二人の上司
〜香港の…〜



イギリスにいたとき、僕には二人、『心の上司』がいた。

一人はもちろん本業である論文のための上司であった。

授業で提出する小論文や修士論文を期限内に完成させるためにはやはり自分に甘くては不可能なのだ。

だから常に僕の心のなかには『論文上司』がいたのである。

そしてもうひとりが毎日襲ってくるHPの締め切りに専門化した『HP上司』である。

一日一ネタを自分に課し、それを継続するためにはやはり自分に甘くてはそのうち日記すらも続かなくなってしまうものなのだ。

僕はイギリスでの生活においては常にこの二人からプレッシャーを受け続けていた。

僕は香港の一日目の晩、寝ながら、イギリスでの二人の上司とのやりとりを思い出していた。

***

論文上司「あ〜、イギリス君、ちょっといいかな。論文のはかどり具合についてちょっと聞きたいんだが…」

イギリス「はい? いいですよ?(う…痛い質問だ)」

論文上司「昨年、このプログラムが始まったとき、キミはなんて宣言したと思う?」

イギリス「え、はい、えっと、6月中には論文を終わらせて地中海に生チチを見に行く、です。」

論文上司「では今は何月か言ってみたまえ」

イギリス「は、8月です…(汗)」

論文上司「しかもまだ提出できてないじゃないか。これはどういうことかね?」

イギリス「いや、それはジジィが勝手に夏休みとってしまって…」

論文上司「いいわけしない!! しかも指導教官が夏休みに行ったのは8月の半ばからではないのかね?」

イギリス「いえ、ジジィはそのまえに出張でいなかったのです!(涙目)」

論文上司「その出張は2ヶ月もあったのかね? たった10日間ではなかったのかね?」

イギリス「は、はい、おっしゃるとおりです」

論文上司「はっきり言おう。 キミがもしこのプログラムだけに没頭していれば6月中に終わらせることも可能だったハズだ。 なんでプログラムの掛け持ちなんぞしたのかね?」

イギリス「そ、それはホームページプログラムのことでしょうか? いえ、もちろん両方とも満足な結果を出せる自信はあったのですが…。 事実、この論文も今の段階で充分に読めるものをジジィ宛てに置いて帰るつもりで、多分それはほとんど修正の必要なく製本できるのではないかという見通しもありまして…」

論文上司「フ、勝手な言い分だな。 その論文が通るという保証はあるのかね? 」

イギリス「期限を1ヶ月延ばしてもらいましたので…」

論文上司「じゃあ、その1ヶ月のあいだ、他のことにも目もくれず、しっかり論文だけやりたまえ、以上だ。」

うなだれて上司の部屋を出た僕が自分の机に戻ると、女子社員の一人がメモを渡してくれた。 

榎本加奈子に似た僕のタイプのコだ。 

しかしメモの中身はうれしくなるような内容ではなく、今度はHPプログラム担当課長からの呼び出しだった。

HP上司「あ、忙しいとこスマンね。」

イギリス「はぁ、何でしょうか?」

HP上司「キミ、勝手に休みを取ったんだって? 」

イギリス「はぁ」

HP上司「困るなあ、そういうことを勝手にされると」

イギリス「でも帰国しなくてはいけませんので…」

HP上司「キミ、ただでさえ更新状況が以前に比べて落ちているのだよ? それなのにさらに日記すら更新できない状況が続いてみたまえ。 どうなると思う?」

イギリス「はぁ、お客様には申し訳ないと思いますが…(最近の更新状況が悪いのは一部にはあんたが出世したからというのもあるのだけど…)」

HP上司「で、どれくらいの休みをとったのかね?」

イギリス「はぁ、だいたい3週間くらい…」

HP上司「なぬっ!? 3週間もか? そんなにHPをほったらかしにするのかね。 例えば、だ。 もし行きつけの定食屋が3週間も休んだらどうするかね? 他を捜すだろう? そして3週間後、他所に行ってしまったそのお客さんが必ず自分の店に戻ってくるという保証はあるのかね?」

イギリス「はぁ、つまり、一度来ていただいたお客さまを繋ぎとめておくことが肝心なわけだから毎日日記くらいは更新しろ、ということでしょうか? でもそれではいつになっても帰国できません。 姉妹都市のワラビさんらとBBQもしなくてはいけませんし、論文プログラムのほうも進めなくてはいけません。 僕にだってインドアのみでなくアウトドアの趣味もあるんです。 それに…」

HP上司「いいわけはしない!! 必要なのは『結果』なのだよ。 その過程にどんな障害があろうと読者のみなさんにはわからんのだ。『毎日面白いネタをアップする』。 これが唯一にして究極の目標なのだ。 キミはこのHPを立ち上げるにあたって、ネタを100コアップすると誓ったのではなのかね? いま100コもあるのかね? その約束を果たせずに帰国していいのかね? キミは負け犬かね? まったく、第一、論文なんて適当に仕上げてさっさと出してしまえばよかったのだよ」

***

そしてそのプレッシャーからとりあえずは解放された僕は、久しぶりに心地よく眠ることができたのだった。

香港。クソ暑い南国の都市の一日目のことだった。

その女の子ふたりに会うのは、その次の日のことである。

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