小学校低学年のときの話だ。 当時、テレビでやっていたアニメ、機動戦士ガンダムは少年たちのハートを鷲掴みにしていた。 ネコもしゃくしもガンダム一色だった気がする。 放送当時僕はまだ小学校にもあがっていなかったが、そのガンダムブームは放送が終了してからもかなりの期間続き、小学校低学年のときでさえ、ガンプラは男子のほしいもの一位に輝いていた。 今の、個人を対象としたアニメブームではなく、全国の男子を対象としたブームだったのだ。 エヴァンゲリオンのブームがいくらすごいものだったとはいえ、当時のガンダムに優るものではない。 今回のお話は、その『機動戦士ガンダム』にハートをがっちり鷲掴みにされたアライソ君のお話である。 君は、生き残れるか___? |
小学校の低学年のとき、クラスにアライソ君という、ちっこい友達がいた。彼はとくに目立ったヤツだったわけではない。 いや、むしろいつもクラス全体の中では埋もれてしまって影がうすい、目立たないヤツだった。 ただ、それでも一つだけ違ったのは、アライソ君はとてもガンダムが好きで、ガンダムのプラモデルはほぼコンプリートで持っていた。 しかもそれも、小学校低学年とは思えない、フルペイントである。 小学校高学年にもなれば、ていねいに色付けしてディテールに凝ってみることもあるだろうが、当時クラスには装甲板の裏まで色を塗っていたのは彼だけだった。 だから、ガンダム関係の話ならヤツに聞け、という状態だったのだ。 ガンダム博士の名前を思うままにしていたのだった。 いつもヤツの家に遊びに行くと、シンナーのニオイがして、必ず作りかけのプラモデルが机の上にならんでいた。 そして筆箱、下敷き、鉛筆はすべてガンダムだった。 外向的な僕と内向的なヤツの波長が合っていたのは多分そこのガンダムの点だったのだろう。 その時に借りた、モビルスーツ全集は、いまだに借りたままになっている。どうしよう(笑)。 さて、話は変わるが、小学校には運動会というものがある。 各クラスが紅白に分かれての運動会で、僕とアライソ君は同じ赤組だった。 その年の運動会では、僕らの学年は騎馬戦をすることになった。 騎馬戦といっても『つぶしあい』ではなくて、単にあたまの上に載せてある紙で作ったカブトを奪い合うだけであって、極めて安全な競技だった。 そして、赤組と白組にはそれぞれ大将騎馬があって、そのカブトだけは3点という差別化がされていた。 よくある話だ。 僕は力が強かったこともあって、すんなり大将騎馬の先頭に立つ主馬になった。 そして重要な騎手には、珍しいことに、アライソ君が自ら志願したのだった。 別につぶしあいではなくて、単に騎手がカブトを奪い合うだけなので、いわば重要なのは馬ではなくて騎手なのだ。 いつもは目立たない彼なのだが、そのときはやたらと目が輝いていた。 図工の時間、馬のひとは肩やら前に付ける飾りを作り、そして騎手はカブトを作ることになった。 材料は画用紙で、それに絵の具で装飾するのである。 ふとアライソ君を見ると、真っ赤に塗ったカブトにツノをつけていた。 それは先生の指示にはない完全なオプションである。 注意しておくが、それは真ん中に一本のツノである。 できあがったソレをみて、アライソ君は、「…指揮官専用機」とつぶやいていた。 運動会当日。 僕らは騎馬戦に出た。図工の時間に作った「まとい」やら「カブト」を付けて、である。 その日、アライソ君は朝から機嫌がよかった。というよりかなり興奮していた。 その興奮は、従来比50%アップといったところだろうか。 ライン上にならび、すでに僕の肩の上には彼が乗っている。 応援が白熱する。 笛が鳴った。 以下がそのあとアライソ君が叫んだセリフである。 いけ〜! あの“白いヤツ”を落とせ〜
目を見なくてもわかった。もっとはやく動けよ。 3倍のスピードで動くの!! 動けるハズがない 完全に入っていた。 彼はそのとき運動場にはいなかった。 はるか宇宙(そら)の向こう、ラグランジュポイントにいたのである(笑)。 ジークジオン!!
ヤツが自己陶酔しているあいだに、囲まれてしまった。なんせ「3点」なのだ。わけわかんねぇ ああ、アルテイシア!! 誰かコイツ止めろ ここでは馬どうしのぶつかり合いは禁止されていた。危険だからである。 だから、騎手が伸びてくる手を払うしかカブトを守る方法はない。 アライソ君は、片手でカブトを抑えながら必死で抵抗した。 しかし、敵機は3機。 誰かの手がカブトに伸びた。 アライソ君はよけた。 手はカブトをつかむことはできなかったが、しかし、真ん中にニョキっと生えた、余計なオプションには届いたようだった。 ビリ、という音が聞こえた気がした。 同時にプチっという音もしたのかもしれない。 その瞬間、信じられないことがおこった。 普段おとなしいアライソ君が、そいつに向かって殴りかかったのである。 なにすんだよおっ
騎馬戦のハズだった。殴られたそいつは、当然泣き出した。 殴った拍子にアライソ君も地面に落ちており、興奮で泣きだした。 僕ら馬は茫然として先生が飛んでくるのを見ていた。 真っ赤なカブトは、踏まれてボロボロになっていた。 ツノがないソレは単なるザコキャラになっていたのだった。 |