俺は普段から滅多に怒ることがない。 常に冷静沈着・理性的にモノゴトを見ることができなければこの殺伐とした世知辛い世の中では生きていくことが難しいからだ。 冷静さを欠いた人間、パニックに陥った人間ほど愚かな生き物はいない。 だから俺が感情的になったり自分を失ったりすることは年に数回あるかないかなのだ。 どんなに感情的になりそうなときでもそれをひた隠しにして、表情ではクールに微笑みを浮かべていられる男。 それが真に頼れる男の姿のはずだ。 だが。 その日は俺の限界を超えた状況があった。 俺でさえ理性を失ってしまうというその状況、聞いて欲しい。 ***** その日の昼過ぎ、俺はテスト監督という仕事のために忙殺されていた。 大学には後期試験というものがあり、年々近代化するカンニング等不正行為に対処するため、俺たち院生は呼びだされるのだ。 ここだけの話だが、ウチの大学のアメフト部は「フィールドの中でも外でもチームワーク」を合言葉とし、特にテスト期間にはテスト教室内外でその力が発揮されるという。 俺たちは与えられた職務をまっとうしなくてはならない。 それが任務なのだ。 まあ結局俺が見ている限りそんな行為はさせないし、危機感や緊張感の高まるその空間でそこまでのことができる学生もいるはずないのだ。 俺は役にたったということだろう。 その役目は二人の院生によって遂行される。 同じゼミの人間によって協働されるのが普通だ。 パートナーは友人のAだった。 俺たちは一仕事を終え、祝いの遅い昼食をとるために食堂へ向かった。 学食のくせにビールまでおいてあるフザケた学食だが、それなりに人気はある。 俺はカキフライと白飯、そしてたこ焼きを選んだ。 戦いの中に身を置く戦士としてはベストな選択だろう。 ジューシーなカキフライとアツアツの白いご飯はそれだけで大空翼と岬太郎に勝る黄金コンビだが、アクセントとして加えたたこ焼きがまさにスーパーグレートゴールキーパー(S.G.G.K、長いんだよ!)の若林源三であるといっても過言ではないだろう。 ロベルト監督は言った。 「ボールは友達!」 テーブルについて彼のトレイを見ると、そこにはカツカレーと「梅しそごはん」が載っていた。 な、なにぃぃぃィィィ!?(ちょっとジョジョ風) しかし俺は眉を少しひそめることで、精一杯の感情を押さえることに成功した。 そして戦士のひと時の休息の時間が訪れた。 俺&A「いただきマンモス!」 俺がおでんのコーナーから持ってきた辛子とマヨネーズ、そして少々のしょうゆを使ってたこ焼き用の特製ソースを作り始めた時のこと。 彼の口から驚くべき言葉が漏れた。 A「たこ焼きに辛子マヨネーズ?」 俺「ああ、これがたまらんのだよ」 A「おまえが白いご飯とたこ焼きを一緒に持ってきた時点で思ったのだが、確信したよ。一言いっていいか?」 俺「なんだ?」 A「おまえは変態だ。」 俺「・・・。ああ確かに俺は変態かもしれない。だがまだ社会的常識を持った変態だ!」 A「たこ焼きにはどろソースのみ、これが真髄だ。それ以外はいわゆるゲテものだ。言っておくがたこ焼きはあくまでおやつだ。食事のあとに欠かせないがやはりおやつなのだ。」 俺「・・・。」 A「そんでたこ焼きが食事のあとに現れるときに言わなければならないのが、『お〜、ヤツか』」 貴様の脳ミソの中では7人の小さいサンコンさんがサンバでも踊ってるのか? 俺「・・・。それならば言わせてもらおう」 A「なんだ?」 俺「カレーライスというのはそもそもカレールーとライスの微妙なコンビネーションのバランスの上で成り立つものだ。わかるだろ?」 A「・・・。」 俺「それなのに、貴様は何をしている?カレーライスに梅しそごはん?カレールーとご飯のバランスを壊した上に梅しそだとッ?」 カレーライスは味がはっきりと出ているメニューだ。 一方で梅しそご飯はどちらかというとひかえめな味を基本とし、副食となる例えば白身魚のフライなどの淡白な味とのコントラストで立場をはっきりさせるモノだ。 間違いなくカレーと梅しそご飯は合わない。 A「・・・。」 俺「カレーライスの神さまに申し開きがあるのかい?だからあえて言おう。この偽インド人がッ!」 彼は黙ったままだった。 俺はヤツに勝ったのだ。 しかしそれと引き換えに友情までも失ってしまった。 虚しい勝利だった。 A「あ、どうも」 彼が隣の二つ隣の席に学部の先輩がいることに気が付いた。 俺「あ、どうも」 もうすぐ博士課程を修了する大先輩だ。 トレイの上に目をやって驚いた。 母さん、上には上がいるんだね。 その先輩はちょうど納豆ご飯にマヨネーズをかけているところだった。 目を丸くした俺と目が合うとその先輩はつぶやくように、 先輩「美味いんだけどな、これ・・・」 |