自分を探して

Brilliant Trees / David Sylvian

 

JAPAN解散の原因はいろいろ考えられるけれども、シルヴィアンが一人で音楽を作りたいという欲求に、メンバーもシルヴィアン自身も抗えなくなったというのが真相ではないかと思われます。そんなわけで、一人ぽっちになったシルヴィアンが好き勝手に録音した結果できてしまったのがこのアルバムです。録音のやり方などは日本盤に付いていた坂本龍一&ピーター・バラカンの対談にかなり詳しく載っているのですが、要は大まかなアレンジをシルヴィアンが示しておき、あとは共演者にお任せというスタイルです。その「大まかなアレンジ」があまりにも独特なのでボクを含めみんな苦労したみたいだよ、ホルガー・チューカイは別にして。というのが坂本さんの弁。この頃のシルヴィアンさんはJAPANから開放されて気の抜けた状態から復活した反動か妙にハイテンションだったようで(笑)、気持ちのおもむくまま手当たり次第に曲を作っては録音していたようです。しかし、いざアルバムにまとめようとしたら収集がつかないほどコンセプトがバラバラで困ってしまい、ボツ曲が出たり追加レコーディングが発生したということです。
JAPAN解散と前後して、シルヴィアンはECM系のジャズや環境音楽にのめり込んでいたこともあって、このアルバムもそういう系統のインストゥルメンタルで固めたかったようです。しかし紆余曲折があり全曲ボーカルものになりました。

※紆余曲折
レコード会社から「全曲インストなんてダメ。それは契約違反。」とダメ出しを喰らったものと推測します。アルバム後半の曲にはたっぷりインストのパートも含まれているので、シルヴィアンとしても許容範囲だったのかもしれません。実際、この時期に教授のピアノがメインとなるかなり気合いの入ったジャズインストが録音されてるのですがアルバムには未収録です("Let The Happiness In"12インチ盤に収録された「Blue of noon」)。
しかしシルヴィアンは何が何でもインストものを作りたかったようで、その後もArchemyなんていうインスト・ミニアルバムを出したり、映像方面に興味を持ってインスト+ビデオの小品を出してみたりしたあげく、Gone to Earthなどというボーカル+インストの2枚組大作まで作ってしまいました。徹底的に固執するシルヴィアンを象徴する出来事ですが、なんとも頑固な男よのう・・・。

というわけで、以下お約束の各曲解説へ。

 

Pulling Punches
JAPANと全然変わらないと言われまくった曲ですが、変わらないというよりもむしろ初期JAPANをより洗練したというのが適切かと思います。初期JAPANはファンク的なリズムにドロドロサウンドを融合させていたのですが、3枚目のアルバム「QUIET LIFE」でエレクトリックな方向を目指すとともにファンキーさは影を潜めてしまいました。それがここに来て復活したわけです。構成もAメロ-Bメロ-サビというわかりやすいです。Bメロへ移行するときの転調は意表をついていてよいと思います。最終的にはシルヴィアンが作った基本のトラックにホルガーがたっぷりとスパイスをかけました、という出来になってます。

The ink in the well
日本語題はもっとわかりやすく「詩人の血」。寓話的な要素が強い歌詞で、Secrets of the Beehiveのに続くような魔の世界です。アレンジ的にもSecrets of...を暗示させるような内容になっていて面白い。あとシルヴィアンがオルガン弾きまくりで、シンセを全く使っていないのがポイントです。

Nostargia
同タイトルのタルコフスキーの映画に触発されたという曲です。イントロのインドっぽいボイスを始めとして、アレンジの半分くらいはホルガーのアイディアだと思います。基本的なオケはシンセサイザーの白玉をベースに様々なエフェクトをかませたギターをダビングしたもので、例によってシルヴィアンのボーカルが強力な推進力となります。しかし合間のインスト部もかなり長く、充実していて聴き応えがあって、どちらかというとインスト部を作りこむことに注力された曲だと思います。スティーブ君の叩いてるパーカッション(ドラム)に苦心のあとが見られますね。こういう曲に通常のドラムセットを持ち込むのはかなり大変だったと思います。

Red Guiter
非常に意志の強い歌詞に驚かされます。あーもう結局この人って自分大好きなんだな。ナルシスティックなんだけど。「どうしてボクは生きてるのだろう?」という自分探しをしながら傷ついているように見せたり宗教にハマってみたり、芸術家ぶっていろいろやっているんだけれども、結局、音楽をやることが自己肯定なんだ!とここで宣言しちゃいました。ロックンロール的にはギターは男性自身のメタファーというのがお約束ですが(笑)、この曲のギターはシルヴィアンの自我のメタファーですね。
サウンド的には全編にわたってめちゃくちゃなコード進行に驚きます。最後のサビに入る前のブリッジが特に凄まじい。坂本龍一もびっくり。分数コードで書くしかないです。なんとかしてほしい感じ(笑)。あとはスティーブ君のハイハット&シンバルワークに注目でしょう。

Weathered Wall
レコードはここからB面になるのです。アルバム後半からホルガー・チューカイ色が濃厚になっていくのですが、この曲はその最たるものでしょう。ドラムとボーカルがなかったらホルガーのアルバムに入ってもおかしくないと思います。ただ歌のバックにずっと坂本さんのシンセが入っていて、これが結構強いカラーを持っているので一概にアンビエント系と括れないのですが。あとはもう中東のラジオを録音したテープのコラージュが入ったり(サンプリングでないところがシルヴィアンのこだわり)、ワビサビ系サウンドを模索していたことが伺えます。しかしこの曲のProphet-5はすごい音色ですね。こんなにぐしょぐしょに揺れる音色を歌もののオケに使うなんて、普通ありえないです。

Backwaters
おそらくこれが追加レコーディング曲です。シルヴィアン、スティーブ兄弟+ホルガーだけで作られています。リズム&フレーズのループでできていて、妙な音色のシンセやホーンを絡ませることで独特な緊張感を生むことに成功していると思います。やっつけの割には良い仕事(笑)。

Brilliant Trees
シルヴィアン曰く、「こういうバラードを恥ずかしげもなく書けるようになったところが以前との違い」だそうです。教授とやったForbidden Coloursが転機になったようですが。
この曲は教授の弾くコラール風オルガンと、それを追っかけるホルガーのホーンから構成される前奏から涙がちょちょ切れんばかりに素晴らしいのがポイントでしょう。教授が弾いたあとでホルガーがソロを加えたということですが、意外なまでのマッチングぶりに教授自身もびっくりしたそうです(教授はホルガーの音楽はあんまり好きじゃなかったらしい)。それでまあ、強力なボーカルと相まって情念が濃密にクロスモジュレーションする1曲になってしまったので、バランスを取る意味で長〜いインストが入っています。このインスト部も非常に出来が良く、心地よい幻想性を持たせていると思います。

2004.12.26

 

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