バレンタイン・デー。 あの日から1年が過ぎようとしていた。 なぜだろう、僕はダダとの関係が続いていた。 関係といっても、肉体関係は一切なかった、と断言しておく。 あえて言えばそれは一方的な、そして不可解なものだったのだ。 バレンタイン・デー。 それは甘く、そして少しだけ酸っぱい青春の1ページ。 女のコはお菓子作りの本を買い、男はなぜか妙に色気づいたりする。 普段はぶっきらぼうなヤツもこの時期だけは妙に優しくなったりする。 1年の中で、ちょっとだけみんなが人に優しくなれる日。 そして年間生産量の半分のチョコレートが消費される日。 僕はダダ星人に呼び出しを受けていた。 ***** その喫茶店に着いたのは、約束の時間よりも少し早かったのかもしれない。 でも窓際の席に陣取るダダ星人の姿はすぐ目に入った。 ピンクハウスのフリフリのワンピースを着て、頭にリボンをつけていたからだった。 ついでに、首にもピンク色のリボンを巻いている。 おまえは林屋パー子か ダダは僕の姿を認めると、手を振って合図をした。 唯一の救いは、平日の午後ということもあってその喫茶店にはほとんど客がいなかったという点だ。 ダダ: 「急いできてくれたん?うれし♪」 僕: 「いや・・・」 単純に道が空いていただけだった。 ダダ: 「なあなあ、今日のアタシ、どう?」 僕: 「え?」 いつもより冗談多すぎ、というセリフを言ったらきっと僕のシナリオが崩れてしまう。 僕: 「まあ、いいんじゃない?えっと、じゃあコーヒーでも飲もうかな・・・」 とメニューを開くと、ダダ星人は自分が飲んでいたアイスティーをテーブルの真ん中まで移動させて、2本目のストローを差し込んだ。 いったい何が目的だ? ダダ: 「うふふふふふふふふふふふふふふふふ」 恐いよ、ママン 僕: 「いや、紅茶よりもコーヒーがいいんだ・・・」 僕はおそるおそる2本目のストローを抜いて、グラスを押し戻し、店員にコーヒーを注文した。 ダダ: 「今日はね、ちょっと早いけど、バレンタインなの」 少しふくれぎみのダダはそんな風に切り出した。 とりあえず予想の範囲内ではある。 僕のシナリオはこんな感じだ。 この後、ダダからのチョコレートを断り、そして僕に彼女が出来たことを告げる(本当の話)。 そして、ダダが泣こうと喚こうと、この喫茶店をあとにする。 ザッツ・パーフェクト! やるじゃないか、おれ ダダ: 「だからね、ハイ♪」 果たして。 予想は裏切られた。 ダダはチョコレートを差し出さなかったのだ。 . . . . 代わりに、目をつむって自分のノドをぐい、と突き出したのだった。 その太めの首にはピンク色のリボンがちょうちょ結びになっていた。 で、それはいったい何のマネだ? ダダ星人のその行為は僕の予想の範囲から、かなりハミ出ていた。 ダダ: 「はやくぅ〜」 僕はどうしたらいいんだ? はやくどうしろというのだ? その首を絞めたらいいのか? 少しパニックに陥りながらも、冷静に考えようとした。 僕: 「え、あ、うん、えっと・・・」 少なくともそのリボンはほどいてはいけない、と本能が警鐘を鳴らしていた。 僕: 「ハイ」 僕はちょうちょ結びを固く締めなおすことしかできなかった。 ダダ: 「違うの〜」 僕: 「え?いったい何が違うの?僕には分からないよ。ところで、そうそう、言わなきゃいけないことがあるんだ。聞いてくれる?」 前半のシナリオは若干変わったが、後半のシナリオを書き換えるつもりはない。 少し早口になりながらも僕は自分のペースでセリフを続けた。 ダダ: 「あのね、このリボ・・・」 僕はダダのセリフをさえぎりながら、 僕: 「彼女が出来たんだ。キミじゃないんだ。そのコとは先月から付き合ってる」 ダダ: 「・・・え?」 ダダは言葉が出てこないようだった。 よし、いいぞ。この調子だ。 完全にこちら側のペースだ。 相手に主導権を握らせてはいけない。 僕: 「だから、もうキミとは会えない」 僕のシナリオでは、ここでダダは大きく気落ちし、押し黙ってしまうはずだった。 そのタイミングで席を立てればOKだ。 しかし、違った。 ダダは恐い顔になって、 ダダ: 「・・・ふーん。それで?」 え?それで? ダダ: 「あたしには関係ないやんか。そのコが●くん好きでも、仮に●くんがそのコを好きだったとしても、あたしには関係ないやんか」 そうなの? 僕: 「・・・。」 ダダ: 「あたしが●くんを思う気持ちには全然関係ないねん。そんな他人の都合考えてられるほどヒマでもないねん」 僕: 「・・・。」 ダダ: 「まあ、今日のところはええワ。また電話するし」 え?するの? 僕: 「・・・。あの、とりあえず、帰ってもいいでしょうか」 ダダ: 「フン、好きにしたらええ」 僕がものすごく気落ちした顔で立ち上がると、 ダダ: 「あたしの好きな言葉教えたろか。『負け続けても、あきらめなければいつかは勝てる』やねん」 マジですか? 駐車場へ向かう僕の足取りは鉛のように重かった。 |