僕と彼女の事情

〜病気編〜



僕は大学に入ってから一人暮らしだ。

一人暮らしというのは、門限もなく、家族の目もないので自分のペースで生活ができる点で自宅生よりも素晴らしい。

夜中だって電話できるし、繁華街から朝の4時に誰か連れて帰ってくることもできる。

その反面、大変なときもある。

特に、病気をしてしまったときなんかはかなりつらい。

普段、自分のための料理をしない僕は冷蔵庫にモノを買っておくという習慣がない。いつもカラッポに近い状態なのだ。

入っているものといえばせいぜい牛乳くらいなもので、食べ物は基本的に外食とかコンビニ弁当なのだ。

だから、外に出られなくなると餓死する危険さえある。

他にも、掃除はともかくとしても洗濯しなければ汚れモノはたまっていく一方だし、熱を出したときはそれなりに頻繁に着替えもする。

電話がかかってくれば取らないといけないし、ゴミだって回収日の朝にはもって出なくてはいけない。

家族と一緒にいるなら、他のことには一切構わず、寝てればいいだけのことなのだが、一人暮らしではそうもいかないのである。煩雑な仕事が多いのだ。

その年の冬、僕は風邪をひいた。

「あ、ごめん、明日のことなんだけどさ、ちょっとムリみたいなんだ。熱が39度もある・・・」

当時つきあっていた彼女(女子高生)と遊園地にいく予定だったのだが、それはどうもムリなように思えた。デート前日の晩、カラダがだるいなあと思ったら、徐々に熱が上がってきてしまったのだ。解熱剤を飲むなり、ムリをすれば行けないこともないのだが、そんな状態で行ってもテンションが上がるハズもない。それでは一緒にいても彼女がかわいそうなだけだと思ったのだ。

彼女「え〜、バファリン飲んだらいけるでしょ?」

鬼を一匹発見しました。

「あ〜、でも、やっぱり感染してもまずいし。」

彼女「大丈夫だよ、絶対にキスとかしないから。手もつながないし」

お金あげるし、一人で行ってこい!!

のどまで出かかった言葉を飲み込んで、

「ほんとにスマン。来週の日曜日にしてよ。おねがい、ね?ダメ?」

どうしてこうも弱いのだろうか? 

確かに高校時代、風邪を理由に部活をサボったことはあるが、それはすべて女の子のデートのためである。

女の子のデートを風邪を理由にしてサボったことは一度もないのだ。ここで一言謝っておこう。ごめん、カシモト(当時の部長)。

彼女「しょうがないなあ。もう。じゃあ、明日は看病しに行ってあげるね」

たまに見せてくれるこういうやさしさにホレたのかもしれない。

「ありがと。好きだよ」

彼女「欲しいブーツあるんだ♪」

やっぱり鬼だった。

次の日。

彼女は午後、おかゆを作って持ってきてくれた。

いつもは僕がクルマで迎えに行くのだが、その日はバスで来たのだ。

彼女「今日はもうヘンなことしないで、ずっと寝てるコト! いい?」

「はーい」

熱は37度台まで下がったとはいえ、それでも全身が鉛のように重かった。まだ完全回復には遠い感じだ。

僕は、キッチンで働く彼女をぼんやりと眺めながら、体温を測っていた。

ところであの紙袋、彼女は家から、いったいあんなに何を持ってきたのだろう。

ガシャン!!

派手にガラスが割れる音がした。

彼女「ごっめ〜ん。」

「大丈夫?」

仕方なく起き上がって(1回目)、割れたコップを片付ける。

僕の仕事らしい。彼女は立って見てるだけだ。

「濡れたコップってすべりやすいからね。ケガしなかった?」

彼女「うん、大丈夫。ごめんね。もう、寝てていいよ」

ベッドに戻ってから数分。

彼女「ねぇ、大きいスプーンってどこ?」

「こっちの棚の引出しの中」

彼女「ン? ないよ? ちょっと来てよ」

僕は仕方なく起き上がって(2回目)、食器棚の引出しを開け、箱の中にあったフォークとスプーンを取り出した。

彼女「あ、そんなとこにあったんだ。はいはい、寝ててくださいね」

ベッドに戻ってから数分。

彼女あつッ!!

ガンッ!(床に皿が落ちる音)

今度はなんやねん?!

ベッドから起き上がって(3回目)、キッチンとこっちの部屋を分けるドアを開けた。

おかゆの入った器がひっくり返っていた。

・・・・・・。

数時間後、僕と彼女はテレビを見ていた。

彼女「おかゆ、ごめんね」

「いいよ。次、楽しみにしてるし。それにホットライム作ってくれたからさ」

しかし彼女が家から持ってきたソレがライムではなく、『すだち』であったことは一生黙っていようと思った。

彼女「あ、雪!!」

カーテンを閉めていたから気付かなかったが、どうやらさっきから雪が降り始めていたようだった。

京都市内、とくに北大路よりも北の地区では、よく雪が降る。

「あ、ほんとだ・・・。どうりで寒いわけだ」

ベランダの手すりにはもう5センチ以上も高く雪が積もっている。

僕が彼女を見たのと、彼女が僕を見たのとはほぼ同時だった。

彼女「あ、バス・・・」

市バスは、雪に弱いのだ。しかもこんな大雪。

止まるか、遅れているのは明らかであった。

そもそもこの時間、一時間に一本くらいしかないのだ。次のバスがいつになるか、まったくわからない。

「泊まっていく?」

彼女「明日学校あるもん。宿題もあるもん・・・」

「・・・そんな目で見るなよ」

数時間後、僕はバファリンを飲んでタイヤにチェーンを付け、彼女を家まで送っていった。

バファリンが切れたあと体温を測ってみると、39度8分。

天から白い雪が舞う、そんなキレイな冬の日の出来事だった。


教訓「『看病』ってなに?」



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