僕と彼女の事情
〜理想と現実〜







夕焼けの波打ち際。

季節はずれの海には誰もいない。

夏の喧騒がウソのように、静かに寄せる波の音しか聞こえない。

ここにいるのは一組の男女だけ。

周りの景色とは違って、この2人のいる場所だけが華やかな空気を持っていた。

「こら、まて〜」

波打ち際で水をかけられて怒ったフリをする彼氏が水しぶきも気にせず波打ち際を走って、彼女を捕まえようとする。

「つかまらないも〜ん」

ジーンズ姿の彼女もヒザから下が砂と水で汚れることなどお構いなしに走って逃げる。

静かに寄せる波の音。

2つの笑い声。

・・・。

そしてしばらくすると笑い声もしなくなった。

波打ち際に座り込んだ2人は言葉こそなかったが、互いの気持ちは痛いくらいにわかりあっていたし、むしろ言葉にすることのほうが難しかった。

その感情の「種類」を言うことはできるが、「規模」は伝えきれるものではなかった。

2人は、心に浮かんだそのままの感情を、一つで共有していた。

彼女は、彼氏のいるほうとは反対側に、指で砂に文字を書いた。

それを覗き込む彼氏。

なんでもない!とでもいうように顔を押しやる彼女。

その文字は、すぐに波に打ち消された。

しかし、砂に書かれた『好き』という文字は彼の心の中にずっと刻み込まれたのだった。


こんな恋がしたいのだ。

こういう恋がしたいのである。

こんな風な恋にあこがれ続けているのだ。

その日どんなにイヤなことがあったとしても、その人と会えば優しい気持ちになれる。

優しい気持ちになったのが伝わるから、相手も優しい気持ちになれる。

相手への思いやりがあるから自分にも思いやりが生まれる。

自分にも思いやりがあるから相手にも思いやりが生まれる。

手を握るだけで相手に自分の優しさが伝わった気がするし、相手の気持ちが伝わってくる気がする。

そしてそれは間違いとか思い込みではない。

こういう恋がしたかったのだ。




僕がそのとき付き合っていたのは、いわゆる女子高生だった。

世間のすべてが自分の思い通りになると考えている、そういう種族。

そう、あれは数年前の冬のことだった。

*****

彼女: 「明日は学校が午前中で終わりやねんか〜。12時過ぎに学校終わるし迎えに来てくれる?」

僕: 「え?明日? 明日は水曜日だから午後から授業あるんだよ」

彼女: 「授業とあたしとどっちが大事なの? もし雪山で遭難して食糧が一人分しかなかったらどっちにあげるの?」

質問の意味がわからない。

授業が遭難・・・?

前提として僕の分の食糧がナイ、ということだけはどうやら確かなようだった。

僕: 「授業はサボります、ハイ。」

彼女: 「よろしい。じゃあ明日ね〜。おやすみ〜」

受話器を置き、財布をあけて中身を確かめる。

深いため息の理由は、心の中だけにしまっておこう。

〜〜〜

次の日、僕は早めにマンションを出て、某高校へ向かった。

そこで待つこと十数分。

姿を見せた彼女は非常に不機嫌だった。

ドアを開けて乗り込むなり、

彼女: 「あ〜もうめっちゃムカツクーーーーーーー!」

僕: 「どうしたの?」

話を聞くと、どうやらグループ分けが思うようにいかなかったらしい。

仲良しのグループとそうでないクラスメイトがクラスの中にはいるらしいのだが、いくつかの班を作るときに人数の都合で上手い具合にいつものグループというわけにはいかず、結局いつものグループが2分され、その代わりにオシャレとは無縁な男子が入ってきたのだという。

男子校出身の僕には理解しがたいオンナの世界がそこにはあるらしいのだ。

彼女: 「しかもそいつクミ(友人)のことが好きらしいんやんか〜」

僕: 「まあ、そういうこともあるさ」

彼女: 「もう他人事じゃないんだからね?反省してる?」

ハイ?

彼女: 「ごめんなさい、は?」

今のストーリーの中に僕は登場してませんが?

僕: 「・・・ごめんなさい」

彼女: 「ほんとに?」

僕: 「うん、ほんとにほんと」

が、どこをどう反省したらいいのかわからない。

彼女: 「じゃあ、あたしのことほんとに好き?」

僕: 「うん、大好き」

彼女: 「今からディズニーランド連れてって

会話の流れがおかしいです。

京都から東京までは、名神・東名を使っておよそ500kmある。クルマだとおよそ6時間。

そこからさらに浦安まで行くには2時間ほどかかるだろう。

片道だけでも8時間はかかりそうなカンジだ。

おれは魔術師か?

僕: 「ごめん、ムリだよ〜」

彼女: 「ほんとにあたしのこと好きなん〜???」

それとこれとはまったくの別問題です。

僕: 「そりゃ大好きだよ、でもごめんね、時間が間に合わないってー」

彼女: 「じゃあエキスポランドで許してあげる

僕: 「エキスポならいけるかな・・・」

京都から名神で渋滞がなければ吹田まで40分あれば着くだろう。

彼女: 「ありがとう、は?」

僕: 「・・・。ありがとう」

おれは一体何に感謝してるんだろう?




(ドライブ40分)




『本日定休日』

僕: 「定休日みたい、だね・・・」

彼女: 「・・・。」

僕: 「関西ウォーカーとか調べたら分かったんだけどなあ。急だったから・・・」

彼女: 「・・・。」

僕: 「そうスネるなよ〜。ごめん、ほんとにごめんね」

彼女: 「竹之内豊ってカッコイイやんな〜?」

修行を積んだ禅僧は、言葉巧みに相手に質問を与え、答えに窮させる。

暗喩のレトリック、一見するとイジワルな言葉遊びのようにも聞こえる禅僧同士の問答は、実は精神世界・知恵世界における激しい知能的な戦闘とも言える。

ちょっと聞くだけではまともな会話になっていないようにも聞こえる禅問答は実は深い意味を持っていたりもするものなのである。

ソレか?

機嫌はどうやら直ったみたいだった。

むしろなぜ遊園地に来たかったかの理由すらも忘れているかもしれない。

しかし考えてもみてほしい。

恋愛とは互いの存在によって互いが癒される、そういう関係なのではないのか。

一方のためにのみ隷属する存在ではいけないのではないか。

愛とは欲しがるものではなく、与えるものだ。とはよく言われる言葉だ。

お互いに「与えあう」ことが大切なのではないか。

僕: 「今度ココが開いてる日にお弁当作って遊びに来ようね」

彼女: 「うん!お弁当交換しよ〜。でも早起きするのメンドイしあたしのはローソンでいい?」

むしろ与えつづける男。

ねえ神さま、これって至高の愛のカタチなのですか?

教えてください。



 
教訓「求めよ、さらば与えられん」




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