JFK空港に降り立ったのが6月7日。 しかし僕はミッドタウンのホテルに2週間も滞在するハメになった。 アパート探しが思うようにいかなかったのだ。 東京の会社に何度も電話をして、 僕: 「部屋の法人契約はアメリカでの法人登記がないとできないんです。しかもニューヨークの登記がないとキツイです。個人名義で借りる場合は年間家賃相当額を保証金に積み立てないとダメみたいです、日本での所得証明は信用してくれないので」 といったやりとりをしていたのだ。 結局条件にあったアパートが見つかったことは見つかったのだが、 A上司: 「月2500ドルって何?部屋で熊と牛でも飼うのかね?それとも『徹子の部屋』にでも住むのかね?」 飼わないです。 月2500ドルでも『徹子の部屋』には住めません。 別に住みたくないし・・・ 僕: 「マンハッタンのアパートの状況は明らかに『売り手市場』です。需要に対して供給が少ないらしく、ここ数年家賃は高騰する一方です。月2500ドルっていってもワンルームなんです」 しかも、そうしてやっと見つけたアパートは、部屋の改修に3〜4日かかるといわれたのだ。 6月半ば、ようやく部屋に入居することができたのだった。 部屋はロフト付きStudioのペントハウス。 ワールドトレードセンター跡地から数分のところにある。 徒歩でウォール街まで通えるのは便利でいい。 難があるといえば近所に定食屋が少ないことくらいだ。 しかし、このアパートの家賃は月2500ドルだ。 円換算で月30万弱もする。 会社が全額負担する僕はともかくとして、他に住んでるのはどんな人たちなのだろう。 部屋に入ったその日の夕方、とりあえず挨拶くらいはすべきだろうな、と考えて隣室のベルを押したのだった。 手にはソバならぬクッキーを持って。 ところで、日本を出るときA上司に言われたことがある。 A上司: 「まだまだテロの可能性がある。ニューヨーク証券取引所がターゲットにされているというニュースもある。テロには気をつけるんだぞ。アラブ人がいたらとりあえず逃げること。いいね? これは命令だ」 「Hi? may I help you?」(やあ、なにかご用ですか?) 隣の部屋にアラブ人が住んでいた。 浅黒い肌。ヒゲを生やし、ターバンを巻いている。 イスラム教の人だ、間違いない。 僕: 「I've just moved in the next door, nice to meet you and see you arround」(隣に引っ越してきた者です。初めましてよろしく、それじゃまた) もしかして隣室が「あの事件」の基地だったのではないか、などとも考えたが、 隣人: 「Nice to meet you, too. Thank you for this, you should come to have lunch sometime」(やあこちらこそ初めまして。これありがとう。たまにランチでも食べにきなさい) と、とても良い人だった。 再度の引越しはしなくても済みそうだ。 僕はこのアパートでよかった、と思ったのだった。 ***** ニューヨークの建物、というよりアメリカの建築物全般に言えることだが、築年数はいずれも古いものが多い。 木造建築ではなかったり、地震が少なかったりすることが主な理由かもしれない。 内装はこまめに新しくするものの、基礎や概観、水回りの設備などは古いままであることが多い。 その日の夜。 ダンボールを開けて荷物の整理をし、メールでの定時報告を済ませるともうすでに深夜だった。 疲れた身体をベッドにもぐりこませて、ゆっくり寝ようとしたときのことだ。 静まり返った鉄筋コンクリート造りの部屋にこだまする音があった。 ポタポタ、ポタポタポタ、ポタ、ポタタタタ、・・・ 締まりの悪い蛇口から水滴が落ちる音だった。 よく耳を澄ますと、それは僕の部屋のそれではなく、隣室の、アラブ人の部屋からのものだった。 例えばそれが ポタポタポタ、ポタポタポタ、ポタポタポタ、といった一定のリズムのものだったらそれに合わせた歌でも頭の中で歌ってみるのもいいかもしれない。 そうしているうちに眠ることができただろう。 しかし、ポタポタ、ポタ、ポタタタタ、ポタポタポタ・・・ こんな何拍子かも分からないリズムではノイローゼになる。 ああ、気にしないようにすればするほど気になってしまう。 ポタポタ、ポタ、・・・・・・ポタタタタタタタタ 頼むから締めてくれ と何時間か悶々としているうちになんとなく眠くなってきた。 明け方近くになっていたかもしれない。 ポタ、ポタポタ、ポタタ、・・・ポタタタ、ポタ zzz・・・。 ・ ・ ・ ・ ・ アウア〜ン、ウゥアア〜アアぅ〜あ〜 それは朝5時から始まる定例のお祈りの、イスラム教の音楽だった。 |