先日、友人の結婚式に招待されて出席してきた。 結婚とは、おもに男女が夫婦になること、もしくは婚姻という契約を結ぶことで、継続的な心理的つながりを確認することだ。 教会での挙式、披露宴、二次会、三次会。 新郎と新婦が付き合いだした頃から一緒に飲んだり遊んだりしていたので、とても感慨深い。 末永い幸せを祈ろうと思う。 ところで。 その三次会に移ろうかというときのことだった。 「あたしも幸せになりたいなー」 ミキちゃん(仮名)、20代後半、新婦の友人。 二次会ではとてもしっかりとした司会者ぶりだった。 僕: 「望みが高いのかな?」 ミキ: 「望みなんてそんなに高くないよー」 昨今では早い段階での結婚と晩婚化に2極化しているらしい。 昭和25年の平均初婚年齢が男性では26歳、女性23歳である一方、平成17年では男性30歳、女性28歳となっていることは象徴的だ。 晩婚化にはいくつか理由があると思う。 例えば女性の雇用が促進されている一方で、育児休暇などの育児支援が進んでいないこと。 これにより、「働いているあいだは育児ができないから、ある程度社会人として働いてから結婚しよう」と考える女性が多くなったのではないだろうか。 もう一つの理由は社会格差だろう。 特に今の20代後半から30代前半にかけての10年間の世代は就職氷河期といわれた世代で、所得格差が著しい。 結婚後の安定した生活のためにはある程度の所得が必要なわけだが、「一定以上の所得」を希望することはすなわち「就職氷河期を切り抜けた高学歴・高所得」の層に注目せざるを得ない。 そうなるとそこに過度の競争が生まれるので、結果として結婚の総数は減ることになる。 男女ともに、厳しい所得水準を理由にして結婚をためらう人は少なからずいるのではないだろうか。 まして一部には「専業主婦になりたい女性」もいるわけで、そういう女性はなおさら過当競争に巻き込まれることになる。 さらに、社会の風潮として、30代もしくは40代でも独身でいることに慣れてきた、ということがあげられよう。 最近の調査では35歳の男性の半分は独身なのだそうだ。 ミキ: 「あたしの望みなんてそんなに高くないもん」 僕: 「ほう?」 ミキ: 「優しくて、ウソつかなくて、平均くらいの収入があって・・・」 優しくなくて嘘を言う人はオトコとして、というより人間として問題がある。 平均くらいの収入、というのであれば確かにそれは少なくとも高望みではあるまい。 ミキ: 「あと、馬飼ってる人」 ウマとは奇蹄目ウマ科に属し、首と頭が長く、長い四肢をもつ哺乳類だ。 ツノはない。 各脚とも第三指を残しほかの指は退化している。 よく発達した蹄をもち、固い土の上を走ることができる。 え? ウマ? 僕: 「それは馬主ってこと? 競馬の馬を所有しているっていう・・・」 ミキ: 「じゃなくて、ほんとに自宅で馬を飼ってる人」 僕: 「北海道とかテキサスあたりで牧場やってる人がいいの?」 ミキ: 「うーん、田舎の暮らしにも憧れるけど、やっぱり都会がいいなー」 東京の23区内で自宅で馬を飼育している人なんていないと思う。 僕: 「牛じゃダメなの? ニワトリとか」 ミキ: 「なんで牛なんて飼うの?」 僕: 「じゃあなんで馬なんて飼うの?」 ミキ: 「乗るの。」 そのとき僕の脳裏では東京都内を馬で闊歩するミキちゃんの姿と、周囲で右往左往する都民の姿が目に浮かんだ。 僕: 「たぶん、平均的な収入の人で自宅に厩舎ある人はいないと思うよ・・・」 ミキ: 「そんなことないもん! 10人に1人は馬飼ってる人いるもん」 僕: 「いないって!」 ミキ: 「●くん。よーく思い出してみて」 彼女は身を乗り出して、言った。 ミキ: 「背が高くてイケメンで年収1000万円以上で自宅に馬飼ってる友達いるでしょ?」 ごめんね…。 馬に似ている人くらいしか思いつかないよ とはいえ、これを言うと雪崩式フランケンシュタイナーとか断崖式ドラゴンスクリューであっちの世界へ送られてしまう気がした。 っていうか、条件がアップグレードされてる気がするんですが気のせいですか? |