2000年、1月9日。 姫路の一角において、株式会社アミーゴの新年会が行われた。 取り引き関係をもつ別会社の人々も来ているようだった。 株式会社アミーゴは全国規模で多角的な経営を行なっていて、姫路、京都、大阪など関西圏のみならず千葉、神奈川といった関東地方にも経営基盤を持っている。 したがって、神奈川から幹部クラスが二名も参加するというような新年会はめずらしく、おそらく年に一回のこの新年会くらいだろう。 僕は昨年までイギリスのマンチェスター支局勤務であったが、辞令のため現在は京都で国際事業部を一任されている。 僕はお礼もかねがね、その日、姫路へと向かったのであった。 ***** イギリス「社長、明けましておめでとうございます。・・・ところでその両脇にかかえていらっしゃるお二人の巨乳さんはどなたですか?」 呉「おお、イギリス君。久しぶりだ。去年一緒に伊豆のバナナワニ園に行ったとき以来じゃないか。」 イギリス「…わたくしめは行っておりませんが。」 社長の目が一瞬曇った気がした。どうやら僕は余計なことを言ったようだった。 社長はどちらかというと気まぐれな性格だ。また怒らせてしまったらしい。 ところで社長は去年誰とバナナワニ園に行ったんだろう? っていうか、何をしに行ったんだろう? ワラビ「ああ、イギリスさん」 女子社員研修室室長のワラビさんだった。同期入社でもっとも気が合う友人の一人だ。 イギリス「あ、、、久しぶり。ん?どうしたんです? リュックサックを前に抱えて・・・?」 ワラビ「ああ、これか。いまこのリュックには2キロの肉のかたまりが入ってるんだ。いや、巨乳さんの気持ちが知りたくてね。昨日からずっとこうしてるんだ」 相変わらずバカまるだしであった。 宴会が始まると、そこにはこれまで鬱積してきたストレスが発散する。 そうだ、我々は日々精一杯の努力をしている。業界の評判を高めるために日夜あたまをひねって考えているのだ。 しかし、同じ業界のなかにも悪徳な業者は多い。グラビアアイドルの写真を売るだけのところ、自分が女子高生であることを売りにして画像アップで客を寄せるネットアイドル。 そしてなにより我々の神経を逆撫でするのが、我々と同じ正統派を名乗りながら、しかし女性の電話番号を聞いたりモノをもらうことを目的としている業者であった。 呉「やはりお客さまに喜んでいただくことこそが最大かつ唯一の目的でなくてはならんのだ」 この社長の精神に賛同してすべての従業員はいまここで働いている。 この会社を立ち上げたのはほとんどこの呉エイジ社長ひとりの力だ。 なにもないところから始まった事業であるが、現在の市場シェアのほとんどを占めるくらいにまで成長した。 そういう意味ではこの業界におけるカリスマ的存在に近い。 そういう男のいうセリフには重みすら感じられた。 僕らはずっとこの人についていこう。 和やかにではあるが、しっかりとした口調で諭しを与える呉社長はそんな安心感を与えるようでもあった。 呉「だから、もし喜んでいただけるのであれば、日曜日呼び出してデートするのもOK」 全従業員「やっぱりあんたもエロオヤジかい?!」 その場にいたすべての従業員のツッコミを得て、社長は驚き、少しチワワのように震えた。 呉「そないに言わんでも・・・」 ***** 宴会も半ばにさしかかった頃のこと。 秘書室勤務のヒメと楽しいお酒を飲んでいたときのことだった。 彼方から飛んでくる鋭い視線には気がついていたのだ。 ヒメ「え〜、イギリスさんって、か〜わ〜い〜い〜」 イギリス「いや、そんな、へへへ・・・、いや、ヒメだって・・・」 ヒメ「でもなあ、あたし胸ないし」 ワラビ「なら僕が大きく・・・」 引っ込んでろ! とツッコもうとしたとき、その視線が飛んできているのと同じ方向から怒号が聞こえた。 酔った社長の声だった。 呉「辰坊!!」 へ? あたりを見回してみたが、しかし社長が見ているのは明らかに僕だった。 手招きをして呼んでいる。 イギリス「はい? なんでしょう?」 呉「のう、おんしゃ、あかんぜよ」 さっきまでにチワワの震えはどこにいったのか。やたらと自身満々にすごみをきかせていた。 なんで土佐弁やねん!というセリフも僕の口から発せられることはなかった。 イギリス「・・・何がでしょう?」 呉「国際事業部を開設して一年経ってないのに、もう業績が10万になろうとしている・・・」 イギリス「いえ、これもすべて社長のおかげです。感謝しております。」 呉「さっきうちのヒメと仲良うしとったな」 イギリス「は、はい・・・?」 呉「ワシが事業を始めて、一年くらいたったころ、業績は3万くらいだった・・・。」 イギリス「はぁ・・・?」 呉「名前を『森辰之進』にかえて、業績ゼロからやりなおせ」 イギリス「んな、むちゃくちゃな!」 ジェラシーですか? むっちゃ大人げない!! それ以前に『森辰之進』って誰? そのあと少し、僕も本気になって反抗したのが幸いだったのだろうか。 まわりのみんなが見守るなか、ちょっとした意見の衝突は数分後に終了した。 呉「まあ、冗談だ」 その一言だけかい。 呉「しかし、だ。イギリス君。まわりを見てみろ。ワラビ君もカナスギ君もそしてMICK君も、業績では今現在キミに劣るものの、業界を活気付けようとする努力はすごいものだ。自分たちで子会社を集めて事業を拡張しとる。その点キミはどうだ? キミはとうてい彼らには及ばないぞ? はるかに及ばない。全然及ばない。さらさら及ばない。あろうことか及ばない。限りなく及ばない。マンモス及ばない。」 そ、そんなに言わなくても・・・。 しかも最後ワケわかんないし。 イギリス「ど、どのようにすれば・・・?」 呉「現在我が会社に足りないのは、『ナイトビジネス』だ。決してナイトライダーではないがな。ハッハッハッハ!!」 殺されたいのか? イギリス「では、わたしにその事業拡張をしろ、と?」 僕は泣きながら、社長がうなづくのを見た。 テーブルの上に置いた僕の手の甲で社長はタバコの火を消していた。 灰皿はその隣にあった。 社長は目が悪かった。 まだまだ宴会は続くようだったが、僕ははやく帰りたかった。 そんな冬の寒い日のできごとである。 |