想いを馳せる先はいつでも故郷の空

Beyond the Missouri Sky:Charlie Haden & Pat Metheny
 Pat Methenyの魅力のひとつに、暖かく柔らかい音色のギターを挙げる人は多いと思うが、それをたっぷりと堪能できるのがこのアルバムである。

 スタンダードナンバーのカバーなども含むバラード中心の選曲であり、メロディラインもロマンティックで、よく唄っている曲が多い。このアルバムの選曲コンセプトは、美しくてシンプルなメロディとコード進行を持つ曲である。音数の少ないデュオのためこれらの曲の持つカラーが強調されており、全体に切ないメロディが多いこともあって、しみじみとした感動を呼び起こす作品になっている。
 僕もこのアルバムの良さとしては、美しいメロディを持つ曲を多くもってきた選曲のセンスの良さと、その美しさを際だたせる演奏の素晴らしさをあげたい。

 さらに、このアルバムのもうひとつの特徴は「わかりやすさ」である。
 PMG以外ではストレート・アヘッドなJazz指向のアルバムを多く作っているMethenyであるが、このアルバムに関してはソロも短めでコード進行やスケールからアウトすることもほとんどない。従って、普段Jazzを聴かない人でも、気軽に楽しめるような内容になっている。またアルバムジャケットの写真やデザインがとても美しい。内容もこのジャケット写真そのもののイメージである。

 しかし、決してなごみ系インストには終わっていないのはさすがである。Methenyらしいテンポの揺らし方やボイシングへのこだわり、シンクラヴィアのオーバーダビングによる複雑なサウンドなど、聴き込んでいくと相当に凝った内容であることがわかる。

 そんなことから、Jazz初心者を含めて多くの人に自信をもって勧められる一枚と言える。

各曲について

Waltz for Ruth
4拍子のような出だしから始まって、なんだか心がうきうきして踊りだしたくなるような展開部へ繋がっていくアレンジが見事な曲。オーバーダビングなしの演奏だが、アフタービートを強調するメセニーのギターが心地よいスウィング感を与えてくれる。この曲だけを聴くと「意外とポップなアルバムなのかな」というイメージすら生まれてしまうオープニングナンバーである。僕は初めて聴いたときは「ま、これは軽いジャブの応酬だろう」と思ってしまった(苦笑)。
Our Spanish Love Song
サウンドの流れとしては1曲目を引き継いでいるが、オーバーダビングのギターが入ってサウンドが厚くなってくる。メロディがかなり切ない系でよい。
Message to a Friend
MethenyがHadenのことを考えながら作ったという曲。シンプルなメロディと、それをサポートするコードワークが見事。ひとつひとつの音符を充分に吟味した結果なのだろう。それほど凝った進行ではないし、和音構成も決して難しくないのだが、コードの構成音のチョイスが非常に良い。かなりキーボード的な発想と思われる。したがって、ギターで演奏するのは難しいかもしれない。98年3月のPMG来日公演ではMethenyのソロで演奏された。
To for the Road
Methenyの示唆で入れたというHenry Manciniの名曲。Macciniといえば"Moon Liver"であるが、この曲もメロディがとても甘くロマンティック。うっとりとして聴いていると、けっこうアウトしたソロが入ってきて、思わず身を乗り出してしまうことになる。
First Song (for Ruth)
これもオーバーダビングなしの演奏だが、しょっぱなからディミニッシュ系コード連発でいかにもMethenyが好きそうな感じである。最初に同じメロディが2回出てくるのだが、微妙にコード進行を変えてあるのが憎い。これはPMGでもよく使われる手で、後半になるに従って動きの多い進行となり盛り上がる仕組みになっている。
The Moon Is a Harsh Mistress
デュオで始まって、徐々にいろいろな楽器が加わってくるのがとても感動的。この曲あたりからこのアルバムがハンパでない作品であることが予感される。
The Precious Jewel
サブタイトルに"in memory of my father Carl E. Haden"とある。実はHadenはこのアルバムで、親子の関係を見つめ直すようなことをテーマとしているらしく、その意味でも興味深い曲である。演奏は明るく楽しいものになっている。
He's Gone Away
今度は"in memory of my mother Virginia Day Haden"というサブタイトルである。Traditionalということだが、とても切ないアレンジであり、母親について思うときは誰もこういう感情になるんだろうなあということがよく伝わってくる佳曲。
The Moon Song
ここからこのアルバムはどんどん盛り上がる。Methenyの示唆によって取り入れられた曲であるが、サウンド的には最も凝った部類であり、いろいろな楽器がダビングされて複雑な色合いを聴かせてくれる。なおメインにエレクトリック・ギターが使われるのは、この曲とラストの"Spiritual"のみである。このアルバムにしては長いギターソロが聴けるが、さりげなく技巧派の演奏になっており素晴らしい。それにしても、どこまでも甘いギターの唄いかたはどうでしょう。まったく、聴く人をメロメロにさせてくれます。
Tears of Rain
このアルバムにおける唯一の毒と言える。美しいバラの花には必ず刺があるように、これがなくてはMethenyは語れない(笑)。アコースティック・シタールで弾かれる不穏なメロディとコードが独特の雰囲気を演出する。ソロもかなりイッちゃってる内容で、とても緊張感があり思わず引き込まれてしまう。この魔的なものもMethenyの魅力なのである。
Cinema Paradiso (love theme)
このアルバムのハイライトは、2曲続く「シネマ・パラダイス」のテーマなのだった。こちらはMorriconeの息子のEnnioの作品。Methenyの選曲なのだが、ここまで情感たっぷりの演奏を聴かせてくれるとは誰が予想したであろう。素晴らしい。センチメンタルなメロディとその展開によるソロ、というとても単純で短い演奏(このアルバムでは収録時間が最も短い)ながら、実に充実した1曲である。この曲のMethenyのソロはアルバムの中でも白眉といえる。
Cinema Paradiso (main theme)
今度はEnnioの父、Andrea Morriconeの作品。誰もが知っているあの曲であるが、ギターで演奏されるとまたひと味ちがっていてよい(しかし、これをギターで弾くのはとても難しいと思う)。親子の作品を並べたことからも、このアルバムが親子の関係をテーマとしていることがわかる。
Spiritual
アルバム最後は、Charlie Hadenの息子、Josh Hadenの曲である。なるほど、Hadenは自分の親、自分の子との関係を見つめなおすことをテーマにしたのか、ということがわかる。また、最後に入っている虫の鳴き声がとてもよい。

