初めての告白


イギリスではゲイとレズは市民権を得ているらしい。深夜とはいえゲイ専用ダイヤルQ2のテレビCMが流れたり、そこらのコンビニでもゲイ・レズ雑誌は簡単に手に入る。

たしかに考えてみれば『おれは男が好きなんだ』というのも『おれは納豆+卵が好きなんだ』という好きキライと根本的には同じ構造で、否定されるべき根拠はない。

強いていえば、人類学的に見て子孫繁栄が望めない、という点のみだろう。

しかしそれだって突き詰めていえば不妊症の女性を蔑視する考えにつながるおそれもあり、合理的な理由とはいえない。

事実、イギリスには何人か『私はゲイである』と公言している政治家、そして閣僚さえいる。

個性の尊重、趣味趣向の自由、という観点からいえば、たとえデブが好きでもヤセが好きでも、子供が好きでも老人が好きでも問題はないのだ(ただし、自己決定権の未熟な児童が人権を侵害されるケースは否定的に考慮される必要がある)。

しかし、日本はヨーロッパの革新的な流れからは一歩後退しているようで、いまだに自らをゲイと公言している有名人はほとんどいない。記憶にあるのはせいぜい日景忠男くらいか。

新宿2丁目も1990年代に入ってから『そういう』人たちが集まるところとして有名になったが、それでもメジャーとはいえないだろう。

だから、一般的にゲイ・レズは日本では市民権を得ていないので仮にいたとしても表には出てこないし、僕にとっては『そういう』人たちと接する機会なんぞあるわけはなく、まったく知識以上のものではなかったのだ。そのゲイにあったのは京都に来てからだった。
 
大学に入ってからしばらくして、バイトを探していた僕はひょんなことからそこのバイトをはじめることになった。そしてそれが主任である彼との出会いだった。
 
彼の奇妙な行動に気がついたのは、僕がバイトに入ってまもなくのことであった。いくつか拾いあげてみよう。

まず、彼は、トイレにいる時間が長い。いや、別に用を足しているのではない。

何をしているのかと思えば、ずーっと、鏡を見ているのである。そして、たまに鏡のなかの自分に向けて微笑み、そして表情を変えて楽しんでいた。

次に彼はピンクのブリーフを愛用している(全員仕事着に着替えなくてはいけない)。トランクスだとか、普通の白のブリーフでもなく、ちょっとビキニ系のピンクのブリーフ。

そして彼は仕事場に、自分のアルバムを置いている。大学から現在までの写真だ。誰に見せるというのだろう? まず僕らバイトは全員見せられた。

彼は大学のとき、かなり本気でアイドル歌手を目指していたらしい。その写真のなかで、彼は陶酔して歌を熱唱していた。
 
どういう趣向の方だかわかってもらえるだろうか。

そんなある日のこと、彼は「ボク、これから飲みに行くけど、来る?」と誘うので、バイトのあとで腹が空いていた僕らは行くことにした。

ちなみにバイト二人と主任一人という構成で業務は行われる。その日のバイトは僕と二つ上の先輩だった。
 
「ブローニュの森」それがダクシーの行きついた先だった。

スナック? パブ? バー? まあ、そんなようなところだろう。ボトルをキープして、カラオケが置いてあるという、ふつうのスナックだったと思う。

しかしドアをくぐって最初に気がついたのは、ピンク色の雰囲気。なぜだかしらないが、やたらと艶かしいのだ。

「あ〜ら、ひろしちゃん、いらっしゃーい♪ ひさしぶりねぇ。元気だったぁ?」

カウンターの中から、そういうセリフを吐いたのは、40歳近くと思われる、細身の男だった。雰囲気的には高田純二に近い。

よく見ると、その部屋のなかに女の人は一人もいなかった。それにも関わらず、やたらと色っぽい雰囲気だったのは、奥のボックス席で大学生(♂のみ)と思しき集団がキスしたり、仲良さそうにカラダを合わせていたからだった。

そして、その店のバイトと思われる大学生は、男っぽい普段着のくせに、薄く化粧をしていた。

そういうバーだった。

僕のなかに一気に緊張が走った。大気圏に突入してしまったら思わずジオン軍・キャリフォルニアベースの管轄地だったホワイトベースのようなものかもしれない。いや、テキサスコロニーでゲルググと遭遇してしまったアムロだろうか?
 
