僕はその日、家でインフォーマル・セクターに関する論文を読んでいた。 経済学の世界の潮流は大まかに言って、現在アダム・スミスやサミュエルソンなどの流れをくむ新古典派を主流としている。 新古典派は自由市場を標榜し、ラルなどは政府の規制はなければないほど経済的厚生が高まると主張している。 平たく言えば、政府の役割が小さいほうがイイ、というコトだ。 だが、果たしてそうだろうか。 政府の目がまったく届かないという世界、すなわち非公式な経済世界は必ず発展するというのか。 闇市はその最たるものだ。 完全自由であればそれに由来する内在的な成長抑制要因があるのではないか。 イギリス「フム・・・」 キリマンジャロのコーヒーを一口飲んだところで電話が鳴った。 ディスプレイを見るとかつての部下、葵ちゃんからだった。 イギリス「ああ、葵ちゃん久しぶり。先週一緒に左とん平わくわくライブに行ったきりじゃないか」 沈黙。痛い沈黙。そしてとても痛い沈黙。 葵「いってません。っていうよりそんなイベントやってません。わくわくしません」 受話器越しにでさえ刺されそうな気配がしたのはやはり気のせいだろうか。 イギリス「で、なんだね?」 葵「ええ、ちょっと呉社長のことでお話しが・・・」 呉エイジ社長。 最近なぜか耳にする言葉だ。業界内のウワサもなぜか多い。 イギリス「葵ちゃんのところにもたまに電話でもあるのかね?」 葵「ええ。昨日は電話が鳴りました」 イギリス「普通ではないか。」 葵「いえ、正確には電話線です。」 電話線を耳にあてて誰もいない部屋で会話をする葵ちゃん。 シュールだ。 イギリス「私のところにも一昨日かかってきたよ。鳴ったのはトイレのスリッパだ」 葵「しゃべったのですか?」 イギリス「無視した(笑)」 旧アミーゴで一緒に仕事をした元同僚ともたまに連絡をとりあうことがある。 そのときに話題になるのはもっぱら呉エイジ社長のことだ。 知ってるか?こういうウワサ。呉社長の耳の裏にはネジがあるんだ。それを外すとパカッて頭蓋骨が開くらしいんだけど、どうやらその中でちっちゃい呉さんが操縦桿を握っているらしんだよ。 そうそう、こういうのもあるぞ。呉社長には尻尾が生えていて、それを引っ張ると一時的に動作が止まるって話だ。 あとは、呉社長に第3の目があるってウワサもある。どこにあるかっていうと、ちょうど黄門様の真上あたりに。 もしこれが一般人に関するお話しであれば一笑に付して終わるところだろうが、呉さんならありえない話ではない。 しかし、左の尻たぶと右の尻たぶが開く瞬間にそこから見える光景とは何だろう。 何が見えて何に役立つ第3の目なのだろう。 葵「ひとつ質問してもいいですか?」 イギリス「なに?」 葵「呉社長って、人間ですよね?」 イギリス「ハッ!何を言っているのかね?ホームページ界のカリスマ、個人で400万アクセスのページを作った僕の尊敬する師匠に向かって!」 葵「いや、だから人間なんですよね?」 イギリス「呉さんはなあ、とってもすごいんだぞ。本来なら自分の仕事で手一杯なのに弟子もとったり、子供も3人目作ったり。尊敬しないはずないじゃないか」 葵「だから、人間なんですよね?」 イギリス「・・・。それは知らん。仮りに人間外の生物であったとしてもありえんコトではない気がする」 そのときのことだった。 僕の全身の毛が逆立つのがわかった。 来る!・・・こっちか!! 私にも分かる、分かるぞ! 振り向いた先にあったのはプルルル、プルルル、プルルル、と音を鳴らす・・・ガスキッチン?! イギリス「スマン、葵ちゃん。キッチンでガス台が鳴っている。間違いなく呉さんだ。仕方ない、出てくるよ」 そういってキッチンに向かい、ガス台に頬を寄せる。 何も知らない人が見たら間違いなく変態だ。 そういえば、このガスキッチンは・・・ イギリス「もしもし」 呉「そんなパロマと思っているだろう?」 ・・・。 この電話はどうやって切るんだ? それ以前に果たして電話と呼べるシロモノなのか? イギリス「どうも、お久しぶりです」 呉「うむ。どうかね最近は。元気に中尾ミエの追っかけしてるかね?それとも時代はやはりきんさんぎんさんかね?」 してないから。 しかももういないから。 イギリス「はぁ・・・」 呉「まあ別に今日はたいした用事があったわけではないんだがな。」 イギリス「ああ、そうですか。ところで例のアメリカのテロ事件でアミーゴの株も落ちるんですかね?誰も気付いていないですが、一応株式会社みたいなんで」 呉「事件?なにそれ?」 イギリス「アメリカの世界貿易センタービルが崩壊した例のテロ事件ですよ」 呉「ペロ事件?」 イギリス「違います。それでは犬の迷子です。違います、テロです、テロ」 呉「失礼だな、キミも。かつての師匠をつかまえて。ああ確かにワタシは多少はやらしいかもしれないが人並レベルだ」 イギリス「エロではありません。テロです」 呉「ああ、あれは確かにひどい事件だった。まさか小寺くんがあんなにお酒に弱いとは知らなかった。おかげで一張羅の青のジャケットも3回クリーニングだよ」 イギリス「忘年会のゲロ事件ではありません。テロです、テロ。テロリスト」 呉「・・・、ああすまんすまん。わかったぞ、昔NHKでやってた人形劇?」 イギリス「それはチロリン村。っていうか誰も知らないし。文字数も違うし。テロです。テロ」 呉「今までのは冗談だよ。わかってるよ、アレだろ?」 イギリス「ちなみに、パトラッシュと一緒に天国に行った少年でもないですから」 呉「え?違うの?」 それはネロだよ、というツッコミをするほどの元気はさらさらなかった。 僕は言った。 イギリス「今アメリカとイスラム原理主義者のあいだで戦争が始まるかもしれないんです」 呉「いいことじゃないか、キレイになって」 イギリス「銭湯じゃないです。戦闘、ウォーのことです」 呉「なにぃ!UO?ブッシュ大統領もビンラディンもやっているのか?」 あんたの耳はパンの耳以下か? っていうか知ってるじゃん!! 呉「ところで話は変わるが聞いてくれるか。新作なんだ。コ、コマネチ!(ビートたけし風)」 見えません。 イギリス「・・・」 呉「続いて、ホームランを打ったあとの清原のガッツポーズ」 このガス台の電話の切り方がわからないので僕は仕方なくゆっくり忍び足でキッチンを出た。 オフィスにいるとまたきっと何かが鳴るだろう。 外は気持ちのよい秋風が吹いているはずだ。 公園でコーヒーを飲むのも悪くはない。 夕焼けがキレイに見える秋の一日だった。 |