< anniversary >


「 みゃぁ〜 」

僕のひざで猫が気持ちよさそうにないた。


“いつだっただろう、、、うちに突然この猫がやってきたのは…。 ”


僕には気まぐれな彼女がいる。突然現れたかと思えば、急にふっといなくなったりする。ちょっとしたことで怒るし、すぐ泣いたりもする。本当に気分屋だ。比較的どんなこともさらっと流し、あまり感情を表にださない僕とは正反対だ。

“確か、彼女が急にいなくなった時だったかなぁ…。 ”

そうだ、彼女が初めて、、、いつもの気まぐれで急に姿をみせなくなった時、、、かわりにこの猫が僕の部屋の前で小さくなって眠っていたんだ。僕はあまり動物がすきじゃないのではじめはこの猫を追い払おうとしたけど、、、僕にむける目があまりにも寂しそうで、、、なんだかほっとけなくてしばらく部屋に置いておく事にした。そして、いつのまにかこの猫が部屋にいるのがあたり前になっていた。僕の生活の一部になっていたんだ。


ある日、“ひょこっ” と久しぶりに彼女が姿をみせた。

「 いやぁ、あんましお天気よかったからふらふらっといろんなとこに出かけてたんだぁ。」

彼女はなんの屈託もなくけらけらと笑って言った。

“ 心配させやがって…ったく”

僕は、ちょっと腹がたったが、彼女の子供みたいな笑顔に言葉をつい飲み込んでしまった。

「君、元気だった?」

彼女はそういいながらソファに座って自分で買ってきた缶コーヒーを飲み始めている。

「ああ…。」

僕は表情を変えずに返事をした。だけど、内心は彼女の相変わらずの姿にちょっとあきれながら、、、安心していたのだ。僕は彼女に気付かれないように苦笑した。


何故か、、、彼女は僕のことを“ 君 ” と呼ぶ。僕のほうが7才も年上なのに、、、彼女はまだ学生で僕は社会人なのに、、、。ま、特に気になるわけではないし、、、それが彼女のスタイルだから、、、僕はそのまま受け入れている。というか、どうも彼女のペースに引きずられているのが正直なところだ。


“あれ? ”

ふっと、あの猫がいなくなっていることに気付いた。あれほどいつも僕についてまわっていたのに…。いったいどうしたんだろう、、、。

“ ま、猫は気まぐれだからなぁ…。”


僕はその時それほど気にしていなかった。いつも通り仕事をし、彼女と一緒に過ごし、平凡な日常を送っていた。まるで、しばらく猫が一緒にいた事などすっかり忘れてしまったかのように…。


突然、またあの猫がぼくの前に現れた。いつのまにかぼくのそばで眠っていたのだ。

“おかえり…。”

なんだか僕は少しうれしくなって心の中でそうつぶやきながら猫の頭をなでた。なんだかこの猫の存在がとてもいとおしく感じられのだ。動物はあまり好きではなかったのに不思議な感覚だ。そして、、、この猫が現れたのと同じくらいの時期に、また彼女がふいっといなくなった。

“またちょっとした気まぐれか?まぁ、そのうち戻ってくるだろう…。”

僕はしばらくまた猫と一緒に生活した。好きなキャットフードも覚えたし、頭をなでてやると“ぐるぐる”っと気持ちよさそうに眠りにつくのもわかった。時には、近くの公園に一緒に散歩にも行く。なんだかすっかり“猫びいき”になっている自分が少しおかしかった。

そして、、、また急に猫がいなくなった。で、タイミングを合わせたように彼女がまた急に戻ってきた。

“偶然だろうか…。”

僕は、ふっと思った。

“ まるで、彼女がいない時にぼくをなぐさめにきているみたいだなぁ…。”


それから、何回か同じようなことが繰り返された。彼女と猫がいれかわりで僕のそばにいるようになった。不思議なことに、彼女といる時と同じくらい猫と一緒に過ごす時も僕の心はやすらぎに満ちていた。穏やかな気分でいられた。ま、気まぐれさには少し慌てさせられもするのだが…。


