その後の支社長






京都支社がリストラの波にさらわれてから数ヶ月がたった。

僕の依願退職も受理され、あとは約束の日を待つだけになった。

葵ちゃんもすいこみ君も転勤に向けて準備をしていることだろう。

オフィスの撤退も今日、完了した。

僕はあとは家でPCを叩くくらいなものだ。

しかし、暇だ。

僕はいつのまにか支社のあったオフィスへ向かっていた。

ガラン、とした空間。

しばらくしてそこに辿り着いたが、そこにあったのは無機質な空気だけだった。

数日前の喧騒がウソのようだ。

イギリス「あ・・・」

気配を感じて後ろを振り向くと、そこには葵ちゃんが立っていた。

「支社長〜♪」

イギリス「ああ、葵ちゃん。久しぶり。先週あったキミのお父さんのみのもんたの葬式以来じゃないか

逝ってません。しかもみのもんたウチのパパじゃないし

葵ちゃんはどうやら忘れ物を取りに来たらしいのだった。

時間があるというので僕らはお昼を一緒に食べることにした。

*****

僕はそこのレストランでカキフライを食べながら、葵ちゃんに言った。

家族経営のレストランだが、美味い。

イギリス「その左の薬指のリング、彼氏かい?」

「ええ。去年の9月くらいに出会ってから・・・」

イギリス「ふ〜ん。で、その彼氏はインド人なのかい?

「違います〜。なんでインド人なんですか!(困惑)」

イギリスじゃあ、インドネシア人か?

「違いますってば〜。普通の日本人ですぅ〜(超困惑)」

イギリスじゃあインドメタシン配合か?

黙れ、バカ(怒)。っていうかインドメタシン配合って何?

なんなんだろう、この言葉遣いは?

京都支社が立ち上がってから半年以上、不甲斐ないとはいえ上司をやってきたこの僕に!

イギリス「いくら元がつくとはいえ僕はまだキミの上司だ。なんだ、その口の聞き方は?!僕はピンクの汗なんか流さないし、確かにカナヅチじゃないけど水陸両用じゃないぞ

「それはカバです・・・」

イギリス「ああ、そうか。それならいいや」

葵ちゃんはおいしそうにトンカツ定食を食べていた。

イギリス「ねえ、葵ちゃん」

「はい、なんですか〜♪」

葵ちゃんは無垢な微笑みを僕に向けてそう答えた。

なぜだか僕は照れくさくなって、一口、コーヒーを飲んだ。

葵ちゃんは少し不思議そうな顔をして、僕を見ている。

口元にソースついてるよ。

とは結局言えなかった。

そしてもう一つ。

僕にはまだ訊きたいことがあった。

そう。大切なことだ。

イギリス「キミの彼氏・・・。やっぱりインドシナ海出身かい?

だからインドは関係ねえんだよ(激怒)

僕はそのあまりの剣幕の怖さに思わずカキフライを鼻から出してしまうところだった。

きっとこの表情をその彼氏はまだ見たことがないのだろう。

若者よ、引き返すなら今だ!

そう、確かに若さゆえの過ちっていうのはあるよ。

でも、今からでも訂正は間に合う!

「支社長〜、なにコブシ握って遠く見つめてるんですかぁ〜?」

イギリス「人生って、いろいろあるよな・・・、と思ってさ」

「支社長〜、なんかあったんですかぁ〜?」

きっと僕は深い海の底で静かにたたずむ古代遺跡のような表情をしていたに違いない。

そう、僕には多少気が重くなることが、最近あった。

いや正確には今でも、ある。

どう隠しても一緒に仕事してきた葵ちゃんにはわかってしまうのだろう。

もうこれからは一緒に仕事することはないんだ、とそう思ったが僕は重々しくも口を開いた。

イギリス「そうなんだ・・・。いや、たいしたことじゃないんだけど。それにこんなこと葵ちゃんに言っても仕方のないことなのかもしれないし」

「いったい何なんですかぁ〜?」

イギリス「最近、夢を見るんだ。毎日、ね・・・。」

「どんな夢なんですか〜?」

僕はゆっくりと語りだした。

*****

僕が最初にみる風景は、雑踏。

真夜中だが人と光があふれている、ゴミゴミとした細い路地。

人が多くて歩くのもやっと、という感じだ。

物売りが道の両端に店を構えている。

しかし売られているのはなぜかみな大型冷蔵庫だ。

そして僕は物売りにつかまる。

「なあニイチャン、冷蔵庫買ってくれよ。今二つ買ってくれたらおまけに一つつけるからさ」

「いらないって」

大型冷蔵庫を三つもらってどうするというのか。

しかもそれって屋台で売るものか?

軽くそんなことも考えたかもしれないが、どうでもよくなった。

そしていつも何人目かの物売りを断ったところで延々と続く屋台のオッチャンが全員毒蝮三太夫になるんだ。

終わりのない道を歩くしかないのだが、出会う人声をかけてくる人はすべて毒蝮三太夫、これは恐怖だよ!

最後には冷蔵庫を担いだ毒蝮三太夫に追いかけられて、逃げる。

いつもそこで夢は終わる。

*****

イギリス「・・・という夢なんだ。」

「う〜ん。冷蔵庫、欲しいんならあげますよ〜」

イギリス「違うんだってば!」

夢判断というのは深層心理にある考え事を反映しているのだという。

なら、この夢はいったい何を示すものなのか。

もうコーヒーも飲み終わった。

そろそろ出る時間かな。

そう思ったとき、携帯電話が鳴った。

ディスプレイは呉エイジ社長からだと伝えている。

イギリス「ハイ」

「ああ、イギリス君久しぶり。先週あったキミの父さん、サミュエル・L・ジャクソンの葬式以来じゃないか」

逝ってません。

っていうかおれは黒人だったのか?

「ところで最近毎晩、夢を見るんだ。ヘンな夢でね。電子レンジに追いかけ・・・」

プチッ。

僕と葵ちゃんはレストランを出た。

キレイな青空が広がっている冬の日のことだった。







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