2000年7月7日。 一年に一度、織姫と彦星が出会えるロマンティックな日。 この日、人は短冊に願い事を書き、笹の葉に飾る。 その願い事はなんでも叶うという。 恋愛のことも・・・。 そしてこの月はバーゲンで始まる。 京都、四条通り周辺にはいくつかのデパートがある。 高島屋、大丸、藤井大丸、OPA、阪急。 このデパートが一斉に夏物のバーゲンを開始するのだ。 僕はその日、入ったバイトの給料を持って買い物に出かけた。 ホストクラブでバイトするために必要なスーツでも買いに行こうと思ったのだ。 目指すブランドは僕のお気に入り、JP.ゴルチェ。 バーゲンが始まって数日目の平日の昼間だというのにさすが高島屋である。すごい人出だ。 一階の玄関口にはピアノが置いてあって、その近辺には休憩用のイスがいくつかある。 僕がその脇を通り過ぎようとしたときのことだった。 神様は時として人間の知恵では計りかねるほどのいたずらをする。 僕「あ、・・・」 数年前、僕の前からいなくなった彼女がそこにいた。 多分、僕はあのときから全然変わってないと思う。 でも高校生から大学生になった女のコはどうしてここまで変わってしまうのだろうか。 少女からキレイな女に変身した彼女が、そこで友達としゃべっていた。 今時の女のコらしくちょっと派手なメイクをして、ギャル系の服を涼しげに着こなして、ウェーブのかかった茶色の髪の毛は後ろで束ねられていた。 彼女「あ、・・・」 僕と同じように、一瞬時間が止まったように、そして時間が巻き戻ったように、彼女も硬直して僕と視線を交わしていた。 何を言ったらいいのだろうか。 今、何してるの? 大学はどう? 買い物は済んだの? キレイになったね。 そして、 今、付き合ってる人、いるの? いくつもの言葉が頭の中に浮かんで、しかし口から発せられることはなかった。 僕は黙ったままだった。 こういうときにつくづく思う。 きっと男よりも女のほうが精神的には強いのだ。 軽い口調で彼女は言った。 彼女「よっ。久しぶり〜。買い物?」 僕「うん、ちょっとウチのアヒルが卵産まなくなっちゃったもんだから・・・」 僕は何をしゃべっているのだろう? それはまったく関係ない話だった。 というよりウチにアヒルはいない。 僕はもう完全に舞い上がっていた。 でも僕には一つだけ分かったことがある。 彼女は僕に何か言いたげな様子だった。 彼女の瞳は僕に何かを伝えようとしていたのだ。 僕だって彼女に言いたいことがたくさんあった。 なぜ電話をくれなくなったのか。 なぜ電話しても出てくれなくなったのか。 そして、 なぜ僕と別れたのか。 彼女が僕に言いたいことが、僕には伝わらなかったということだったのだろうか。 僕は彼女のことを分かってあげられなかったということなのだろうか。 僕は必死に彼女の瞳の奥にある心を読み取ろうとした。 彼女「ねえ、・・・」 彼女の口が開いた。 彼女「お金、貸して♪」 僕は財布の中身を考えた。7万円弱あるはずだった。 僕「あ、いいよ。どれくらい?」 彼女は右手を広げた。 5千円、ということはありえなかった。 僕は紙幣を5枚取り出して、言った。 僕「夜、電話してもいいかな?」 彼女「うん、いいよ」 ***** その夜、僕は1通の手紙を机の中から捜しだし、眺めていた。 僕は今日、高島屋に行った。 そして昔付き合ってたコに偶然出会った。 持っていた給料のうち、5万円を貸して上げた。 お金が足りなくなったのでスーツは買えなかった。 家に帰って、一回、電話しようと思った。 以前もらった最後の手紙に彼女の携帯電話の番号が書かれたいたはずだ。 一回も掛けたことはなかったけれど。 大分時間がたったけど、初めて掛ける彼女の携帯電話。 携帯電話の数字を押す指がかすかに震えていたのも仕方のないことだった。 ・・・。 「ただいまお掛けになった電話番号は現在使われておりません。もう一度お確かめの上お掛け直しください。プープープー、プープープー、プープープー、プープープー、プープープー、プープープー、・・・、・・・、・・・、・・・・・・」 梅雨時だというのに空からは太陽の日差しが照り付け汗がにじむ、そんな夏の日の出来事であった。 |
彦星と織姫が一年に一度出会えるという七夕の日
思い出の高島屋 僕はキミと再会した 久しぶりに出会ったキミは とてもキレイになっていたね 僕はキミに言いたいことや 訊きたいことがたくさんあったけど 言葉がうまくでてこなかった 久しぶりに聞いたキミの声は 「お金貸して」だった 開いた5本の指が示すのは、5万円? 僕のスーツ代はいつのまにかキミの手に それでも電話できると喜んだ僕のハート その夜震える指先で数字を押して掛けた携帯電話 どれくらい久しぶりに話すんだろう 緊張して、緊張して、緊張して・・・ 「ただいまお掛けになった電話番号は現在使われておりません。もう一度お確かめの上お掛け直しください。プープープー、プープープー、プープープー、プープープー、プープープー、プープープー、・・・、・・・、・・・、・・・・・」 愛って哀しいよね そんなことを考えたある晴れた夏の一日 by哀しみの吟遊詩人,2000 |
愛の悲しみ(クライスラー、1910年) 『古典的手稿譜』第11曲・≪古いウィーン舞踏歌≫第2番 |