テレビのヒーロー


皆さんは子供のころ、テレビはいったいどういうものを観たのだろうか。

僕は小さいころ、テレビばかり観ていた記憶がある。早朝は5:30くらいに起きて、なにかの再放送を観、それからゆっくりと朝食を摂った。なんて健康的な子供だろうか。いまじゃ、5:30なんて、そろそろ寝ようか、という時間だ。そのあとは「ピンポンパン」、「ひらけポンキッキ」と続き、それからやっと保育園に出かけるのだった。そして家に帰った後は夕方から、寝るまでほとんどテレビの前に座っていた記憶がある。観ていた番組といえば、『ジャッカー電撃隊』『バトルフィーバーJ』『宇宙刑事ギャバン』などの特撮、『電磁ロボ・コンバトラーV』『ザンボット3』などのアニメが主だった。特に、男の子向けの番組に共通するテーマは、≪勧善懲悪≫だろう。つまり、ちょうど僕と同じか、その前後の世代の男性は、これらの同様の番組を観て、そのなかから同じメッセ‐ジを受け取っていたのだ。

今回ここで言いたい事は、残念ながらテレビ番組の思い出話、寸評ではない。それら当時のテレビ番組が社会学的に果たした役割を書いてみようと思う。すなわち、端的に言って、それら≪勧善懲悪≫に徹したコンセプトの番組を多く作ったことが日本の犯罪シーンを他の国とは違ったものにしたのではないか、という点である。ここでは特に、テレビ番組を対象にしているので、他のテレビ文化先進国を想定する必要があるが、あえてアメリカの文化を比較対象として用いたい。かなり恣意的だが、許しておくれ。

日本の子供向けテレビ番組の内容も当時と今のものとではかなり毛色が異なっている。当時の番組が≪勧善懲悪≫に徹していたのに対し、現在のものはそれに徹しきれず、商用の匂いを捨てきれずに、それが不必要な偏向をストーリーに与えてしまっているような気がする。

つまり、タイアップの曲、主人公関連のオモチャ、ソーセージなどのタイアップ商品などを重要視するあまり悪役側をも商品化してしまおうという意図が見え隠れし、ストーリーが勧善懲悪に徹しきれなくなっている。特に日本のオモチャ市場においては、主人公の使う/乗る/武器やマシンは驚くべき売上を示し、敵役が売れる、なんていうことはなかったのだ。

その商用意識の極まったところが悪名高き『Gガンダム』だろう。主人公も敵役もぜ〜んぶガンダムなのである。まさにプラモデルの売上を狙った商用番組だ。そもそもこの勧善懲悪形式が崩れたのも『機動戦士ガンダム』だった。そのストーリーのなかで、敵ジオン軍のなかにおける人間ドラマを描いてしまったことが、アニメ史上においてドラマ性の向上とともに商用戦略の方向性をあたえてしまったように思う。

…話をもとにもどそう。そもそも日本では、「キレイ」で「かっこよく」て「スマート」、「きらびやか」なヒーロー像が作られていたのだ。それらヒーローの言動が番組内で視聴者(子供たち)に与える影響はかなり大きい。子供たちはそれらヒーローの言動・行動のなかから、「正義」とはなにか、あるいは「悪事必罰」とはなにか、一度負けてもあきらめない姿勢などを無意識のうちに学んでいたのだと思う。一面的ではあるが、ここにも日本の犯罪率の低い理由があるのではないだろうか。

これに対して、アメリカのヒーローは日本のそれと違って、見た目のスマートさ、内面的な汗臭さはほとんどない。バットマンにしてもロボコップにしても、おどろおどろしい特定の悪役は存在せず、そのヒーロー本人も明るい過去ではなく、悲惨な過去を背負っているのだ。また、マフィアや犯罪者、ギャングをヒーローに仕立てた子供番組も多く見られ、完全正義、完全悪といったものが想定されていない。これは徹底した勧善懲悪をテーマに盛り込めないということであり、単なるドタバタ劇に終始してしまうことを意味する。もちろん最近はアメリカでもパワーレンジャーシリーズが流行っているし、スパイダーマンも特定の悪役を設定してストーリーを作っているが、それは日本からの輸入文化という側面が強い。これらの番組が子供たちに与える影響は、ギャング性へのあこがれ、犯罪をカッコイイと思ってしまう傾向を助長し、悪事に対する禁忌感を抑制してしまう。

一方で日本の、ガンダム以降に見られる新しい形式、ドラマ性の高い子供番組も悪事に対しての潔癖なまでの嫌悪感を喪失しており、アメリカタイプに近づいているといってもいいだろう。たしかに、罪を犯す側、悪事を行う側にもそれなりの論理があって、突き詰めていえば「正義と悪」も「二つの論理の衝突」に過ぎないのである。さらに広げていえば「二つの文化の衝突」であって、文化の是非を比較することはできない。それは理屈としておそらく正しいだろう。だが、子供のころからそういった真実を目の当たりにするよりも、≪勧善懲悪≫を徹底して一般的な正義感というものを学ばせたほうがよいのではないだろうか。最近の中学生犯罪を見る限り、彼ら彼女らが、一般的な正義感というものを得ないまま成長しているのではないかと思わずにはいられない。

 

教訓「みんな仮面ライダーを見よう」



英国居酒屋

経済学の部屋