技術的な面でも大変に優れていて、民族音楽のコーラスをシンクラヴィアにサンプリングしておき、切ったり貼ったりする大胆な編集を行っています(ヘッドフォンなどで注意深く聴くと切れめ・つなぎ目がわかる)。ビート感のはっきりしない人声のフレーズサンプリングに他の楽器を合わせるのはたいへん難しいもので、これがオーケストラとなると並大抵のことでは成功しないと思うのです。しかしこの曲はまるで最初からこのコーラスのために用意されていたように見事にシンクロした弦を聴くことができます。なお、このあたりの技術面のアイディアについては共同プロデューサーとなったSteve Rodby(シンクラヴィア・オタクという噂)の考えが相当に反映されていると思います。

余談になりますが、当初は矢野顕子さんもコーラスに参加する予定だったそうです。Patに『ちゃんと唄えるように練習しておいてね』と言われた矢野さんは、猛練習をしてばっちり唄えるようになったのですが、予定が変更されてカンボジアの子供たちのみによるコーラスとなりました。この件に関して矢野さんは『あんなに一生懸命練習したのに、ひどいじゃないの』とPatに抗議したそうです(笑)。

 

Facing west

爽やかなメロディをスケールの大きなアレンジで演奏するという、PMGスタイルの1曲。当然、ピアノはLyle Maysなのですが、ベースはPat自身の演奏になっています。この『ブンブンブン』というベースがビート感を生んで、気持ちよくドライヴするサウンドになったと思います。後半の盛り上がりは正統派で、ギターソロのバックであまり目立たない弦アレンジが見事です。Patが生弦を大々的にフューチュアしたのはほとんどこのアルバムだけと言ってよいのですが、バイオリン〜コントラバスまでの五部をとても上手に使っています。この曲でも、弦は何気ない白玉フレーズが多いのですが、よく聴くと各声部の動きが十分に考慮されていて、とても美しいポリフォニーになっていることがわかります。

 

Cathedral in a Suitcase

何やら意味深なタイトル。それはこの曲の成立過程によるものではないかと推測します。このアルバムはいろいろなタイプの曲があるのですが、この曲に関してはPatが一人で大部分のパートを作っておき、そこへ他のミュージシャンやオーケストラの音を重ね、さらにシンクラヴィアで緻密に編集したものだと思います。つまり、すべてはPatの手の内の中にあったのです。・・・ここから「スーツケースの中のカテドラル」という言葉が出たのではないでしょうか。ゆったりとした曲ですが登場する楽器も音数も非常に多く、サウンドをまとめあげるのはさぞかし大変だったと思います。

 

Finding and Believing

Patは7拍子などの変拍子を得意としていますが、変拍子を変拍子らしくなく自然なメロディに仕立てることに関しては当代随一と言えるでしょう。あらかじめ変拍子として作曲するのではなく、メロディを作ってみたら変拍子だった・・・ということも多いようです。この曲はそんな変拍子ソングに民族音楽をフュージョンさせてしまった超意欲作で、ここまで『気持ちいい系』だったアルバムの雰囲気が一瞬にして緊張感あふれるものに変わってしまいます。この曲ではさらにすごいことに、オーケストラをもフュージョンさせてしまったんですねー。さらにさらにすごいことに(笑)、自らのギターソロすらをもフュージョンしてしまうという三位一体攻撃(←アタックNo.1)が繰り広げられるのでした。

