僕がつねづねこのコーナーで説いているように、恋愛は格闘技にほかならない。 相手の気持ちをつかむためには、常識にとらわれず外聞にとらわれず、あらん限りの策略を練ってことに臨むべきなのだ。 例え相手に彼女や彼氏がいようと問題ではない。 一度好きになったのなら相手の気持ちを引き寄せるまで勇敢に立ち向かうべきで、逆にそうしなければ事態は自分の思うようには進展しないものなのだ。 毎日電話する、毎日会って話す、毎日何かプレゼントを持っていく。 自分の気持ちに偽りがないのであれば、その気持ちを伝えることは罪ではない。 例え結果的にうまくいかなかったとしても、それはそれで努力の結果なのだから仕方ないではないか。 同じ敗れるなら戦ってから敗れたい。 何もしないまま敗れるのであれば、なんの成長もないし次に期待する要素もないということになる。 だから僕は恋をしたときはいつも全力なのだ。 そう、過去にはこんなことがあった・・・。 ***** 中学のころのこと。 僕はいつも電車の中で一人の女の子を見ていた。 僕の中学・高校は私立の男子校で、通学に毎日一時間電車に乗っていた。 僕が彼女が気になっていたのはしかし、中学に入ってからではなくて、小学校のときからだった。 私立中学受験のための塾で一緒だったのだ。 郊外から都心に向かう電車なので方向は同じだったとはいえ、時間帯や車両が違えば顔を合わすこともない。 しかも朝の通勤ラッシュの電車だ。 むせかえる人ごみの中から知ってる顔を見つけるだけでも無理な話で、中学に入って2年もたったあとのことならなおさらだ。 僕が彼女の使う電車と車両を見つけたのは、偶然だったともいえよう。 神サマ、ありがとう。 きっと彼女もこっちに気がついているはずだ。 だって日を追うごとに僕が彼女のいるドア付近に近づいていたのだから。 そしてある日、声をかけることに成功した。 きっと声はうわずっていたに違いない。 ところで女の子は一般に、やさしい男を好きになるという。 じゃあ僕のやさしさを見せれば、彼女もこっちに興味をもつかもしれない。 そこで僕は考えた。 僕の使っていた駅は、その路線の始発駅から渋谷までだった。 始発駅とはいえ、朝は電車を一本やりすごさなければ座ることはできない。 僕はある日そういうふうにしてシートを一つ確保することにした。 そして20分くらい電車に揺られたころ、彼女の乗り込んでくる駅に到着する。 彼女が乗ってきた。 僕はそこでこれ見よがしに、おばあさんに席を譲った。 これが僕のやさしさだ、と言わんばかりに。 彼女は・・・、ラッシュに巻き込まれて見えないところにいた。 僕は譲った場所から身動きとれずにその日はしゃべることもできなかった。 僕ってバカですか? ***** しばらくたった日のある日。 僕はある雑誌で、『女の子がもらってうれしいプレゼント』というコーナーを読んだ。 それの上位には、『ある日突然、なんの理由もなくもらった花束』というのがあった。 なるほど。 女の子は花束をもらったらうれしいのか・・・。 その雑誌、「HOTDOG」というのだが、女の子の体験談には『その花見たらなんとなくキミにあげたくなっちゃって』というオトコのセリフも載っていた。 イタダキだッ! 僕はある日の帰り、駅ビルで花屋にいった。 バラって一本こんなにするの?!という値段だった。 たしか季節外れで5〜600円したと思う。 それでも中学生には何本も買える値段でない。 僕「あの〜、一本だけ、キレイにラッピングしてください・・・」 それが精一杯だった。 次の日、僕はそれを制服の内ポケットに入れて電車に乗った。 そして彼女が乗ってくる駅についた。 彼女が乗ってきた。 今日はラッシュの人ごみを掻き分けてでも近くにいく。 僕「あ、あの〜・・・」 言葉が出てこない。 まずはとりとめのない話から。 そして、そうだ、この次のトンネルを出たところでバラを出そう・・・。 電車はトンネルに入った。 騒音が激しい。 トンネルを出た。 僕「キミに似合うと思って」 トンネル内の騒音があまりにも大きくて、反作用で僕は大声を出していた。 内ポケットの中から出したバラは通勤ラッシュでツブれていた。 僕「・・・」 彼女「・・・。ありがと」 僕「あ、イヤ、ごめん」 前のシートに座っていたサラリーマンが3人、笑いをこらえているのが分かった。 ああ、そうだろうよ、僕だって今なら大笑いするだろうさ! 彼女は次の日からその電車には乗ってこなかった。 僕は自分の愚かさを呪った。 中学2年の冬の日のことだった。 ***** 高校に入ってからのこと。 僕にはまた別の、好きになったコがいた。 名前はナオミ。 女子高に行ってる女友達の紹介、ということになるのだろうか。 初めはみんなで遊ぶのが楽しかったのだが、数を重ねるごとに僕はそのコが好きになっていった。 ある日のこと、僕は彼女の家の電話番号を知りたくなった。 まだ携帯電話なんてない時代の話だ。 男女3人ずつでマクドナルドにいたとき、トイレにたった彼女を追いかけてほんの少し、二人になった瞬間があった。 僕「ねえ、僕のモノマネききたくない?」 ナオミ「え?いいけど?」 僕「う〜ん、面と向かってはやっぱり恥ずかしいなあ。電話でなら。電話番号教えてくれる?」 ナオミ「じゃあ、いらない(笑)」 僕「ハウッ! そこをなんとか・・・」 押し問答の末、なんとか電話番号を聞き出すことに成功した。 その晩、僕は練習していた。 僕「た、田村正和でしゅ。う〜んちょっと違うか。た、田村正和でしゅ。田村正和でしゅ」 ようやく納得がいく声になったとき、時刻は10時を回っていた。 およそ2時間ほど練習していたことになる。 僕「(やっぱり初っパナからかまさないとな・・・)」 震える指先でダイヤルを押す。 プルルル、プルルル、ガチャ 受話器の向こう「ハイ、○○ですけど」 僕「た、タムラ・・・、ハッ!」 母親だった。 僕は動転して一瞬言葉が詰まってしまったが、この動揺を悟られるのはますますマズかった。 僕「た、田村ですけど、ナオミさん、いらっしゃいますか?」 母親「田村さんですね。いつもお世話になっております。今ナオミはお風呂に入っておりますが・・・。後から電話させますので、そうですね、あと30分くらいしましたらお電話させます」 今さらここで「田村じゃなくて●●なんですが」とはとても言えなかった。 僕「ハイ、ではよろしくお願いします」 30分待ったが電話はかかってこなかった。 あたりまえである。 そして、その日以来、僕は彼女に電話していない。 ひぐらしの鳴き声が耳に痛かった。 そんな夏の日の出来事だった。 |