世の中にはまだ科学では充分に解明しきれないことがある。 なぜカイロのピラミッドは作られたのか。 なぜ質量には重力が発生するのか。 なぜ宇宙は生まれたのか。 むしろこれらのことは科学が発展すれば発展するほど生まれてくる不可思議な事象だといってもよいだろう。 科学が発展すればするほどそれにもまして増えていく非科学的事象。 ああ、なんて皮肉なことなのだ。 数年前のとある春の日、僕の目の前にも一つ、純粋科学では解明できないおおいなる謎が立ちはだかっていた。 こればかりはどう理屈をつけて考えてみても納得がいかないのだ。 21世紀は科学万能の時代とは誰が言ったのか。 論理で説明がつかないことなど今世紀に入ってもなくなることはあるまい。 なぜダダ星人がウチでエプロンつけてキッチンに立っているのだ? しかも花柄だよ、おい。 これは地球侵略の第一歩なのか!? 僕は非常に強い理不尽感にさいまなれながら、記憶を辿っていた。 *** その日の二日前のこと。僕は一本の電話を受けた。 まだ夏にはなりきれないとある春の日のこと。 ダダ「おげんこ?」 次は刺す。 例えどんなに普通の人でも一瞬の殺意が生じるというのを初めて知ったよ。 誰でもが殺人者に、そして被害者になりうるこのご時世。自ら気をつけねばなるまい。 僕「ああ、久しぶり」 ダダ星人からの電話というのは単純に映画の誘いだった。 この現状に至る失敗の第一歩はここにあったといえよう。 僕「あ、ごめん、昨日から風邪ひいちゃってさ。熱が40度近くあるんだ」 40度って、もう死んでるんじゃないだろうか? ダダ「大丈夫?」 僕「多分しばらく寝てれば大丈夫だと思うよ」 ・・・。 そして、今日の昼。 ピンポーン。 ダダ「来ちゃった♪」 微笑む彼女の顔は悪魔か西川のりおにしか見えなかった。 余談ではあるが、同じ「来ちゃった♪」でも「今月アレがないの・・・」というセリフの数日後に聞く「来ちゃった♪」とは大違いだ。 *** 寝込んだフリをしている僕にはベッドの上にしか居場所がない。 ダダ星人は勝手にキッチンを占領し、冷蔵庫の中を確かめ、そして何か得体の知れないものを作っていた。 僕「いや、ほんとに大丈夫だから。ほんとに気にしなくていいから。いや、ほんとに!」 しかしダダ星人はにこやかにそれを制し、すでにこの部屋のあるじ気取りだ。 普通の一般人が殺人者になる瞬間というのはこういうときの気分をいうのだろうか。 ダダ「もうちょっとでできるからね♪」 すでに部屋中に異様なニオイが充満していた。 「注文の多い料理店」という物語がある。 ダダは次に僕にシャワーを浴びて来いというのではないのか。 という心配をヨソに次々とテーブルの上に並べられる料理。 アナゴ。 牛肉のニラ&ニンニク炒め。 ガーリックライス。 すっぽんのスープ。 ・・・。 ダダ「元気になろうね」 おまえはおれのどこを元気にしたいんだ? 最後に彼女はカバンの中から「タフマン」を取り出した。 それはギャグなのか?っていうか、ギャグだよね? ダダ「肉体疲労時の栄養補給に、タフマン♪」 彼女の目は地球を襲う怪獣のソレであり、僕は逃げ惑う人々と同じだった。 父ちゃん、おれの貞操がロックオンされてるよ! もしそのとき夜空を見上げたなら、北斗七星の隣に輝く蒼星を見ることができただろう。 きっとダダ星人の計画は、 精力あふれる料理を食べた僕は失神。 ↓ でも股間のシャア大佐だけは戦闘力アリ。 ↓ いただき♪ という図式だろう。 しかしこの精力バツグンの料理はなんなんだ・・・? 病人に食べさせるメニューじゃないぞ・・・。 ここで僕はふとあることに気がついた。 もしかして彼女は僕がついたウソというのを見抜いているのではないか。 つまり、見舞い料理というのをタテマエにして僕に精力のつく料理を食べさせようとしているのではないか。 この考えに至ったとき、僕は真の恐怖を覚えた。 この女、おれよりもはるかにシタタカだ。 父ちゃん、でも僕、負けないよ! ダダ「ねえ、おいしい?」 マズかった。 ダダ「毎日作りにきてあげようか?」 やはりこの女、僕を殺そうとしている。 僕「いや、もう見ただけで満腹ってカンジかな・・・」 僕には従来から一つの持論があった。 「恋愛は格闘技だ!」。 好きになったらなんでもアリ。 謀略知略の限りを尽くし、持てるすべての能力を吐き出して相手のハートを奪ってしまえ。 アバン先生、上には上がいたよ(涙)! ダダ「あ、映画観にいこうよ、観たいのあるんだー」 床に置いてあった関西ウォーカーを手にとって、彼女はパラパラとめくり、その映画を僕に示した。 DNA操作によって高い知能を持った巨大ザメが、大暴れするパニック映画。 「ディープ・ブルー」。 彼女と二人、暗い映画館で隣同士に座って同じ空気、空間を共有し、そして感動さえも共有する。 そんな映画を見終わったあとにはむしろ僕がディープ・ブルーになっていようことは明らかだった。 僕「あ、おれそういうコワイの苦手だし・・・」 ダダ「じゃあ恋愛モノがいいの?」 そんな映画を一緒に見ようものなら火にニトロを注ぐようなものである。 きっと恐怖映画よりも現実的で高品質な恐怖を味わうことになろう。 僕「最近観たいのあんまりないし・・・」 ダダ「じゃあ遊園地は?」 っていうかいいかげん気付けよ! 僕は意を決して口を開いた。 言ってやらねばなるまい。 こういう勘違いした宇宙人には正直に、ストレートな表現でモノゴトの真実を伝えねばならないのだ。 ノド元までセリフがでてきたのだが、その瞬間、とあるニュースの見出しが脳裏に浮かんだ。 ストーカー殺人。 僕「あの、そろそろ実はバイトの時間なんだ・・・」 片付けとかは僕があとでするから、と言って、渋るダダ星人を僕は玄関まで押しやった。 ダダ星人がそのとき一瞬ブ厚いクチビルを差し出したのは見間違いに違いなかった。 再び平穏を取り戻した自分の部屋を眺めてみると、食べ散らかされたお皿が数枚、テーブルの上に載っていた。 会話からの逃避のため、僕は必死に食べていたのだった。 その日の夜。 激しい胸ヤケに襲われた僕は二日酔いでもないのに、胃の中にあるものをすべて吐き出した。 空を見ると、星が輝いて見えた。 それは紛れもなく死兆星だった。 |