曲の構成はABC形式で、それぞれのパートは8分3連だけをキーアイテムとして繋がっています。まずAパートは7/8拍子をバックにダイナミックなカンボジアン・コーラスが流れます。イントロなどは非常にビートがつかみにくく思い切り幻惑されてしまうのですが、3/8+4/8拍子としてカウントするとノリやすい思います。Steve Ferrone/Will Leeというリズムセクションで、わりとタイトなビートですので、7拍子もわかりやすいでしょう。ここで一通り盛り上がったあと、1/8拍子だけ欠落して6/8拍子となりオーケストラによる壮大なアレンジが繰り広げられます(ここがBパート)。ちなみにBパートはリズムセクションは完全な6/8拍子で進行するにもかかわらず、オーケストラは3拍2連が多用される4拍子系という複合タイプ。弦アレンジもブラームス&マーラー経由アバンギャルド系のため、クラシック音楽に縁の少なかった人には辛いパートかもしれません。このパートの終わりににカンボジアンコーラスがサンプリングされて入っているのもすごいアイディアです。次いで6/8拍子のまま『さあ、コーダに入りますよ!』と言わんばかりの力強いリフがピアノによって提示され、Paul Wertico/Steve Rodbyによるリズムセクションが入り、再びカンボジアン・コーラスが復活して一気に盛り上がっていきます。これがCパートで、ここまで展開されるサウンドスケールの大きさに圧倒され続けたリスナーを最後のクライマックスに導くPatのエレクトリック・ギターによる緊張感あふれる素晴らしいソロが入って曲を締めくくります。フェードアウトで終わるのが少し残念ですが、ライヴビデオではソロの部分で転調を繰り返しながらさらに盛り上がっていく怒濤の展開を聴くことができます。(←このビデオは必見)

 

The Longest Summer

阿鼻叫喚が過ぎたのでちょっと一息、という美しいバラード。なんとPat自身のピアノにより始まるのですが、進行が大変美しく、思わずうっとりしてしまうような展開です。このピアノ、簡単そうに聞こえますが実際に弾いてみると意外に難しくて、Patは相当にピアノの弾ける人ということがわかります。構成は1コーラス終わるたびソロが入るシンプルな形式。しかしサウンドは意外に凝っていて、ゆったりしたメロディを複数の楽器が受け継ぎつつ演奏したり、隠し味のようにギターでユニゾンしたりしています。そしてこのアルバムでは初登場となるギターシンセのソロですが、わりと甘い音色で思い切りロマンティックに演奏されるのでリスナーはまたしてもノックアウトされてしまうのです。ABAB形式で単なる繰り返しに近い構成になっているため2回目のソロの作り方が難しいのですが、1回目は超メロディアス、2回目はややアバンギャルドにして変化を付けています。僕の推測では1回目のソロはあらかじめ作り込まれたもので、2回目のソロはほとんどアドリブだと思います。

余談になりますが、実は僕は1996年にこの曲をコピーしたMIDIデータを作っています(未公開)。そこで初めてギターシンセを弾いてみたのですが、あまりの気持ちよさに死にそうになりました(笑)。

 

Sunlight

一息するつもりが意外に盛り上がってしまったため、軽い雰囲気のフュージョン・ナンバーが入ります。可愛らしいメロディなのですがすごい転調の嵐で、これをちゃんと演奏するのはかなり困難です。ふつうに流れているように聞こえるメロディなのに、実はとっても複雑・・・というのはPatではありがちなことですが、それにしてもこの曲のテーマ部のコード進行は尋常ではありません。4小節とか8小節の動機の最終音から次の展開へ移行するときに大胆に転調してるんですね。これは展開部に来るとさらに進化して、1小節の中でもどんどん転調しながら盛り上がっていきます。このように非常に高度な作曲・編曲技法を駆使しつつも、サウンドの雰囲気はどこまでもリラックスムードというところにPat Methenyというアーティストの器の大きさを感じます。それにしてえも、こういう曲でのWill Leeのプレイは完璧ですね。これ以上ありえないベースラインを完璧なグルーヴで演奏しています。

実はこの曲については、"Secret Story"の中の間奏曲的な役目を担っていてそれほど重要なものではないと思っていたのですが、今回このレビューを書くにあたり改めて聴いてみて、その深さに驚嘆した次第です。

 

