株式の機関投資家の仕事は「これから株価が上がりそうな銘柄」を探すことである。 そしてもっぱら僕らのよきビジネスパートナーとなっているのが証券会社だ。 証券会社は文字通り各種有価証券を生成し販売している会社である。 一般に企業というのは活動するために資金を必要とする。 そういった資金は銀行からの借り入れ以外にも債券の発行、株券の発行といった形で投資家から集めることができる。 通常、債券株券の発行は投資銀行部門がそれを行う。 そして流通はブローカレッジ部門が担当するのだ。 その日僕はビジネスパートナーとして親交を深めるために某外資系大手証券会社に向かった。 彼らの予算でランチをいただくためである。 (証券会社にとって大手機関投資家はブローカレッジ手数料の主な収益減なので接待費がでるのだ) Qさんは、ランチの前に簡単に社内を案内してくれたのだった。 ***** 外資系証券会社、特に証券会社においては数字がすべてだ。 日本の企業文化では「会社は社長と社員のもの」といった感が残っているが、アメリカでは「会社は株主のもの」なのだ。 比較的簡単に株主総会でCEOがクビになる光景が見られる。 この証券会社でも同様で、数字を出せる人材には相応の報酬が、数字を出せない人材はただちにクビ、という厳しい環境が与えられている。 そのトレーダーフロアは喧噪に包まれていた。 取引量が膨大なために1セントのミスでもインパクトが大きい。 市場の流れを的確に読むことが彼らに与えられた課題であり、市場の流れを利用することが彼らの競争優位となるのだ。 Qさん: 「あそこに見える人がうちのトップトレーダーですよ。去年他社から引き抜かれて来たんですが。彼の年収は驚くことに”1本”くらいいくみたいですよ」 1本・・・? カツオ1本分ということだろうか。 確かにそれは驚きである。 示された先には口ひげをたたえた紳士然とした初老の男性がいた。 ひとつ隔離された広いデスクを与えられ、そこに5面の液晶ディスプレイが置いてあった。 彼は壁際でパターの練習をしていた。 ・・・え? ここは外資系証券会社のはずだった。 Qさん: 「あっちの人たちがバスケットの注文をさばいている人たちです」 その割に誰もバスケットシューズをはいてないじゃん!、というツッコミはビジネスマンとしては飲み込まざるを得ない。 ここはビジネスの場なのだ。 Qさん: 「バスケットっていってもマイケル・ジョーダンとかNYニックスとかのアレではないですよ」 そうなのだ、毎秒毎秒が戦いの瞬間なのだ。 Qさん: 「ナビスコのほうです。オレオとか。」 ・・・え? 僕: 「・・・。」 Qさん: 「・・・。」 その瞬間、僕には返答として3つの選択があった。 1、「それはビスケットやないかーい!」 2、「そうそう、ビスケットのトレーディングが最近投資家の間でも話題になってますよね、って、んなわきゃねーだろ」 3、「やっぱり、ポケットを叩くと2つに増えますか?」 しかしいずれのセリフも口に出すことはためらわれた。 なぜならQさんとはその日が初対面だったからである。 Qさんは少し居心地の悪さを感じたのか、少し咳き込んで見せてから、 Qさん: 「ゴホゴホ・・・、えっと、そろそろランチに行きますか」 ランチといっても無駄話や世間話をするためではない。 食事をあいだにしながらお互いに有益な話をするために行うものなのだ。 証券会社の法人営業は「今はウチのおすすめはこの銘柄です」というのを伝えるために。 機関投資家の側としては「どういった銘柄が欲しい銘柄であるか」を伝えるために。 僕がこれまでどうやってリサーチをし、どういう投資判断をしてきたかを正確に伝えることができれば、今後Qさんはその視点でいい銘柄を教えてくれるはずだ。 その店の奥のテーブルで、サーモンをナイフとフォークで解剖しながら、 僕: 「・・・という理由でこの銘柄を買ったわけです。先月になって想定株価を超えたので売り切りましたが」 Qさん: 「なるほど、わかりました。そういう銘柄を探しておきましょう。・・・ところで」 Qさんはナイフとフォークを置いて、 Qさん: 「さっきのバスケットとビスケットって、面白くなかったですかねえ? 思いついたとき自分では3時間ほど笑っちゃったんですが」 僕: 「・・・はぁ」 Qさんとは初対面だが、一つだけ確信したことがある。 この人の血液型は絶対にB型だ。 |