初めてのキャバクラ








京都の木屋町。

鴨川沿いを南北に走る細い街道だが、東西に走る三条通と四条通のあいだは夜の街として知られている。

そこから鴨川を越えた向こう側はいわゆる祇園街で、木屋町に比べて年齢層が高い。

木屋町はそこそこの値段でお酒が楽しめる、そういうところなのだ。

そしてその木屋町通には居酒屋やショットバーなどとならんで、女のコのいる店、いわゆるキャバクラが乱立している。

ここしばらくのあいだでキャッチをする女のコがたくさん道に出ているようになった。

僕がイギリスに留学する前はこんなではなかったと思うのだが。

僕は縁がなかったのと、別段行きたいと思うこともなかったこと、そしてこのいくつもあるお店のなかにはいわゆる「暴力バー」があるのではないかと思ったことなどの理由でキャバクラに足を運ぶことがなかった。

しかし先日、バイト先のホストクラブの一人と一緒に木屋町に行くことになった。

それが僕の初めてのキャバクラ体験だった。

その店には友人と仲の良い女のコが在籍しており、どうやら「指名」が欲しかったらしいのだ。

そのお店の名前は「COOL!」(仮名)。

夜の11時。僕は入り口でフリーの飲み放題セット料金として5000円を支払い、そして彼は5000円に指名料2000円を足した額を支払った。

あとはついた女のコがドリンクを頼むごとに500円を支払うというシステムらしい。

これならボッタくられることもない、健全なキャバクラだということなのだろう。

友人の隣には何回か一緒にいるところを見たことがある女のコが座っていた。

彼はそのコを指名したからセット時間の1時間のあいだずっと隣にいるわけである。

一方で僕の場合は指名ナシで入ったため、何回か隣に座る女のコが替わり「次回の僕の指名」を勝ち取るために楽しくおしゃべりをするのだ。

一人約15分前後で3人くらいだろうか。

一人目、ナミちゃん(仮名)。

チャパツのギャルだ。「egg」系とでもいえばいいのだろうか。

なかなかかわいい女のコではある。

ナミ「いらっしゃいませ〜♪」

僕の小さいハートはそのかわいらしい声を聞いただけで心拍数はレッドゾーン。

しかし、彼女は心なしか顔が赤くなっているようだった。

酔っているのだろうか。

僕は彼女に薄めの水割りをつくってもらい、そして彼女の手許に飲み物がないことに気がついた。

「なんか飲んだら?」

ナミ「いただきますぅ〜♪ ・・・すみませ〜ん、チーフ、テキーラのショット3つ!

メキシコを原産とするテキーラはサボテンの一種を原材料とする蒸留酒でそのアルコール度数は軽く40度を越す。

そして「ショット」とは水割りやロックではなく生のまま一気飲みするために使うグラスである。

おまえ、何考えてるんだ?

ナミ「あ、来た来た。・・・かんぱーい!! キャハハハハ!!」

一杯目が空である。

僕はといえばこの水割りが今日の初めてのお酒であって、このテンションの違いにただただ驚くばかりであった。

ナミ「ねえねえ、ナミ、カラオケ歌っていい?」

モーニング娘。の最新の曲を2曲、そして松田聖子の曲を1曲。

気がつくと彼女の手許のショットグラスは空になっていた。

3曲目が終わったとき、黒服のチーフがやってきてナミちゃんに席の交代を告げた。

上機嫌でテキーラを飲み、カラオケを歌いまくり、しかし肝心の僕とのおしゃべりはほとんどしないままナミちゃんはごちそうさまでした、といって席を立った。

おまえはここに何をしにきたんだ?

