シンイチの恋愛
そう、オレは今モウレツに恋をしている! ああ、人を好きになるってなんて素晴らしいことなんだろう。 人を好きになる前のオレの人生なんて、正直、クズみたいなものだった。 人を信じることができなくなっていたんだな。 だから、あらゆるものを怖れた。 怖れた結果、すべてに反抗した。 反抗は暴力だった。 オレは思う。 オレは愛に飢えていたんだろう。 愛に飢えていたから、拒絶されることをとても怖れたんだ。 他人に拒絶される前に自分で拒絶したのかもしれない。 そうすれば少なくとも、自分の心が傷つくことがないから。 彼女(=ミキ)がオレの前に現れたのは、オレが退院した後すぐだった。 オレが仕事探しで半月駆けずり回ってまだ一つも見つからなかったとき。 空腹と疲労で倒れたオレは、公園のベンチで目を醒ました。 ミキ: 「大丈夫ですか?」 どうやら道路で倒れて、クルマと接触したらしかった。 ミキ: 「病院行きますか?救急車を呼ぼうかとも思ったんですが・・・」 オレ: 「大丈夫。病院はキライだ・・・。それよりもありがとう、助けてくれて」 ミキ: 「いえ、そんな・・・」 微笑んで彼女はオレに冷たいスポーツドリンクと、チョコレートをくれたのだった。 ミキ: 「こんなものしか持ってないんですが、よろしかったら・・・」 久しぶりの甘い飲み物と固形物だった。 多少、食べ方が雑だったかもしれない。 彼女は少し驚いていた。 オレはその時、正直に言って彼女が天使に見えた。 この世の中にも、こんな優しい人がいたんだ・・・。 それから、彼女と話をした。 病院から退院したばかりだということ。 仕事を探しているさなかであること。 彼女の話もきいた。 近所の幼稚園の保母さんをしていること。 子供が好きなこと。 彼女が一人っ子でいつも寂しかったから、子供には優しくしようと思っていること。 ほんとに天使のような人だと思った。 それが数週間前の話だ。 オレは今、とても心が満たされている。 人生、捨てたもんじゃない。 この世の中も、捨てたもんじゃない。 天使がいるんだ。 オレは電柱のそばで空を見上げた。 満天の星がきらめき、満月が光っていた。 ***** 同時刻。 シンイチが空を見上げた電柱の向かいのマンションの一室。 ミキ: 「ええ、もう数週間も前から半ズボンはいて黄色い帽子かぶった40歳くらいの男が部屋の前に立ってこっちを見てるんです。どうやら精神病院に通ったりしてる人みたいなんですけど・・・」 |