ジジィとの時間
〜二日目〜


僕の寝室は2階だった。2階には部屋が3つとバス・トイレがあった。確かに、トイレを流すとやたらと大きな音がする。

僕の部屋はトイレのすぐ横だったため、なおさら大きく聞こえたことだろう。夜中や朝早く、僕が寝ているあいだにその音がしたら、睡眠妨害だ。たしかにそれはそうだと思う。

でも、だからといって排泄したあと流さない、というのはどうかと思う。朝、僕がトイレを使おうと思って入ったら、鼻がひんまがりそうな異臭でクラッときてしまった。

最悪な一日の始まり方だ。

前日の晩、一番最初にベッドに行ったのはバァサンで、その次がジジィ。最後が僕である。しかし、朝起きたのは、ジジィ、僕、バァサンの順番だった。一体バァサンは何時間の睡眠を必要としているのだろう

朝食は、シリアル、ゆで卵or目玉焼き、ベーコン、ソーセージ、煮トマト、パンという豪勢なものである。イギリスの食事で唯一ほかの国の食事に勝るものといえばおそらく朝食だろう。フランスではフランス料理こそ豪華でおいしいけども、朝食に関してはコーヒーとクロワッサンだけだ。

ジジィ、朝からそんなにおかわりするなよ、と何度も思う。ジジィは、食事のあとに必ず糖尿病用の薬を何錠か服用するのだが、僕はそれよりも何をしたらいいのか、わかった気がする。

ベルトから“もれている”肉を見ると、その何錠かの薬は非常に頼りなく見えた。


そしてそのまま僕はテレビを見る。ジジィはリビングでクロスワードパズル。バァサンは…もはや説明する必要もないだろう。

ジジィはたまに思い出したように昔の話をする。おそらくテレビのなかの会話がきっかけだったりするのだろうが、毎回その話の結論は一緒だ。

自分の生い立ちや、過去の武勇勲を延々と語りだし、そして僕がほめちぎる、という構図である。

しかも、ジジィはそれがあたかも「初めて」語るかのように説明するので、僕はそれに合わせて毎回「驚かなくてはいけない」のだ。これはかなりの苦痛である。いうなれば、古典的ベタネタで爆笑しろ、というのと同じ理屈だ。いい加減、どのネタを使ったか、くらいは覚えておいてほしいものである。


そして再びランチタイム。活動してないのに、こんなにメシが必要なのだろうか。いや、もしかしたら、バァサンの一日の行動がこれしかないために、食事が存在するのかもしれない。

普通は、「食事をするために食事準備をする」のだが、この家では「食事準備のために食事がある」ということか?! 外で働いたらどうだろうか。
 
でもとりあえず再び文句をいわず、おいしそうな顔をして僕は出された皿をキレイに詰めこんで行く。ジジィ、再びおかわり。

僕はそして機を見て「帰る」という。実はここから先が長いのだ。「そうかそうか」とか言いつつ、クッキーと紅茶を持ってきて、パズルを解き始め、僕は合点のいかない顔をしてソファに座る。ひとの話を聞けよ。

それでも何回か「論文書かなきゃいけないし、明日の予習もあるから…」というと、重い腰をあげてくれる。ジジィのクルマに乗るのは怖いけども、これがないと帰れない。



ジジィは、僕がイギリスに来てからインターネットを使い始めたらしい。僕との連絡も初めは電話だったのだが、しばらくしてからメールに切り替わった。

確かに、メールというのは使い始めのときはそんなにやり取りしてくれる人もいないわけだし、かといって使ってみたい衝動は人一倍だろう。

でも、こっちが忙しいのを知っているにもかかわらず、部屋に戻ってからもどうでもいい内容のメールを一日に5通も送ってくるのはどうかと思う。

「今日のお昼はどうだったかね。ワシはニンジンが少し固かったかと思うんだが。どうだった? それじゃまた。」

「さっき言い忘れたけど、今度来るときには、新しいワイン用意しておくしな。 それじゃ、また。」

他に友達おらんのか?!

そんなジジィは今、病院で療養生活である。

 
教訓「結局日本の話、してないじゃん」



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