桃太郎
〜Side B〜



 


ある島に仲のよい家族が住んでいました。

若い夫婦と小さな子供が1人。

その日の夕方、漁から帰ったお父さんが網袋に何匹かの魚を携えて家に帰ってきました。

男のコ「父ちゃん、おかえり〜」

喜びの笑顔を満面に浮かべた子供が駆け寄って抱きつきます。

体躯のしっかりした若いお父さんは抱きかかえあげて肩に乗せました。

「ただいま。ちゃんといいコにしてたか?」

ここまでは普通の家庭なのですが、この家族、少し違ったところがありました。

身につけているものは虎の毛皮でできた衣類。

肌は赤色。

そして額には小さなツノが生えていたのです。

「あら、おかえりなさい。・・・魚、捕れなかったんですか?」

「うん、ごめんな。どうやら浜の村の人間が海に網を張ったらしくってこっち側に魚が来れなくなってるらしいんだよ」

「あらまあ」

男のコ「父ちゃん、あとで将棋しよ、将棋しよ」

「うんわかった。ちょっと待っててくれな。今母ちゃんと話してるから。それにもうすぐごはんだぞ」

父は居間の囲炉裏の脇に座って、捕ってきた魚に串を通して囲炉裏に挿していきました。

しかし以前なら囲炉裏で焼ききれないほどたくさんの魚と肉と野菜が手に入ったのに、今では大きなスペースが空いています。

父の心の中には、育ち盛りの子供に満足にご飯を食べさせてやれないくやしさが一杯でした。

「それからね、野菜のことなんだけど、隣の島の青鬼さんところでも野菜が採れなくなってるらしいのよ」

近年、浜の村には小さな刀・鉄砲鍛冶ができました。

砂浜で採れる砂鉄を原料にして、それを溶かし、鉄砲や刀を作るのです。

その過程で排出される真っ黒い煙がこの島にまで届き、そしてその煙を浴びた野菜は大きくなる前に枯れてしまうのです。

「じゃあ、青鬼さんところに野菜を頼むのはムリか・・・」

「ちょっと遠いけど、一つ目さんところならたくさん野菜が採れてるのじゃないかしら?」

「うん、でもなあ、あそこまでいくのに人間の街を横切らなくちゃならないだろう?」

そこから先、二人は黙り込んでしまいました。

パチパチ、パチパチ。

魚が焼けるいい匂いだけが家の中を巡っているようです。

そしてそれはまた、解決しない問題がぐるぐる巡っている頭の中の様子でもありました。

「人間たちはな、自分たちに都合の悪いことを全部私たちのせいにしてるらしいんだよ。雨不足も、台風も、山火事も。誰かのせいにしておけば自分たちで責任を取らなくても済む、っていう、そういうことなんだろうけど」

「全部誤解なのにね。じゃあ今度、人間たちと話し合いして誤解を解くようにしたらどうかしら?」

「いきなり目の前に出ていったら撃ち殺されて終わりだ」

「そうね・・・。蔵の中におじいさんから受け継いだ財宝があるじゃない。それを差し上げたら?」

「それか・・・。でもなあ。たしか50年くらいまえにうちの親父がそれで人間たちに近づいたことがあるんだよ。でもね、向こう側の要求が上がっていくだけで、全然我々の助けはしてくれなかったんだ。で、最終的に親父が取引を中止したんだけど、そしたらそしたで我々はウソつき呼ばわりだったんだ。」

「どうにかならないものかしら・・・」

男のコ「母ちゃん、ねえ、おなかすいた〜」

お父さんとお母さんは子供の元気な姿を見て、微笑ましく思うと同時に先行きが不安で仕方ありませんでした。

この先きっと人間たちが大きな船を建造するようになったり、もっと強力な武器を作るようになったらますます私たちの生活する範囲は狭くなっていきます。

この子供の世代になったら他の鬼たちに会いにいくのですら大変に違いありません。

親は子供よりも先に死ぬものです。

そうしたらこの子供は一人ぼっちになってしまうのです。

「じゃあ食べようか。ホラこれもう焼けてるよ。どんどん食べなさい」

子供の前に、半分以上の魚が差し出されました。

お父さんは子供が不慣れな手つきで骨を抜いているのを見て、苦笑しながら手伝ってあげました。

「ホラ、魚の骨くらいちゃんとキレイに取れるようにしないとダメだぞ」

男のコ「へへへ・・・。あれ? 父ちゃんと母ちゃんは食べないの?」

「いいの、いいの。熱いうちに早く食べなさい」

どんなに自分たちがおなかがすいていようと、子供が満腹になるまでは先に食べさせよう、と二人で決めたことなのです。

そこには、幸せな家庭の様子がありました。

無我夢中で魚を食べる子供と、それを見守る父と母。

空には星が瞬いていました。

そのときのことです。

乱暴に玄関の戸が開けられました。

一人の若者と犬とキジと猿。

囲炉裏で呆然としている家族の前に土足で上がってきました。

桃太郎桃太郎、見参!!

腰から刀を抜きました。

「なんだ、なんだ? キミたちは?」

桃太郎「鬼を退治に来た桃太郎だ。問答無用! くらえッ、

必殺ピーチ・クラッシュ!!

必殺ピーチ・クラッシュ!!

必殺ピーチ・クラッシュ!!

必殺ピーチ・クラッシュ!!

必殺ピーチ・クラッシュ!!

こうして鬼の一家は一瞬のうちに惨殺されました。

桃太郎は蔵の中にある金銀財宝を持っておじいさんとおばあさんの待つ家に向かいます。

めでたし、めでたし。


教訓『正義ってなに?』



【解説】

モノゴトを一面的な情報だけで評価してしまってはいけないと思うのだ。

例えばニュースで殺人事件の犯人が逮捕されたという情報を得たとする。

しかしそれは事実を伝える一面的な情報というだけであり、その背景や事情にどんなモノがあったのかまでを伝えるものではない。

数年の後、裁判の判決で懲役10年と言われて初めて「ああ、懲役10年に値する罪人なのだな」と評価できうるのみなのである。

逮捕された時点で『極悪非道な人間だ!』などと評価してはいけないのである。

この鬼の家族のように、一面的な情報のみに頼ったり、偏った正義の押し売りによって悪人にされてしまうケースはあなたの身の回りにもあるかもしれない。

モノゴトの終局的な判断というのはある程度の理解をした上で行うべきものだと思う。

ちなみに僕は、陽気なアメリカ人は好きだが、『世界の正義』を自称するアメリカという国家は大嫌いである。

 

 
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