演奏について

 全曲、Charlie HadenとPat Methenyのデュオだが、上で述べたようにコンセプチュアルな主導権はHadenの方にあるようだ。
 しかし実際の演奏ではHadenはほとんどサポート役に徹しており、その上でMethenyがのびのびとプレイしているのが印象的である。PMG以外のMethenyにしてはわかりやすい演奏をしており、スケールからアウトしまくるような毒気のあるソロもほとんどない。"To for the Road"の後半でややアウトした短いソロが出てくるが、甘いメロディ(甘すぎるかもしれない)との対比が考慮されているので、綿密なアレンジの結果と思われる。
 やはり特筆すべきはMethenyのボイシングである。普通のギタリストとは随分違っているのだが、ボイシングにはとてもこだわりをもっているらしい。よくわかるのが"Message to a Friend"であろう。この曲はオーバーダビングなしの純然たるデュオである。そしてMethenyの弾くギターのメロディに付くコードのボイシングへの気の遣いようが尋常ではない。コード進行自体はそれほど凄いとは思わないが、どのような音符を選んで鳴らすか、という点において天才的なセンスがある。不要な音が一切ないのだ。
 デュオの上にさらにギターやシンクラヴィアをダビングした曲が半数以上を占めるが、これらの楽器のボイシングも十分に吟味されたものになっている。それにしても、シンクラヴィアのストリングスの音色は素晴らしく、サウンドに厚みと広がりを持たせるのに貢献している。
 次に素晴らしいのが、Methenyのテンポの揺らし方である。これはもう誰にも真似のしようのないものである。Hadenの演奏はほとんどオンビートであり、裏拍も少々スウィングさせる程度にとどめ比較的淡々としているのだが、Methenyの弾くメロディは半拍とか、場合によってはそれ以上遅れたりする。単純な8分音符のフレーズも、安易に均等に弾かれる箇所はほとんどない。微妙にスウィングしたり走ったりするのである。このようなメロディラインの揺らし方、ビートのプッシュ感とプル感はMethenyならではのものがある。そしてそれにより、ギター自身が唄っているかのような雰囲気が醸し出される。実はMethenyは「ビートをずらして弾く」ことをかなり練習したようで、テクニックとしてビートの揺らし方、揺らしたビートのコントロール法を身につけているらしい。特に"The Moon Song"と"Cinema Paradiso (love theme)"におけるメロディとソロの情感たっぷりな演奏は圧巻である。

1998年5月

 

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