時は21世紀を迎えている。 人類はおよそ2000年の月日を有史として歩んできたわけである。 人は他の生命体にはない個性、すなわち知性をもって肉体的不利を克服し、道具を用いることで万能な生物として地球上に君臨してきた。 2000年の有史は言い換えれば知性の蓄積の歴史と言い換えても過言ではない。 つまり、それまで積み上げた知性を反省し、新たな知性を積み重ねることによって成立してきたのである。 そう、歴史とはそれまでの知性を反省し・・・。 ***** 2002年のクリスマスシーズン。 僕はその晩、ホストの店をしている友人に頼まれ、3日間だけ久しぶりに戦闘服(=スーツ)を着込んで出勤していた。 対象とするお客さんは20代の女性。 話によれば水商売のお客さんが多いという。 それはすなわちトークの達人ということであり、達人を笑わせるほどのトークが必要だ、ということであった。 その数少ない出勤日のうちの、とある晩のこと。 「いらっしゃいませ!」 混雑する店内に、一人のお客さんが入ってきた。 深夜であった。 確かに僕は多少酔っていたかもしれない。 その姿を見て驚き、目をこすってみたが、見間違いではなかった。 時は2003年。 日本は21世紀になってもまだ、20世紀の負の遺産を抱えているという。 そしてその負の遺産がすべて消却されるまでにはまだ数年かかるといわれている。 負の遺産・・・。 ヤ、ヤマンバギャル!! アメリカンないでたちに、ガングロ、目の回りは白、というまるで教科書のような。 すでに絶滅したといわれている・・・。 僕は驚きを隠しながら、静かにテーブルまでエスコートした。 そのお客さんは携帯電話で誰かと話していた。 B.G.M.がかなりの音量のため、ところどころしか聞こえない。 ギャル: 「うっそー、マジで? チョーホワイトキック〜」 チョーホワイトキック・・・? しらける、だっけ・・・? 僕は子供のころ父によく叱られたことがあった。 父は叱るたびにこんなことを言っていた。 言っていいことと悪いことがある。 僕は軽いいらだちを隠しながら、電話が終わるのを待った。 そして祈った。 これらすべてが「ツッコミ待ち」であることを。 暗くて顔がよく見えなかったり、メイクにインパクトがありすぎて顔の作りにまで目が行かなかったのだが、よく見てみると誰かに似ていた。 誰だったっけ・・・。あ、思い出した! 片桐はいりだった。 電話が終わったようだった。 僕は意を決して言った。確かこんな言葉もあったはずだ・・・。 僕: 「その服、チョベリグ!!」 ギャル: 「はぁ〜?それ死語(笑)!!」 ・・・。 どうやら、自分が“ナウい”と思っているようだった。 そしてそれはある意味で正しかったはずだ。 僕はそのとき激しく動揺していた。 トークのツボが分からなかったのだ。 それは、普段、小学生という世代の異なった子供を相手にしているからではなかった。 時代の異なった人を相手にしていたからだった。 どの時代の人なんだろう ともかくも、僕は「いったい誰がこのお客さんの指名しているホストなのか」を早急に知る必要があった。 そのバトンタッチさえすれば、解放されるのだ。 僕: 「えっと、どのスタッフを呼びましょうか?」 ギャル: 「ん〜と、え〜っとなあ、名前なんだっけ・・・?」 そのとき気付いたが、相当に酔っていたらしい。 ギャル: 「ギャル男みたいなの、いいひん?」 ギャル男??? 僕は頭を巡らしながら、視線も巡らした。 もしかしたらこれはドッキリかもしれない。 少し片桐はいり似のヤマンバギャルは、カバンの中をごそごそやって、携帯電話を取り出した。 2台目らしい。さっきとは違う。 そしてその携帯のストラップには、たれぱんだらしきものがついていた。 たれぱんだ・・・。 そして、その電話で誰かにかけているようだった。 ギャル: 「もしもしぃ〜〜〜。え?ちゃうって!そんなに飲んでないって、シラフだっちゅ〜の」 だっちゅ〜の・・・?。 冗談にもほどがある。 電話を切ったあとメモリーをいじっていた彼女は、 ギャル: 「ああ、そや、リューヤっている?」 僕: 「当店にはおりませんが・・・」 ギャル: 「あれ? ここって●●●●●?」 僕: 「いえ、違います(汗)。△△△△△です・・・」 ギャル: 「え〜、間違えたかも」 祇園のお店には他店への嫌がらせというのがたまにある。 新手の嫌がらせだったのだろうか? ギャルは、携帯を耳に当てたまま、席を立った。 今の状況では何も注文してないし、何も口にしていないので、料金は発生しない。 ギャルは何も言わず、出て行った。 とても忙しいときの数分間の出来事だった。 僕は、しばらくその後姿を見ていた。 そして、何もなかったんだ、何も見なかったんだ、と自分に言い聞かせて仕事に戻った。 |