<特集>ティク・ナット・ハンとの出会い


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高橋ゆり子さん(ナワプラサード店長)に聞く


 精神世界の書店として歴史のある西荻のナワプラサード店長の高橋ゆり子さんも、今回のティク・ナット・ハン来日に深くかかわったひとり。翻訳が出る前からティク・ナット・ハンの著書を紹介してきた。


『般若心経』って
こんなふうに読めるんだ

WAY 最初にティク・ナット・ハンの名前を知ったのはいつのことですか?
高橋 91年の秋に、プラサード書店時代にアメリカに仕入れに行ったんです。そのときに中野民夫さんの今置いたほうがいい本のリストに入っていたんです。バークレイの本屋さんを見て回ったらすごく大きく扱われていているんです。そのとき偶然ジョアンナ・メイシーのワークショップにも参加できたんですが、メイシーと並んで地球仏教の活動をしているひとだと聞いて、へえと思いました。
 ジョアンナは本も難しいし輸入しても売れないと思ったんですが、ティク・ナット・ハンは優しくて日本人にも読みやすいい英語だったので、ちょうど洋書担当だったのをいいことに、どんどん仕入れてお店に並べていました。うれないかなあと、ひとりで思っていました。
 般若心経の解説だよと民夫さんに言われて読みだしたのが"HEART OF UNDERSTANDING"で、それが一番印象に残っていますね。般若心経ってこういうふうに読めるんだってびっくりしました。いろんな精神世界のグルがいますが、ティク・ナット・ハンは個人的な我が感じられない。個性の強いひとが多いですからね。
WAY ふふふ。
高橋 私は誰かひとりに傾倒するということはあんまりないんですね。ティク・ナット・ハンの場合は簡単に論理的に話しているからすごい。あとで高田さんからベトナム戦争のころに彼らがどういうことをやっていたかを聞いて、そういうすごいバックボーンがあってはじめてああいうふうに語れるんだなとあらためて驚きました。
 お会いしたことはないしグルとして好きというよりも、ほんとうにしみじみといいなあ、と。


ティク・ナット・ハンは
世代を選ばない

WAY 本を置かれて、反応というのは?
高橋 最初はぜんぜん無かったですよね(笑)。『ビーイング・ピース』が出てからはちょっと反応がありまして細々と売れるようになりました。私がすすめれば、仕方がないなあと買ってくれるひともいて(笑)。やっぱり最近になって民夫さんたちの努力で来日が決まって、だいぶ動くようになりましたね。
WAY 買っていくのはどういうひと?
高橋 若い人もいるし……。特定できないですね。
WAY 世代を選ばないというところがありますよね。子供からお年寄りまで。で、いよいよ来日というときになって、高橋さん自身は、どんな感じですか。
高橋 なるべく多くの人がティク・ナット・ハンの教え接してくれるといいなあと思います。でも、直にお会いしてお話を聞くというのはもちろん素晴らしいのですが、ティク・ナット・ハンの言いたいことは本を読めばけっこう伝わるんですよね。言葉でね。それで十分かなあというのはあるんですよ。もちろん来日するとなれば話題になるし、それで本も出て売れるということになりますが。


吉福さんとの仕事

WAY 高橋さんも以前、翻訳をやってらしたんですよね。チョギャム・トゥルンパの『狂気の知恵』(めるくまーる)。
高橋 だいぶ前ですけどね。82年かなあ。精神世界の本って、訳していると自分につきささってくるんです。つらかったですね。いかに自分がダメな人間かを毎日言われているみたいで。知的にすごく面白いんですけど、気持ち的にはつらいですね。でもジョアンナの『世界は恋人 世界はわたし』(筑摩書房)も訳してますけどね、懲りずに。私が受け持ったパートは基礎的な仏教概念のところなんで、結局ボツになっちゃったんですけど。
WAY トゥルンパの翻訳なんかやったのは吉福さんと一緒に?
高橋 吉福さんの下でやったんです。そのころ吉福さんのところには翻訳したい本がこんなに山のようにあったんですよ。吉福さん、きびしかったですねえ、面白かったけど。
WAY C+Fに行ったのはどういう事情で?
高橋 吉福さんはほびっと村で79年ころに講座やってたんです。私はお腹が大きかったんですが、父親と三人で、いや二人半かな、来ていたんです。父親のほうが吉福さんと仲良くなって、私は子供が生まれたりしてあんまり来ていなかったんですが、そのあと一緒に仕事するようになって。最後は子ども同士がすごく仲良くなって。最初は父親同志で、次に母親同志が仲良くなって、最後は子ども同志。


