中国での出来事
〜後編〜



 
そのまましばらく歩行者を蹴散らしながら歩道を逆走したが、十字路に出くわした。

信号を利用して渋滞中に本線に割り込むのかと思いきや、ウドは今度は狭い道に入っていった。

よく見るとそれは広大な庭を持つ邸宅の私道だった。

完全な住居侵入である。

細い砂利道はパジェロにはもってこいの道ではあるが、やはり何かが間違っていると言わざるを得ない。

そこを抜けると今度はウドは「工事中・進入禁止」のクルマ止めをフェンダーでこすりながらアクセルを踏み込んだ。

幸いその日の工事は終わっていたらしく、人はいなかったが道路工事中ゆえ、でこぼこである。

4WDの性能をフルに発揮しながらウドはアクセルのみを踏み続ける。

ガクン!ブルルルルルル

どうやらタイヤの一つが穴にはまってしまったらしい。

ウドはデフロックをONし、土煙りを巻き上げて脱出した。

もう一度言うが、これはちゃんとした町から町への移動であり、通常それは舗装された国道によってなされるものだ。

僕が旅行会社に頼んだのはそういう移動のみであって、「体験!中国市街地でのクロスカントリー」とか「ドキドキわくわくの大冒険・中国警察とのカーチェイス!?」とかそういう類のものではない。

ウドはやはり半目で薄笑いを浮かべながら、ローギアでアクセルを踏んでいた。

しばらくいくつかの細かい道を走ったあと、ようやく本線に入るようだった。

道は相変わらずトラックとバスが隙間を空けずに詰めて列を作っており、割り込むのは難しいように思われた。

日本ならば、親切なクルマが来るまでしばらく待たなければならないだろう。

パジェロは一時停止もしなかった。

ガリガリ。

無理矢理の割り込みだったために横のトラックが僕のいる側のドアをこすったようだった。

驚いた僕が再度ウドを見ると、中国語で何か僕に言った。

「大丈夫、大丈夫」

多分そういったのだろうが、もしかしたら

「楽しいだろ、ボウズ」だったのかもしれない。

あるいは、

「おれは今めちゃめちゃウンコしたいねん」


という可能性もある。

何にせよ、これっぽっちも反省していないのは確かだった。

割り込んだ先で不幸にもパジェロの前にならんでしまったのは小型の三輪オートだった。

荷車を後ろに連結して荷物を積んでいる。

あろうことか、パジェロはバンパーで三輪オートの後部を小突き始めた。

三輪オートの運転手は後ろを振り返って何か叫んでいる。

当然文句を言っているのだろう。

なぜだろう、ウドはやはり半目で薄ら笑いを浮かべていた。

交通戦争という言葉がかつての日本にもあった。


高度経済成長にともなって自家用車も増え、トラック輸送も大幅に増えた時代。

交通マナーが徹底されたり、道路整備やクルマの安全装備が徹底されるよりも先に、クルマが増えてしまったがゆえ、交通事故による死亡者が激増したのだ。

その後、技術革新や法規徹底により問題は緩和されることになるのだが、中国では今まさに交通戦争の真っ只中なのではないだろうか。

ウドはヤザン並みに交通戦争が好きなようだった。

渋滞を抜けて目的地に到着したとき、僕の両脚は緊張で固まっていた。

少しツッていて、痛い。

時計を見てみると、乗車時間はわずか20分足らずのことだった。

しかし人生でもっとも長い20分であったことは間違いない。

後部トランクから荷物を出したとき、よく見てみると、最初はついていたバンパーがなくなっていた。

きっとどこかに落ちているのだろう。

パジェロが去ったあと、僕は先刻食べたチャーハンをすべて道路の端にぶちまけた。



クルマ酔いをしていた。



教訓「交通マナーは守ろう」





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