Rain Liver

さて、この曲からアルバムも中盤となります。エレクトリック・シタールのミニマル風フレーズが怪しげでまったりとした雰囲気を醸し出す中を、摩訶不思議なサンプリング音がメロディを奏でます。この曲はメロディに展開らしい展開がなく、ほとんど最初のメロディの繰り返しに終始するのですがアレンジ的には秀逸で、延々続くループの上を様々な楽器が変化を付けながら進行し、リスナーをどんどん曲の世界に引き込んでしまいます。エレクトリック・ギターのソロが入る頃には、もう身動きもできない自分に気が付くことでしょう。サウンドの持つ深みが素晴らしいです。

ところでこの曲はシンクラヴィアで相当に編集したようで、サウンドの複雑さとにおいては"Secret Stoyr"の筆頭に挙げられるではないかと思います。エレクトリック・シタールが1音ごとランダムに定位が変わったり、ギターソロが入るやふっと遠くの方に行ってしまったり、というのは序の口で、シンバルロールはぐるぐる回ってるし、表現不能なサンプリング音はこれでもかと入ってきます。定位に関しては、位相を変化させたりする力ワザではなく、エフェクト・プラグインをいろいろ使ったようで、激しく音像が動き回る場面でもサウンドの雰囲気は変わらないところが見事です。

 

Always and Forever

アコースティックギターによるこれまた素晴らしいバラードです。盟友のCharlie Haden(Bass)、Paul Werticoとのトリオが基本になっていて、そこへ弦を加えた形ですが、サポート的に入っているホルンとエレクトリックピアノが非常に素晴らしい効果を上げています。その後の"Beyond the Missouri Sky"を暗示するようなアレンジですね。それにしても、再現部で入ってくるToots Thielemansのハーモニカに泣かされた人はいったい何万人いるのでしょうか。とても切なく、悲しく、美しい名曲です。

 

See the World

"Secret Story"でもろにフュージョンなのはこの曲だけで、雰囲気としては"Letter from home"の頃のPMGそのもの。そこへオーケストラが加わった感じです。ギターソロもけっこうアウト感があって、このアルバムの中では異色と言える曲かも知れません。次の曲から最後までは一貫した流れがありますので、この曲もやはり間奏曲的な位置づけになります。すなわち、"Secret Story"というアルバムはフュージョン的な曲を間奏曲として、大きく三部構成になっていることがわかります。ワールドミュージックへの憧憬が感じられ構成の大きな曲が主体となる第一部、ミニマルな曲や小さな編成でPatの心を表現したミクロコスモスのような第二部、そして大いなる悲しみに溢れる第三部、という構成です。アルバム制作当初からこのような構成を意図していたとは考えられにくいのですが、結果として説得力のある流れになっているのはすごいと思います。

忘れてはならないこの曲のポイントはGil Goldsteinで、彼らしい理知的なピアノが聴けるのはもちろん、この曲のサウンドカラーを決定づけていてる金管のアレンジをやっています。ちなみにトランペットでPatの兄のMike Methenyが参加しています。リズムもコード進行も "Sunlight"以上に大変複雑な曲で、こんなの一体どうやって演奏するのかと思ったんですが、この人たちはライヴでも全然平気でやっちゃったみたいですね(笑)。

 

As a flower blossons (I am running to you)

短く、美しく、切ない曲です。終楽章前の前奏曲のようなもので以降の3曲は切れ目なく続いていきます。この曲には矢野顕子さんが参加していますが、Patは彼女に日本語で唄ってもらうことを前提としてこの曲を作り、"Akiko's song"と名付けていたそうです。したがってこの曲のタイトルに『花のように咲いてあなたの元へかけてゆく』という矢野さんの歌詞がそのまま付けられたのでした。Tohnino HohtaにしろPatにしろ、矢野さんの音楽性に魅せられた人は必ず"Akiko's song"を作りますね(笑)。

 