誤解されると困ると思ったので、最初から、「僕はストレート」だの、「ゲイではない」とか言って、攻撃を未然に防ぐ努力をした。だって、みんなが「あ、新しいカモや。」みたいな目で見るから。
 
ボックスの席で戯れていた男たちは、名古屋から来たグループと、大阪から来たグループらしい。大阪ゲイクラブと名古屋ゲイクラブの親睦会だったらしい。ともに、大学のサークルだとかいっていた。
 
しばらくカラオケしたり飲んでいたのだが、僕と一緒に来たバイトが、「頭痛がするから、帰る」とか言い出した。

おいおい、今そいつに帰られたら、僕とヤツはサシになってしまうじゃないか。しかもここは主任の生息地。言ってみたら、敵地に置き去りにされるようなものだ。

ショッカー基地に乗り込んだ仮面ライダーにもFBI捜査官の滝が一緒にいたし、ギルド帝国に乗りこんだ宇宙刑事シャリバンにも、ギャバンがついていた。一人ではなかったのである。

結局、僕はここで一人になってしまった。しかし今から思えばどうも不自然なところがある。憶測に過ぎないが、「途中から、ボクと●君だけにしてほしいねん。はい、一万円」とか言ってあらかじめ『いなくなる』ように設定されていたのではないだろうか。
 
そして午前2時くらいにヤツと僕のサシ飲みが始まった。

普段お酒には弱い僕だが、

「今日は、たとえなにがあっても、どれだけ飲んでも酔わない」

と心にキメたのであった。

だからウィスキーのボトルを二人で半分くらいまで減らしたというのに、僕の意識は、まだまだ健在だった。

が、しかし。顔には出るようであった。おそらく真っ赤だったに違いない。
それを見たおネエ言葉のその店のマスター、調子に乗り出した。

僕がトイレに行こうとすると、狭い個室に一緒に入ってこようとする。

なにがしたいねん。おのれは。

そして次には、ふざけたことに、とんでもないことをしようとした。

誰かが肩を叩くので振り向くと、僕の唇めがけて、そいつの唇が迫ってきた。瞬時に運動神経をフル活動させて間一髪、避けることができたが、ほっぺたにぶちゅ、ってされてしまった。

「あ〜ら、おしかったわねえ」

もし手許にショットガンがあったら大門@西部警察ばりに撃ち殺していただろう。きっと裁判でも情状酌量される気がする。
 
そして午前5時ごろ。


すでに明け方になってた時間である。ヤツと僕はタクシーで帰ることになった。ボトルの2/3を飲み干し、二人ともべろんべろんだった。それでもなんとか意識を保っていたので僕の勝ちか(笑)?

帰りのタクシーのなかの出来事だった。

彼は僕の手をとって、こういった。

「ほんまに●のこと好きやねんで」

女のコからの告白は、(決して多くはないけど)経験したことはある。そして丁寧に断ったことも何回かはある。

でも、40歳男性からの告白は初めてだった。

どのように断るのがもっとも適切なのか。いや、しかしそういう冷静さは欠けていた。正直なところ、なんやねんおまえは?!というパニックでいっぱいだったのだ。

よく電車内で痴漢に遭う女のコは『早く終わって、次の駅まで行って!』と祈るばかりだと聞くが、おそらくそのときの僕の心情も同じようなものだったと思う。

『頼むよ運ちゃん、何人でも通行人ひき殺してもいいから早くおれんちについてよ』、というものだった。

女のコはいい。こういうとき、もし男がカラダ目当てだったとしても『今日はダメな日なの』とひとこと言えば、男の攻撃意欲は一気に鎮火される。でも男って…。

僕はタクシーのなかの数分間をじっと耐え、自分の部屋につくと、これまでの自分の悪行を神様に懺悔した。

そして『神様、もう2度と悪いことはしません。だから男からの告白はこれで終わりにしてください』と祈った。だからかどうかしらないが今のところ2度目の告白はない。
 
教訓「神様、ありがとう」

  


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