しばらくして、また彼女が姿を消した。僕は最初のうち“ またか” と気にしないでいたのだが、一月以上たつとさすがに不安が募り始めた。今までは長くても2週間くらしたらひょこりと戻ってきていたからだ。

“なにかあったのだろうか…。”

僕は、猫の頭をなでながらぼんやりと考えていた。そんな気持ちをさっしたのかその猫は僕の顔を心配そうに見上げている。

“なんでもないよ。”

僕はそう語り掛けるように猫の頭をなで続けた。すると、猫はほっとしたかのように“ぐるぐる”といって眠りはじめた。そんな猫のしぐさが、、、僕を少しだけ安心させた。

そうしているうちに3ヶ月近くがたった。僕は彼女のことを考えながら相変わらずの生活を送っていた。仕事をし、付き合いで飲みにも行き、休日には猫と散歩に出かけた。本当に平凡な毎日、、、ただ彼女がいないだけの…。

だけど、、、一人だけの夜が少しだけ僕に寂しさを感じさせるようになっていた。だからだろうか、、、いつのまにか僕は猫と一緒に眠るのが習慣になっていた。猫の暖かさが僕をゆっくりと眠りを運ぶ。やすらかな眠りの世界に誘い込むのだ。


ある休日の朝、ぼくはいつものようにキッチンで猫のためにミルクを温めていた。気がつくと、僕の足元にいたはずの猫がいなくなっている。

“さっきまでここで僕の足にまとわりついていたのに、、、”

僕は動揺した。それだけ猫の存在が僕の中で大きなものになっていたのだ。テーブルに頬づえをつきながら、、、僕は部屋の中をぐるりと見回してふっと思った。

“この部屋、、、こんなに広かっただろうか…。”

心にぽっかりと穴があいたような空虚感が心に広がっていった。僕は、なんだか急に泣きたい衝動にかられた。こんな気分になったのは何年ぶりかのことだった。



「ピンポーン 」

突然、玄関のチャイムが鳴った。僕は涙ぐんだ目を袖でぬぐいながらイスから立ち上がった。気持ちの動揺のせいか少し足元がふらついている。

「はい。どちらさまですか?」

僕は静かにドアを開けた。朝の日差しが僕の目に眩しかった。

「ただいま。」

ふっと見下ろすと、彼女が立っていた。相変わらずの無邪気な笑顔だ。そして、、、彼女の胸元であの猫がすやすやと気持ちよさそうに眠っている。

「ごめんね、、、ずっと連絡もしないで…。ちょっと、、、ね。」

猫の頭をなでながら、、、めずらしく彼女がはずかしそうに口ごもっている。

“おかえり、、、”

僕はゆっくりとうなずいた。さっきまでの動揺が消え、、、ほっとしたのか急に体中の力が抜けていくようだった。暖かい涙が込み上げ、僕は少しだけうつむいた。

「あのね、、、これ…今日は記念日だから…。」

そういって彼女は一枚の絵を差し出した。色の淡い風景画、、、なんともいえないやさいい色彩だった。

“そうだ、、、今日は彼女と初めて出会った日、、、そして、僕の誕生日だ…。”

僕が顔をあげて彼女を見ると、、、彼女の顔は少し赤くなっている。そんな彼女の様子がとてもいとおしかった。

「ずっと、大学にこもって書いてたんだ。今日に間に合わせるために、、、。」

僕は思わず彼女を抱き寄せた。彼女は少し驚いたようだったが、そっと僕の胸に顔を埋めた。

「ありがとう、、、。」

僕は少しかすれた声で言った。彼女は顔を埋めたまま泣きじゃくっていた。


「みゃぁ〜 」

今まで眠っていた猫がないている。僕たちの様子を見守りながら…。


「コーヒーでもいれるよ。」

僕は彼女に微笑みかけた。

「 うん、ミルクったっぷりのね。」

僕と彼女、、、そして猫のいるおだやかな空間…。

“ 最高の記念日だな、、、”

そう思いながら僕はコーヒーを入れ始めた。彼女と猫の暖かいぬくもりと感じながら…。