〜〜〜 ・・・そう、初めは寂しさを紛らわすための冗談のつもりだったのだ。 私は23歳の独身の女。 今年の4月、就職で親元を離れ念願の一人暮らしを始めた。 大学卒業までずっと親元で生活していたため、やはり自由というものにあこがれていた。 私はあえて東京に本社のある会社ばかりを選んで面接し、そして就職。 配属は思ったとおり東京になった。 私が一人っ子だったためか両親は寂しがったが、それでもずっと親の監視の下で結婚まで生活する気もなく、一度は夜遊びや朝帰りなどをしてみたいと思っていた。 そのあたりはやはり私は普通の女の子だったということだろう。 3月の終わりに引っ越してきたマンションは少々狭いけど社会人一年目の人にはむしろ割高の感さえある家賃だったし、交通の便も考えれば満足のいく部屋だった。 4月、本社営業部に配属になった私はそこで心ときめく男性に出会った。 彼は中学からずっと慶応に通っていたエリートで、どうやらここの専務の息子という話。 エリート街道まっしぐら、といったところかしら。 背は高くて頭脳は明晰、家柄も申し分なく、顔は彫りの深い美男子。 彼は二年先輩で、研修の時の私の教育係だった。 多分、先輩の女の人も同期の女の子も彼を狙っていたんだと思う。 私も普通の女の子だったし、彼に夢中になるのにはそんなに時間はかからなかった。 指導を受ける身になって、ほんとに運が良かったんだろう。 周りの嫉妬の視線が痛かった。 彼が初めて私の家に電話をくれたのは5月の中頃のことだった。 「キミの担当になれて楽しいよ。これからもよろしく」 会社から帰宅すると留守番電話のメッセージにはそんなふうに入っていた。 私はその晩、何回そのメッセージを聞き直したことだろう。 きっと私はそれこそニヤニヤしながら眠ったに違いない。 そして彼からのメッセージは日を追うごとに少しずつだけど確実に多くなっていった。 あるときは社内メールで。 「さっきは手伝ってくれてありがと。またよろしく頼むよ」 あるときは携帯電話のメールに。 「今日の香水はディオール?いい香りだね」 部屋に帰るとやはり留守番電話にメッセージ。 「仕事お疲れ様。今日は忙しかったしよく寝ること。明日もちょっと残業かもしれないよ」 私は会社にいってコンピュータを立ち上げるのもワクワクしたし、部屋に帰ってきてから留守番電話をチェックするのがとても楽しみになっていた。 これから彼と私はどうなるんだろう・・・? それを考えるだけで私は幸せな気分になれるのだった。 いつか、もしかしたらこのまま結婚できるのかな・・・? 結婚、したいな。彼と。 いつも一緒にいて、一緒に手をつないで寝て、おはようのキスをして・・・。 朝食はクロワッサンとコーヒーかな。 〜〜〜 ***** 6月も終わりの頃。 一人の女性が殺人事件で逮捕された。 その女性は職場の同僚である男性を殺害した疑い。 男性の遺体は彼女の自宅マンションのベッドの上で腐乱した状態で発見され、死後2週間以上経っていると思われる。 この事件を担当した刑事の話はこのようになっている。 〜〜〜 彼女の留守番電話はカセットテープ式のヤツなんですが、それが4本。 全部でおよそ200件のメッセージが入ってたんですが、おかしなことにそれがすべて彼女の声なんです。 NTTの通信記録を見ても、彼女が自分の携帯電話から掛けたことになってまして。 自宅のコンピュータも調べてみたら、会社の“彼女の”コンピュータから送信されたメールばかりが約150件。 殺された男性は既婚で、マジメという評判でしたし、彼の携帯電話のメモリーを見ても彼女の家、携帯電話の番号はメモリーされていませんでした。 職場の人間に聞いても、殺された彼が逮捕された彼女に言い寄っていた気配はまったくなかったそうです。 彼女、田舎から出てきたばかりで、内気な性格も手伝って友達もいなかったそうですし、もしかしたら、寂しかったのかもしれません。 あ、そうそう、一つわからんのが、遺体の口の中がパンみたいなものでいっぱいになって塞がれていたんです。 あれは何だったんでしょうなあ。 |