僕は奇妙な違和感にとらわれながら、しかし次に席につく女のコに期待をかけた。

2番目に僕の隣に座ったのはアヤというJJ系の女のコだった。

こういうほうがいいのかもしれない。

静かさと奥ゆかしさが感じられる、キレイめのコだった。

「ども。はじめまして」

アヤ「・・・いらっしゃい」

沈黙。

「なんか飲む?」

アヤ「ありがとう。じゃあ、ウーロン茶」

沈黙

「ここ初めてきたんだけどさ、なんかイイお店だね」

アヤ「・・・そう?」

沈黙

「やっぱりお酒ってかわいい女のコが隣にいるのといないのとでは味が変わるよね(笑)。もうアヤちゃんのせいで心臓がバクバクいっちゃってるんだけどどうしようかな〜。さっきここに座ったコ、ナミちゃん? あのコとは結局おしゃべりしないでカラオケだけ聞いたっていうカンジなんだけど、もうホントにビックリだよ、テキーラ3杯も飲んでたんだ」

アヤ「・・・ふーん」

沈黙

なんか反応してくれよ。

どうして僕のほうが気を使ってしゃべっているのだろうか?

なぜバイトでもないのにこんなに盛り上げようとしておしゃべりしているのだろうか?

アヤ「アタシね、このお店そろそろ辞めようと思ってるんだけど、どうしたらいいかな?」

知るかい。

久々の休日。日々の辛いことを一時忘れるために、精神をリラックスさせるために僕と友人はココにお酒を飲みに来たのだ。

やはりそういうときにはちょっとしたバカトークでもして笑ってお酒を飲みたい。

残りの時間、僕のテンションは一気に下がって、しんみりとして会話をきくことになった。

そして黒服のチーフがアヤちゃんの席の交代を告げた。

残り時間はあとわずかである。

交代もあと一人くらいだろう。

僕の小さなハートは小刻みに緊張を伝えていた。

僕の心臓は意外と仔猫ちゃんレベルなのである。

3人目の女のコは胸に「海美(うみ)」と書かれていた。

身長は少し高めだが、大きめの胸がそのバランスを整えている。

僕はこのお店に入るときにセット料金として5000円払い、そして女のコがドリンクを注文するたびに500円を支払っていた。

帰る際には追加料金を取られることはないし、きっとこのお店は健全なお店であり、「暴力バー」などではきっとない、ということなのだろう。

でもウミちゃん、あんたの顔そのものが暴力だよ。

天誅でござる、天誅でござる。

浅野内匠頭が吉良上野介を江戸城松の廊下で斬りつけたとき、きっと浅野内匠頭は吉良の存在そのものが世の中の平穏に反するものだと思ったのだろう。

世の中の矛盾を感じ、それに絶えられなかった彼はきっとものすごく純粋な人間だったに違いない。

ウミちゃんがもし夜道で突然僕の目の前に現れたらその場で思わず殴り殺してしまうことは間違いなかった。

「海美ちゃん、ウミ・・・、膿(笑)? い、いや、なんでもない」

ウミ「?」

「この世の中ってさ、自分の正義感とか自分の哲学とかと違ったことが多いけど、そういう矛盾に絶えられる人を大人っていうのかな。そういう大人になるのって、ちょっと哀しいよね」

ウミ「?」

「物理学とか、数学とかって、答えのある問題しかないけど人生の一場面一場面では答えのない問題が多いもん。どうして? とかなんでなん? 僕悪いことしてないじゃん?! っていう疑問がたくさんあるから」

ウミ「ん〜。そう?」

あんただよ。

「だからそういうことの積み重ねを教訓にして、大人になっていくんだよね、きっと。」

ウミ「でも楽しく思えるようにしたらいいんちゃう?」

楽しかったらな!!!

僕は1曲だけカラオケを歌うことにした。

選んだ曲はSURFACEの「それじゃあバイバイ」だった。

それが終わったあと、黒服のチーフがセット時間の終了を告げに来た。

延長はどうなさいますか? と聞かれたが、結構です、といってお店をあとにした。

一緒に来た友人はどうやら楽しいおしゃべりができたようで、延長をしたかったらしいが結局出ることにした。

火照った頬に夜風が気持ちイイ、そんな春の一日の出来事である。

 
教訓「時間もお金も使い途で価値が決まる」



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