静謐なポップス

Pure Acoustic:大貫妙子

 

クラシカルなアレンジで自曲をカバーしたアコースティックライヴのアルバムです。当然、生楽器が中心になっているのですが、もともと詞と曲が非常に良いので、それを生かす素直なアレンジが中心でとても好感が持てます。ちょっと驚くのは弦の編成で、二人のバイオリンにビオラ、チェロ、そしてコントラバスまでいます。普通、ポップス系の弦アレンジだとコントラバスは入れずにカルテットにすると思うんですが、クインテットになっているので相当に複雑な和声も出てきます。

ところでクラシカルなスタイルのアレンジというと、何やら堅苦しいイメージを持つ方もいるかもしれません。これは日本の音楽教育がクラシック偏重型なので、「クラシック=お勉強」という思考が定着してしまっている弊害だと思いますが、このアルバムではコントラバスのピチカート、すなわち生弦ベースを上手に使っていますので、とてもポップな雰囲気になっています。そのため、美しいサウンドを味わうことができるだけでなく、わかりやすく気軽に聴けるアルバムではないかと思います。なお1曲目〜7曲目は1987年のライヴ、8曲目以降は1994年のライヴの音源ということです。

この年代の違いを考察すると、まず87年のライヴはピアノと弦を中心にした楽器編成にしてロマンティックなアレンジでまとめています。ロマンティックなストリングスが大好きな僕としては、当然ながら大のお気に入りとなっております。サウンドも素直に録音されていると思います。しかし一方で94年のライヴは、あんまり良いサウンドとは言えないと思います。シンセサイザーが入ったりするので、7曲目までの流れとはサウンド的に違和感が出てしまいます。さらに、吉野金次氏がレコーディングエンジニアをやってるんですが、ピアノの音色があの当時の吉野トーンで、これもあんまり良くないです。ピアノの余韻を録りたかったんだろうけど、コンプ・リミッターを効かせすぎのような感じです。そのためかノイズレベルも大きいし、音色もつぶれ気味で不自然に聴こえるのが惜しいと思いました。それ以外は何一つちぐはぐなところのない、美しいサウンドが堪能できると思います。

ということで、以下に印象に残るトラックについて書きます。

 

雨の夜明け

すごいのはイントロではなくて、そのあと。複雑なピチカートのアンサンブルとボーカルの作り出す絶妙な音空間が、一気にリスナーを曲の世界へ引き込んでしまいます。大貫妙子で凄いなあと感じるのはこういうところです。ちょっと聴いただけでもあっと言う間に彼女の表現する世界に包み込まれてしまう、サウンドの持つ独特の雰囲気や空気感が最大の個性だと思うのです。それにしても、Aメロ部分は演奏者にとっては「地獄のピチカート責め」ですなあ。これは相当に強力でして、僕も最初に聴いたときは頭がクラクラしてしまいました。←こんな曲でクラクラしてる奴はかなり珍しいと思いますが(笑)。

黒のクレール

歌の部分は抑えた表現、間奏は思いきり切なくロマンティックに、というアレンジになっています。あと、ちょっとしか演奏しないんですが、清水靖晃ってこんなに上手かったのか!、と唸らずにはいられないサックスがすごいです。かなりオンマイクの録音で、微妙な息づかいはもちろん、管に空いてる穴を塞いで音程を変えるフェルトみたいなやつ(?←正式名称を知らないので(^^;))が動いている音まで聴こえるのがたいへんリアルです。にもかかわらず、とてもやわらかいサウンドになっているのも素晴らしいと思いました。

横顔

おなじみの曲ですが、思わずニコニコしてしまう仕上がりになっています。可愛らしい歌詞にぴったりな、楽しいアレンジで、フェビアン・レザ・パネのピアノが絶妙のSWING感でアンサンブルをリードしていきます。やっぱりこのノリはフランス人でないと出せないかもしれません。それにしても、間奏はどう聴いても「おおシャンゼリゼ」の進行ではないですか。アレンジは中西俊博さんがやってますが、こういう洒落はとっても素敵で僕は大好きです。

突然の贈りもの

鳥肌が立つほど素晴らしいです。まさに彼女の最高傑作と言えるのではないでしょうか。この曲に関しては矢野顕子が「ピアノ・ナイトリィ」でカヴァーしたやつが最高だと思っていたんですが、こちらの演奏を聴くと、さすがに作者本人は凄いと思います。大貫妙子は切ない歌詞の曲を抑えた調子で唄うじゃないですか。それがかえって効果的だと思うんです。この曲はその代表例で、抑えた調子ではありますが、さすがに情念が深くて、一つ一つの言葉をかみしめるように唄っているのがよくわかります。

ひとり暮らしの妖精たち

若い頃の坂本龍一の作曲で、なんだかとっても歌いにくそうな変な曲です。でも、大貫妙子の声質によく合ってると思いますので、きっといろいろ考えて作曲したんじゃないかなーとか勘ぐったりしてます(笑)。

1999.03.06

 

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