高校2年の夏のことだった。 僕が通っていた学校は、目黒区と世田谷区の境界線上に位置する中高一貫の私立男子校だ。 文化祭などで一時的には浮いた話も出たりはするが、通常はそういった女のコ関係の話は皆無だった。 恋をしたい。 そう強く念じても叶うこともなく、仕方なく自分を少年マガジン連載の「BOYS BE・・・」の主人公に重ねてため息をつくばかりだったのだ。 そのような通常の生活上、まったくオンナっ気のない環境の中で、やはり青春を謳歌したい一人の少年としては、ついつい妥協もしてしまうこともしばしばだった。 その当時僕が付き合っていた(?)コも、付き合うまでに相当な葛藤と努力を要した、と断っておこう。 僕には中学入学以来、小さなあこがれがあった。 それは、花火大会に浴衣姿の彼女と遊びに行き、打ち上がる壮大な花火を見ながら、 彼女: 「わあ〜、キレイ〜〜〜」 僕: 「キミのほうが、何十倍も、何百倍も、キレイだよ・・・」 彼女: 「●君・・・」 花火をバックに、口づけを交わす二人のシルエット・・・。 僕はやっぱり精神ヤラれてますか? A子、17歳。 顔はオセロの黒い方に似ていた。 今でも思う。微妙だ。 僕と同じく私立女子校に通い、夢見がちな日々を過ごしているらしかった。 明るくおしゃべりが楽しいコで、確かに僕との会話も弾んでいた。 学校でも毎日のように休み時間には教壇をステージにしてアイドルになったつもりで歌を披露していたという。 本当に夢見がちだった。 初キスもまだしていないという。 100%のシチュエーションで、結婚する相手とキスするつもりだ、と言っていた。 僕とA子は沿線が同じでたまに途中下車してマクドナルドとかで時間を共有していた。 何度目かのマクドナルドで、付き合う、ということになった。 それは僕の中ではものすごくギリギリの決定だった。 どんなささいなマイナスポイントでも、破局、という・・・。 沿線沿いには多摩川があった。 僕とA子はその多摩川で行なわれる花火大会に行くことにした。 それは夏のアバンチュールを期待させる、夏休み最初の週に行なわれることになっていた。 ***** A子: 「たこ焼きおいしーね♪」 僕: 「花火はまだ始まってないよ。そういうのは後にとっておけば〜?」 浴衣姿のA子は通常の3倍、かわいく見えた。 毎日が花火大会ならいいのに! 親子連れ、夫婦、彼氏彼女、子供たち・・・。 にぎやかな見物客と屋台。 僕とA子は見物客を通り抜けて、静かな木陰のベンチに座った。 そして、花火の打ち上げが始まった。 A子: 「わあ〜」 ドォーーーーン、ドォーーーーーン、ドォーーーーーーン きらびやかな花火が打ち上がるたびにA子は小さく歓声を上げた。 A子: 「きれいだね、●君」 A子はそういって僕に微笑みかけた。 前歯に青ノリがついている。 それだけではなく、よく見ると犬歯にカツオブシもついていた。 僕: 「ねえ、」 青ノリがついてるよ、と言おうとしたとき、A子は僕の肩にカラダを預けてきた。 肩を抱く形になった。 A子: 「ん?なぁに?」 その言葉には、夢見がちなメルヘンとロマンチックさとフェロモンとが入り混じっていた。 僕を置き去りにして、すでにA子はあっちの世界へ行ってしまっていたようだった。 A子は下からのぞきこむようにして僕の顔を見て、微笑んだ。 やはり青ノリがついている。 犬歯にカツオブシも健在だ。 僕: 「あ、いや・・・、キレイだね・・・」 A子: 「え?ほんとに?似合ってる?ありがとぉ」 僕はまだそっちの意味では言ってないけど。 まあいいや・・・。 A子は機嫌がいいのか、しばらく僕の顔を眺めて微笑んでいた。 やはり青ノリは健在だ。 そしてカツオブシは・・・、なんと前歯に移動していた。 向かって左の前歯に青ノリが、右の前歯にカツオブシの破片があった。 A子: 「●くん、顔つきがなんかヤラシーぞ♪」 違います。 A子の顔が僕の顔に近づいてきた。 間近で見ると、青ノリの張り付いている前歯は乾いていた。 これじゃ、とれねーよなぁ・・・。 と思っているうちに、キスをされた。 ・ ・ ・ ・ ・ A子: 「●くんでよかった・・・」 僕: 「あぁ、おれも・・・」 一度顔を伏せたA子は再び、下からのぞきこむように僕の顔を見て、笑った。 青ノリがなくなっていた。 かつおぶしもなかった。 A子: 「あ〜、●君最低!歯に青ノリつけてアタシとキスした〜!!」 僕の前歯に移動していた。 A子は、花火を見ながら、自分をキレイだと言ってくれた男と初キスをした。 それはまさにA子が夢見ていたそのものだったのかもしれない。 しかし、僕の歯には青ノリ。 愕然としてしまうのも仕方のないことだったのかもしれない。 僕の知らないところで進行したストーリーが、僕の気付かないところで悪い結果に終わったようだった。 僕: 「(いや、この青ノリはもともと・・・)」 言おうとしてやめた。 そして、静かに口元を拭って、別れる決心をした。 花火大会も最後のクライマックスの大花火が打ち上がったところだった。 |