そのとき、私のイスに何かがぶつかった。 小さな子供だった。 後ろを振り返りながら走っていたらしい。 そしてすぐ後ろから同じくらいの小さな子供が走ってきて、 「みっちゃん、つ〜かま〜えたッ!!」 「こらッ、こんなところで走り回っちゃダメでしょ。他の人の迷惑になるから」 近くのテーブルからその子供たちを叱る声が聞こえた。 じっとテーブルについていることに辛抱ができなくて、はしゃいでしまうことは子供にとっては仕方のないことなのかもしれない。 うちの息子も、妻に叱られることが多いな、と思って苦笑いが出てしまった。 「小学校のときって、私たち“6人”でよく鬼ごっこして遊んだよね・・・」 ぽつり、と河野が言った。 林くんを入れた私たち6人は、近所であり、同じクラスだったこともあって、近くの公園で日が暮れるまでよく遊んだものだった。 _____鬼さん、こちら、手の鳴るほうへ・・・ 「もしかして林くんの怨念だったりして(苦笑)」 「山本くん、そういうことは言わないの」 その6人のうち、林くんは小学校を卒業したときにいなくなり、そして先月、鈴原がいなくなった。 鈴原は、全身を数十ヶ所にバラバラにされて殺されたのだった。 最初に死体(?)を発見したのは、彼の彼女だった。 結婚を間近に控え同棲していた彼女は、その日の朝起きたとき、冷蔵庫の中に詰め込まれた右手左足を発見したのだという。 頭部は冷凍庫に入っていたのだとか。眼窩に眼球はなかった。 ***** 次の月。 私は再び喪服を着ることになった。 笑顔の河野万理が、黒い写真立てに収まって、こちらを見つめていた。 私の横では、山本が嗚咽をあげながら涙を流していた。彼の体の水分がすべて流れ出てしまうのではないか、と思えるほどだった。 山本と河野万理は来月、結婚する予定になっていたのだった。 「誰が、どこの誰がこんなひどいことをしたんだッ!!絶対見つけておれが殺してやる」 低くつぶやく彼の声は神聖な通夜の場にはふさわしくないものであったが、誰もそれを止めることはできなかった。 河野万理は両腕と両脚を切断され、胴体と頭部だけの状態で発見された。 そして、鈴原と同様、眼窩に眼球はなかった。 ただ、いっそう異常さを際立たせているのは、その状態で最低24時間は生きていたらしい、ということであった。 両腕と両脚の切断面、はきれいに縫合され、大量の出血はなかったらしいのだ。 通夜が終わり、そして。 「警察の者ですが・・・」 通夜が済んだのは午前0時をすぎていたが、そのころになって2人の男がやってきた。 異常な殺人事件が2件、しかもそれが小学校からの友人であったとすれば、私たちのところに再び尋問に来るのは至極当然のことだった。 「・・・では、あなたは失踪した中島雅子とついこのあいだまで付き合っていた、ということですか?」 中島雅子は、この2週間、連絡がとれていない。そして当然今日の通夜にも姿を現さなかった。 山本が席を外すように刑事に言われたあと、私にもいくつかの質問があった。 「あなたは中島雅子さんと河野さんが山本さんを巡って、つまり、三角関係だったということは知っていましたか?」 「いえ、知りませんでした」 私の声だけが静かに夜の闇に響いた。 ****** 寒い夜。 10月はまだ秋ではないのだろうか。 初冬といってもいいくらい、寒い夜だ。 _____鬼さん、こちら、手の鳴るほうへ・・・ 妻が隣で寝息をたてている。 きっと隣の部屋で寝ている息子もすこやかな寝息を立てていることだろう。 私は疲れていた。 筋肉痛で全身が痛い。 私は、起きあがって隣の部屋の窓からベランダに出た。 妻と息子は目を覚まさないように。 冷たい空気が私の肌を刺す。 足元には、私が趣味でやってる観葉植物が月の光を浴びていた。 果たして、人間の眼球というのは植物の成長にいいのだろうか? 今日、新しく2つ、山本の分も土の中に入れたのだが。 _____鬼さん、こちら、手の鳴るほうへ・・・ 私は、思い出したのだ。 子供のころ6人でやった鬼ごっこ。 最後の鬼ごっこは私が鬼だったのだ。 しかし、日が暮れて途中で終わってしまった。 鬼ごっこは最後までやらなくちゃいけない。 中島は河野と同じ日に、海に棄てた。 山本の死体は明日、クール便で親元に届くだろう。 ・・・ただ、林くんはもうつかまえることができないのだ。 鬼ごっこが終わらないということは、私はこの先もずっと鬼をしなくてはならないのだろうか。 私は、多少の疑問を持ちながら、包丁を握り締めた。 次は、妻と息子。 |