僕と彼女の事情
〜おそろいのマグカップ〜





一般に「ウソをついてはいけない」という。

確かに誰か他人を傷つけたり、あるいは利己目的のためにウソをつくのはよくないことだ。

だが、すべてにおいてウソが他人を傷つけたり利己目的というわけではない。

むしろ誰かを傷つけないため、あるいは守るためというウソというのも少なからず存在するんだと思う。

そういうウソは、僕は否定しない。



当時、僕が付き合っていたのは、とある女子高生だった。

*****

その日、僕は彼女の高校へ迎えにいったあと、寺町のショッピングモールに来ていた。

彼女はいつも「ウィンドウショッピングに行かへん?」というのだが、見るだけで終わったことは一度もなかった。

ある店の前で。

彼女: 「あ、このマグカップかわいいわ〜♪」

僕: 「買ってウチにおいとく?」

彼女: 「うん!」

着る服をおそろいにするのはさすがに恥ずかしいし気が引ける。

でもこういうのを色違いでそろえておくというのは、まあ構わない。

その点の意見は一致していた。

むしろ、彼女のそういう希望は僕にとってもうれしいものなのだ。

2つで1200円。

その日の買い物はすでに10000円近くいっていたから、額としてはもうどうでもよかった。

彼女: 「食器棚の一番前に置いておくねんで?」

僕: 「はいはい(笑)」

夕方の三条から四条周辺は人通りが若干激しくなる。

学校帰りの学生や買い物客でいっぱいになるのだ。

遊びに来る人もたくさんいる。

僕の両手は紙袋でふさがっていたのでマグカップは彼女が持っていた。

欲しい服やらヌイグルミが手に入ってうれしかったのだろう。

子供のようにはしゃいでいた。

僕: 「危ないから道でスキップするの禁止やで〜」

彼女の家では門限が7時だった。

ウチでゆっくりとケーキを食べながらビデオを観るという時間はもうなかった。

僕: 「また夜電話するわな」

彼女: 「うん、い〜っぱい『好き』って言ってな!」

買い物帰りのクルマの中では彼女はいつもゴキゲンだった。

僕はこの顔が見たかったのかもしれない。

だが。

彼女を家まで送り、自分の部屋に戻った僕は驚愕することになる。

あああ。なんてことだ。

僕: 「・・・。」

彼女用のピンクのマグカップの取っ手が割れていたのだ。

彼女がはしゃいで紙袋を振り回していたのでどこかにぶつけたのかもしれない。

いずれにせよ、早急にあの店に買いに行く必要があった。

なかったことにできるならそうしたほうがいい。

そしてその夜の電話で。

彼女: 「ちゃんと食器棚の一番前に置いてあるん?」

僕: 「し、心配しなくてもちゃんとよく見えるところに置いてあるよ、二つとも」

彼女: 「これで浮気できひんな(笑)」

僕: 「そろいのマグカップがなくったって、これまでもこれからも浮気なんてナイよ。オマエのことが一番好きだもん」

彼女: 「え?もう一回言って?」

僕: 「浮気なんてしないって」

彼女: 「そのあとー」

僕: 「オマエが一番好きだもん」

彼女: 「もっと大きな声で言ってくれないと聞こえへんよお」

僕: 「だ・い・す・き

彼女: 「うん、知ってる(笑)」

僕: 「明後日また会うときにはもっと言ってあげるよ。だからオレにも『好き』って言って・・・」

彼女: 「え?何?なんて?聞こえへん(笑)」

2時間にもおよぶ電話の内容はほとんどこれの繰り返しなので、きっとNTTは大喜びだっただろう。

経済学的に言ってバカバカしい限りではある。

そして次の日、予想外のことが起こった。

バレないうちにピンクのマグカップを買おうとあの店に行くと定休日だったのだ。

事態は緊急かつ困難を呈していた。

僕: 「まいったな、明日の午前中買いに来るか・・・。いや語学は休めないぞ・・・」

さらに次の日、つまりデートの日。

僕たちは部屋にいた。

彼女の好きなケーキを買って、彼女が見たいというビデオを借りてきた。

だが。

僕がチャーハンを作っているときだった。

突然大きな声で、

彼女: 「●ーくんが浮気した!」

僕: 「えええッッっ?!」

彼女は食器棚を指差していた。

ブルーのマグカップだけがあった。

あの店が定休日であることを知ったその後、そのまま四条中のあらゆる雑貨屋、高島屋をはじめすべてのデパートをさんざん歩き回って探したのだが、とうとう同じものがみつからなかったのだ。

仕方なく一つだけおいてごまかそうとしたのだが。

彼女は見つけてしまった。

そしてこう考えたのだろう、すなわち、ピンクのマグカップを隠す必要があった、つまり浮気をした・・・。

僕: 「違う、違うんだ・・・。えっと、ごめんな、昨日の晩、キレイにしとこうと思って洗ってたときに割っちゃったんだ・・・」

彼女は怒っていた。

彼女: 「違うもん。わざとやろ?わたしのことがキライになったんやろ?もういいもん!」

僕: 「そんなことないって、大好きだよ、ほんとに好きだよ。割っちゃったのはほんの不注意やって。ごめんな」

彼女: 「不注意?不注意ならなんでブルーじゃなくてわたしのピンクのマグカップなの?」

僕: 「・・・。」

わざとじゃないからだよ。

わざとじゃないことを不注意、っていうんだよ・・・。

それに割ったのは...。

僕: 「じゃあこのブルーのカップはしまっておくとして、また買いにいこうよ。ほんとにごめんね」

少し彼女の怒りが収まってきたようだった。

彼女: 「いい?よーく聞いてな。ほんとに私のことが好きなら、不注意でもおそろいのマグカップを割るなんていうことはないんやで?もしかしたら愛情が不足してるんとちゃうか?そういうのって無意識のうちにでも大切にしようっていう気持ちがあれば不注意なんかで割ることないもん

僕: 「・・・。そんなことは、ないと思うけど」

僕は少し哀しげな、静かな微笑みを浮かべることしかできなかった。

彼女: 「これからはホンマに気をつけてな。今回だけやで」

彼女を家に送ったあとの夜中、僕はブルーのカップでコーヒーを飲んだ。

塩を入れたわけでもないのに、少し、しょっぱい味がした。





 
教訓「ウソは、やっぱりいけない」



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