うれしいときは吠えるのだ!

OFFRAMP:Pat Metheny Group

 

 Pat Methenyのギター・シンセサイザー(ローランドGR)初登場アルバムである。

 音楽をやっている人ならわかると思うが、新しい楽器を手に入れるということは、わくわくするような楽しさがある。それが自分の表現の幅を広げてくれるものならなおさらである。
 Methenyはギターシンセで新しい表現方法を獲得できたことがよほどうれしかったのだろう。1曲目からギターシンセが炸裂し、フェロモン垂れ流しっぱなしの吠えっぱなしである。

 その他にも、このアルバムには「Pat Metheny Group初登場で、なおかつその後延々と引き継がれたもの」が多い。したがって、PMGの音楽はこのアルバムをもってして現在へと続く体を成したと言える。

 ・ヴォイスの登場(Nana Vasconcelos)
 ・シンクラヴィアの登場(Pat、Lyle)
 ・Steve Rodby登場
 ・録音にPowerStation Studio(NY)を使用

 リストアップすると以上のようなものが初登場である。

 まずヴォイスについては、このアルバムのひとつ前の作品に当たる"As Falls Wichita, So Falls Wichita Falls"からの流れである。"As Falls Wichita, 〜"での成功を自信として、Patが「Nanaのパーカッションとヴォイスを取り入れることができれば、グループのサウンドにも幅が生まれるだろう」と考えたことは容易に想像できる。その後、天使の声と評されたPedro Aznarが加入してさらにヴォイスがPMGの音楽に欠かせないものになるのはよくご存じのことと思う。

 次にシンクラヴィアであるが、この頃(1981年)は単なるシンセサイザーであり、デジタルレコーディング機能は持っていなかったはずである。しかし、サウンドを聴くと、かなりの曲で使われているような感触である。おそらくシンクラヴィアでベーシックな部分(同期パートを含めて)を作ったあとで、生演奏をかぶせていったのではないかと思われる。PMGの代表曲となった"Are You Going With Me ?"や"Eighteen"などがそのような手順で作られたと思われる。(このような手法は、その後の作品でさらに手が込んでゆくことになるが。)
 いつもPMGを聴いて凄いと思うのだが、同期を使っても使わなくても、サウンドの雰囲気やグルーヴが全く変わらないのである。あのムーンライダースでさえ、同期を使用した曲ではグルーヴィなノリが失われてしまうというのに、PMGのメンバーはコンピュータすらゲスト・ミュージシャンのように扱えるというのだろうか。恐るべき事である。

 3番目は、現在のPMGのベーシストSteve Rodbyの加入である。
 PMG以前のSteveはほとんど無名であった。どこから探してきたのかしらないが、エレキベースもウッドベースも弾ける彼の加入でグループのサウンドがより充実したことは間違いない。このアルバムでは単なるベーシストであるが、トータルなサウンドプロデュース能力にも優れており、その後PMGはもちろんPatのソロアルバムなどでもCo-producerとして欠かせない存在となる。

 4番目、PowerStationの使用である。80年代に常に最新のサウンドの発信源となっていたPowerStationを録音スタジオに選んだのは、実に的確な選択であったといえる。

 さて、Patであるが、ギター・シンセ導入以前と特に変化したところは、なんと言ってもソロである。GR以前のMethenyのソロは、下手ではないがあまりにも上品で「どーだ、まいったか!」というような威圧感や、リスナーを引きずり込んでしまうような妖しい魅力が少なかったように思う。特に、ソロを通しての構成につかみどころがなかった。魅力のないJazzは単なるイージーリスニングにしかならないのが普通であるが、Patの場合はギター・シンセを使い始めたことによって普通のギターでのソロを含めて一気に魅力的になってしまった。そういう観点から見るとこのアルバムはMethenyにとってもPMGにとっても、重要な転機となったといえるのではないか。

 このアルバムでのギター・シンセのプレイは、まず圧倒的な弾きまくりである。アイディアが湯水のように湧いてきて止まらなかった様子がありありとわかる。ギター・シンセのためだけに作られたと思える曲も入っている。特に長い音価を多用した息の長いフレーズを重ねたソロは構成もドラマチックであり、非常に魅力的である。
 このあたりについて、以下、各曲ごとに述べていきたいと思う。