Antonia

これまたたいへん素晴らしい曲。なんと言っても美しい旋律が見事です。音域移動の大きなメロディはいかにもPatらしいものですが、楽譜通りに演奏してもなかなかこの感じが出せないんですよね。メロディを演奏するときのリズムのPush/Pullコントロールが絶妙だからこそ出せる雰囲気なんです。アコーディオンの音色も素晴らしいです。ただこのアコーディオンはPatがシンクラヴィアで弾いているんですよね。Gil Goldsteinを使えばいいのになあ(←と思ったらライヴではGilがアコーディオン弾いてました)。構成は【アコーディオンの前奏−Aメロ−Aメロの展開−ソロ−Aメロの再現】で、要するにAメロだけで曲ができているわけです。アレンジもシンプルですが、実はこのアルバムは、後半になるに従ってサウンド構成もシンプルになります。このため、よりストレートなメッセージ性が感じられるのでした。

僕はこのアルバムの曲はすべて好きなのですが、中でもこの"Antonia"が特に好きなんです。1995年のPMG来日公演で"Secret Story"から唯一この曲が演奏されて、生で聴くことができました。もっと盛り上がる曲もあるのに、わざわざこの曲を演奏する(しかもライヴの終わりのほうで)というのは、特別な理由があるのかも知れません。PMGのライブはいつもとても盛り上がって、1曲終わるごとにものすごい拍手喝采なのですが、この曲が終わった後はもう声も出なくて、ただひたすら感激でした。

 

The truth will always be

さて、まともに聴いたら75分間はかかるこのアルバムも、いよいよクライマックスとなりました。この曲も構成は非常に単純で、循環コード進行に少しずついろいろな楽器が加わっていくだけです。最初は打楽器だけで始まり、白玉の弦が入ってきます。次いで弦による主メロディの暗示を経て木管が加わり、さらに金管が加わり、先に提示されたメロディの暗示を受け継ぎつつ徐々に音量が上がります。そしてドラムスが加わるとオケが動きのあるフレーズを展開し、トラックの開始から5分45秒、とうとうギターシンセのソロが炸裂します。ドラム、ベース、控えめに入る弦のオブリガードだけをバックに3分を超えるものすごい演奏で、フレーズもさることながら、込められた情念の濃密さに目眩さえ起こしそうになります。この人にギターシンセを持たせたらもう誰もかないません。圧巻です。

ギターシンセが出てくるまではオケが主体になりますので、弦のアレンジは特に素晴らしいものになっています。特にビオラのフレーズが絶妙で、出だしからいきなり第二バイオリンと半音でぶつかっています。その後も7th/-7th/9thなどのテンションノートを渡り歩く際の緊張感が素晴らしいです。サウンドがある程度盛り上がってからは、チェロも相当にアヴァンギャルドな動きをしています。このテンションが無いと、ギターシンセが入るまでの間が退屈になってしまう危険性が出てきますので、絶妙なバランス感覚と言えます。しかし、このような要素を除いて突き詰めてみると、この曲は、【シンプルな要素を元に、大きなくスケールに発展させてゆく】というPat自身の特徴を最大限に生かした傑作、ということになると思います。

 

Tell Her You Saw Me

やはり循環進行による美しいバラードで、実質的にこのアルバムの終曲といえます。バラードというか、コラールのような雰囲気があります。弦+エレクトリックギターというすごい組み合わせなのですが、全く違和感のない演奏です。ここまでアルバムを聴いてきたリスナーは茫然自失、あるいは疲労困憊、さらには感謝感激、などいろいろ複雑な感情を抱くことになるのですが、それらをすべて昇華させてくれる曲と言えるでしょう。

 

Not to be forgotten (Our final hour)

僕らが最後に過ごした時を忘れないでくれ。実はこのアルバム、Pat自身の大失恋がきっかけでできたということです。失恋でこんなにすごい作品ができてしまうなんて、やっぱり天才は違うなあと思うのですが、そのせいか全体に寂寥感のあるサウンドになったのかもしれません。ともあれ、『Patさん、また失恋してくれないかなー』と思うファンは100万人を下らないと思われます。

 

2000.05.27

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