共同で夢を見る

WAY 「ほびっと村」でティク・ナット・ハンを迎えるにあたって般若心経のことをお話されているんですよね。
高橋 民夫さんとプレ企画をやろうということになって、最初は民夫さんがビデオを作って、二回目は高田さんが「般若身経」というのでみんなで体操しをしました。
 三回目は「夢見る般若心経」というタイトル。せっかくこういうことやるんだからみんなで夢を見てみようと、共同の夢見をやったんです。一月一日の初夢をみんなで見よう、と。般若心経を読んでいくと自分はなにとつながっているかということがずっと書かれているんだけど、そのことを寝る前に考えて、夢を見たらその結果を持ってくるということにして。
 1月17日に三回目の講座があったんですが、15人のうち10人が答えを持ってきていたんです。そこで、3つのグループに別れて、ただ言葉で報告するだけじゃ面白くないからパフォーマンスを作ったんです。
 楽しかったですね。暗い夢が多くてね(笑)。つながっていない、つながるぎりぎりのところっていうのが多くて。でもこういうテーマでこういうことをやるのがサンガ・ビルディングなんだなあって思いました。ただティク・ナット・ハンも般若心経もふっとんじゃって、一行も読まない勉強会でしたけど。 4回目はいろんな国の般若心経を集めてみんなで聞くという。


『般若心経』に癒される

WAY これってもしかしたらすごいことですよ。般若心経を素材に、まったく新しいなにかを作っているんだもん。
高橋 般若心経って日本人にすごく親しまれているのに、意味が分かっていないでしょう。韓国語なんてやけに長いなあという感じがするんです。同じチベット語でもひとによって違うんです。ひとが出るんです。
 不思議ですね。私たちが読むとお経っぽくなっちゃうけど韓国のひとだと朗詠みたい。一回、民夫がパッヘルベルのカノンかなんかに乗せて詠んだことがあったんだけどそれもよかった。私たちの時代にあったやり方があると思うんです。
WAY 面白い。ティク・ナット・ハンからこれだけの広がりが出てくるんですねえ。
高橋 今の時代はみんなほんとうにバラバラだから、それだけ個体の孤独ってひしひしと感じているわけですよね。そのなかで『般若心経』をもう一度読むということが癒しになっているという、うん。みんな活き活きして大変でした。高校時代の文化祭のノリみたいで。いい大人が。みんなたいした役者ですよ。びっくりしちゃった。


つながっているのは現実なんだ

WAY ティク・ナット・ハンの本はこれからも売っていきたいなあと。
高橋 売っていきたいし、売れるんじゃないかなあ。とくに『般若心経』は来日のブームが去っても売れていくんじゃないかな。やっぱり行動する仏教みたいな視点だとあんまり売れないと思うけど、『般若心経』みたいなものが長く残っていくんじゃないかなあ。
WAY 本を売る立場でいえば、これを売りたいって本はそんなにはないんじゃないですか。そういう気持ちってお客さんに伝わります?
高橋 よくビデオ屋さんに「店長おすすめ」というのがありますよね。あれやっちゃおうかなとも思うけど。本は必要があって買うものだからあんまりしつこくやりたくないけど、ティク・ナット・ハンについてはやってます(笑)。本屋があんまりでしゃばらないように、という考えもあるけど、いい本はいい本として売っていきたいですから。
 つながっているということは、詩的な言葉ではなく現実なんだっていうところがあって、それが一番印象に残っていますね。一枚の紙に雲を見るというのは詩に聞こえるけど、現実なんですよね。そうなんですよね。


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