Barcarole
 「Methenyの音楽が変わった!」時代を追ってPatの音楽を聴いてきた人ならばすぐにわかっただろう。この曲は、"As Falls Wichita, 〜"風のサウンドにギター・シンセを乗せる、というアイディアでできている。しかし、なんとも魅力的なサウンドである。
 PatはLyleのシンセサイザーの上に乗せるギターソロのサウンドをいろいろ試行錯誤していたと思う。元来Patはエッジの立った音はあまり好きではないので、当然ディストーションも使いたくなかったはずである。あの繊細なオーケストレーションを壊さず、なおかつイケイケなソロを取れるサウンド、それが甘く歪んだGRの音色だったのであろう。「これこそ、自分の求めていたサウンド、自分の欲しかった楽器!」というPatの喜びが曲全体から伝わってくるオープニングである。
なおPMGの全レパートリー中でディストーション・ギターが出るのは98年現在でも3曲しかない(うち2曲は"Imaginary Day"に収録、もう1曲は"Half Life of Absolution")。 
Are You Going With Me ?
 "Barcarole"や"OFFRAMP"とは全く異なるアプローチでギターシンセを炸裂させている。前者2曲が「とにかくギターシンセを弾きたい!」というパッションに溢れているのに対し、この曲は非常に戦略的に構成されており、曲のクライマックスを生み出すためにギターシンセのソロを持ってきている。このソロがなんと5分間にもおよぶのであるが、そういった狙いがあるのでドラマチックでしっかりとした構成のあるソロとなっている。「ギターシンセを弾くときにはトランペットやサックスなどの金管楽器を意識している」とPat自身が語っているとおり、フレージングもそれまでのギターソロとは全くといってよいほど異なっている。
 この曲で凄いのは、コンピュータで作られた単純な構成のサウンドに人間の演奏が加わることで、ここまで激しくエモーショナルなものが作れるということを示した点である。バックトラックはシンクラヴィアで作られたカッティングだけなのだが。ううーむ、この曲のあたりから「単純な要素を繰り返し、組み合わせてスケールの大きなサウンドを作る」というMetheny流サウンド構築術が生まれたのではないのだろうか。原点は"San Lorenzo"からも十分に見て取れるのであるが、きちんとした手法として形を成したのはこの曲からであろう。
 現在のライヴでもこの曲は必ず演奏されるが、はっきり言っていまの方が、PatもLyleもすごい(笑)。ソロを弾いているPatの表情を見ているだけでノックアウトされる人も多いだろう(←含む自分)。まさにPMGを代表する1曲である。
Au Lait
 これも「PMGらしい」1曲。
 半音進行を多用したギター、たっぷりとエフェクトのかかったヴォイスなど、妖しい魅力に溢れた長いイントロに続いて、とても甘いギターが入るのが憎い。
 しかし、この"Au Lait"という曲のために、このアルバムの邦題が「愛のカフェ・オーレ」になっていたことなんて、いったい誰が知ってるのだろう(号泣)。
Eighteen
 さ、気を取り直して次の曲。
 8ビートの同期モノで、Lyleのオカリナが軽やかである。最初に出てくるギターはおそらくシンクラヴィア・ギターで、エフェクトもたっぷりで妙な音色。後半のソロは普通のギターとなるが、フレーズ自体がそれ以前となんとなく違っている。なんか、あまりに軽くて中身もないような曲だが、それは次の曲があまりにもブッ飛んでるからであった。
Offramp
 出ました、ギター・シンセ弾きまくりのアヴァンギャルドもの。
 その後の"Scrap Metal"に続く曲と言えるが、このギターシンセはどう聴いてもオーネット・コールマンのトランペットの影響が見える。というか、この曲はそもそもOrnettに捧げられている。ギター・シンセもすごいんだけど、Steveのベースも聴きごたえがある。初参加でここまでできればすごいものだ。あとすごいのがLyleで、なんとPatと同じラインをオーバーハイムでユニゾンしているのである。左Chの方から聞こえるやつ。後半はユニゾンではなくて二人でアウトしまくったソロを展開するのでよりいっそうアヴァンギャルドさに拍車がかかるのだった。このLyleのシンセの音色やプレイは「Patがギターシンセでやるなら僕もやっちゃおー」みたいな、お茶目な感じがあるので、聴いていてなんだかニコニコしてしまう。
 それにしても、ここまでイケイケだとかっこいいし、気持ちよい。この程度なら余裕でついていける僕だが、半分くらいのリスナーはここで脱落しちゃうんだろうなあ(笑)。
James
 あまりイケイケでも困るので、和み系のフュージョンぽい1曲を、ということかしら。アルバムの最後の方にこういった曲が入っているとホッとするのも確かである。
 実は初めて僕が聴いたPMGがこの曲である。当時かなり流行っていたので、PMGという名前は知らなくてもあちこちで聴いた記憶がある。後にこのアルバムを聴いたときに「えー、この曲ってPMGだったのー?そういえば、そうかも・・・」と驚きつつ納得したのであった。
 テーマがあって、ギターとピアノのソロがあって、というよくある構成だが、優しげなメロディがよく唱っていることと、Pat独特のギターのトーンでとても心地よいサウンドとなっている。ギターソロも以前より良く唄っており、ギターシンセ導入の好影響が徐々に出始めていることがわかる。正直いうと、その後に入るLyleのソロの方が良いと思うが(苦笑)。なお、Aメロのテーマが必ず2回繰り返されるのだが、コード進行が違うのが良い。
 あと些細なことなんだけど、どうもラストでPatがハーモニクスで出すF#の音程が狂ってるようにきこえる(コーラス・エフェクトのためか?)。同時にSteveがD音を「ブン!」と弾いているのだが、この3度のハーモニーが気持ち悪くなっていて惜しい気がする。
 ちなみにタイトルの"James"とはJames "Sex-Machine" Brownのことであるはずがなく、もちろんJames Taylorのことである(笑)。
The Bat part II
アルバム最後は、Lyleのオーケストレーションが光るバラードである。Nanaのヴォイスとパーカッションが素晴らしい。

 

1998年6月18日

 

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