意外にも初心者向け

Secret Story:Pat Metheny (Part 1)

 

Pat Metheny初のソロアルバムで、それまでは知る人ぞ知る実力派ジャズミュージシャンという位置づけだった彼を一気にメジャーな存在にさせた傑作です。2000年の幕開けとしてこのアルバムの紹介をしようと思っていたのですが、まとめられませんでした(苦笑)。実際には3年前から書いていたのですが、想いが強すぎてなかなか言葉にできなかったんですよね。しかもいざ本腰を入れて書き始めたらものすごく長くなってしまって、とても1回では終わらない分量になってしまいました。とりあえず今回は第一部とします。

 

絶賛々々、大絶賛

このアルバムの評はひたすら大絶賛に尽きます。発表されたのは1992年ですが、いったい何人のミュージシャンがその年の『今年最高の作品』として挙げたかわからないほど、多くの人々から絶賛されました。というか、録音中から前評判が凄かったんですね。"Sound & Recording Magazine"などにも「Pat Methenyは昨秋からPower Stationにこもりきりで何かを作っている。ありとあらゆる名声を得てなお、熱意を持って音楽に取り組む彼の真摯な姿勢は素晴らしい。」なんて載ったりしてアルバム発表前からすでに大絶賛(笑)。

僕自身も、Pat MethenyはそれまでPMGとか矢野顕子さんのアルバムでのプレイは知っていて、ギタリストととしては好きな方だったんです。ここが問題で、ピアノ弾きの業というか、どうしてもギターサウンドが苦手なんですよ。Patのギターサウンドは抜けの良さよりも、温もりを重視した柔らかい音色で、矢野さんのピアノともベストマッチングだったわけで、結果として『ギタリストとしては好きな人』という程度になったんですね。でもやっぱり、ちょっとイッちゃってる部分(スケールアウト感の強いソロやブラジル色など)が気になって、イマイチなじめなかったんです。そんなわけで今のようにどうしようもなく好きという感じではなかったんです。

でもこのアルバムにはその矢野さんも参加されてますし、みなさんが絶賛するものですから、『どんなものかなあ』と聴いてみて、ノックアウトされてしまいました(笑)。凄い。凄すぎる。曲、演奏、サウンド、コンセプト、すべてが凄い。こんな凄い音楽を知らなかったなんて、いままで自分が聴いてきた音楽は何だったんだろう、と思わず呆然となりました。僕はこのアルバムと前後して矢野さんの"LOVE LIFE"を聴いているのですが、ここでのPatのギタープレイもたいへん素晴らしいんですよね。とにかく美しく切ない抒情性がたまらないんです。僕がアーティストを好きになる上で抒情性というのは大変重要で、このアルバムも切ない感情の込められた曲多く、Instrumentalでこれほど泣けるアルバムも珍しいと思うほど泣けます。聴く人の感性に訴える力が非常に強いサウンドで、それが麻薬的な魅力となっているように思います。

 

Song Writer::Pat Metheny

さて、このアルバムが出る前から、Patは世界最高峰のギタリストとして人気と名声を得ていました。Jazz/Fusion関係での人気もダントツで、人気投票をやってもいつも一位だったりするわけです。でもそれはどちらかというとギタープレイの面で評価されていたと思うんですよね。そしてソングライターとしての能力はあまり評価されていなかったように思います。
Pat Metheny Groupはアンサンブルで聴かせるバンドで、けっこう複雑な展開の曲も多く、Patの作曲能力の高さを伺わせるには十分すぎるほど高度な内容なのですが、あまりにも彼のギタープレイが素晴らしいので、曲の構造まで評価されなかったのかも知れません。事実、このアルバムでも様々なギターを巧みに使い分けた演奏がなされていて大きな聴きどころになっています。

しかし今回彼のギタープレイと同等か、それ以上に凄いのが、ソングライティングの部分なんです。メロディやハーモニーといった基本的な要素の美しさもさることながら、アレンジのアイディアの豊富さ、バラエティに富んだ曲構成、アンサンブルを構築する上でのバランス感覚など、どれを取っても最高に吟味されており一部の隙もありません。単に完璧というだけでなく、すでに何年も演奏されてきた曲ような雰囲気すら漂わせる懐の深さや世界の広がりなどもたっぷりと味わうことができるのです。

 

Arranger::Pat Metheny

このアルバムのアレンジを一言で表現すると、『PatらしいJazz的な感性を生かしつつもオーケストラや民族音楽を大胆に取り入れ、単なるJazz/Fusionに留まらない幅広く新鮮なサウンド感覚を提示した』ということになると思います。

大きな基本コンセプトは【オーケストラと一緒に演奏するPat Metheny】で、全曲にロンドンフィルがフューチャーされています。だからギターシンセがバリバリ鳴ってる後ろで壮大な弦が朗々と唄っていたりするわけ(笑)。その弦のアレンジはPatがシンクラヴィアで弾いたものをもとに別の人が書き上げたのですが、非常に複雑なハーモニーを奏でる曲もあり、いったいどこでこんな弦アレンジを勉強したのかと思います。さらに、サンプリングした民族音楽をメインにした曲があります。これは明らかに、80年代の終わりから世界的にブームになったワールドミュージックの影響です。中には奇抜なアイディアもあるのですが、リズムアレンジやコード進行を緻密に組み立てているため違和感がありません。Patが生オケやエスニックな民族音楽に手を染めたのは後にも先にもこのアルバムだけでして、彼にとってこのアルバムのプロジェクトがいかに特別なものであったか、ということを証明しています。

 

How to Listen ?

さて、以上述べてきたようなこの作品ですが、いったいどうやって聴いたらいいのかと思われる方もいるかもしれません。答えは簡単で『なにも考える必要はありません』。全部聴いたら75分を超えてしまう大作で内容も超盛りだくさん。さぞや難解なサウンドと思われるでしょうが、このアルバムはPatの関係する作品の中でもダントツにわかりやすい部類に入ります。実はこのアルバムではJazz的な要素が非常に希薄で、むしろサウンドトラックのような雰囲気に仕上がっているからなんです(だからといって、単なる心地よいBGMでは済まされない内容なのですが)。PMG以上にシンプルで美しいメロディ、哀愁あふれる展開、オーケストラが絡むスケールの大きな構成など、個々の要素は誰にもわかりやすいものになっています。

気軽に聴いて楽しめる、じっくり聴いて凄さがわかる、それがこのアルバムの魅力の1つでもあります。とっつきやすさという点でもPMGの比ではなく、Pat Methenyを知らない人が入門として聴いてみるのにも最適だったりするのではないかと思うのです。

というわけで、今回はこれまで。次回はもう少し踏み込んでサウンド分析や各曲の紹介をしたいと思います。

 

2000.02.20

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