昼下がり 〜最終章〜

 

まもなく、○○〜○○〜、お出口は右側です。」

電車が速度を落とし始め、社内アナウンスが流れる。俺は腕時計に目をやり、時間を確かめた。時計の針はちょうど2時半をさしている。

”遅いな、、、”

電車がゆっくりと駅に入っていく。その普段はまったく気にしてもいない電車のゆっくりとした動きに俺は少しイラついた。

”ガクン、、、シュー”

ドアが開き、ひんやりとした車内に暖かい空気が流れ込んできた。平日の昼過ぎの車内はほどよくすいていて、誰も急いで降りようとする人なんかいない。そんな中、俺は小走りで電車を降りホームへ出た。薄暗い車内から急に外に出たせいか、一瞬目がくらんだ。けれど、少しよろけながらも俺は改札へ急いだ。途中、何人かにぶつかったりして、”何をそんなに急いでいるんだ?”というような怪訝そうな視線を向けられたが、とにかく急いでいて、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 

”海に会えるかもしれない、、、。”

 

俺の頭の中はその言葉でいっぱいだった。

 

☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。

 

ことの始まりは一本の電話だった。

今日は内定の決まった銀行での拘束日だった。俺たちは、、、俺のほかにも同じようにきっちりとスーツを着込み、心なしか緊張の表情をした学生が数人、なんとなく”ツブの揃った感じがして”コイツらも俺と同類?”って考えたら少しおかしかったのだが、、、某高級ホテルの宴会場のようなところに集められ、朝9時くらいからお昼すぎにかけて、”今の日本経済がどうだの、、、国際情勢がなんだの、、、”といったおえらいさんの話や、お茶飲みながら先輩を囲んでの懇談会なんかがえん続いた。表面上、なんとか笑顔を保っていたものの、俺は相当うんざりしたしていた。

”こんな風に拘束しなくたって、、、ちゃんとここに就職するから、、、。”

そんな言葉がついつい口から出てしまいそうだった。そして、簡単な昼食会が終わり、ほっと一息ついたところで、携帯がブルっときたのだった。

「あ、先輩、瑞希です。今平気っすか?」

俺は、いつもどおりの底抜けに明るい瑞希の声が少しうらめしく思えた。

「まぁ、平気っちゃ平気だけど、、、どうした?」

俺はつい少しぶっきらぼうに答えてしまった。

「あ、すみません!やっぱ忙しかったっすよね。もし暇があったらと思ったんだけど、、、。」

瑞希はすごく申し訳なさそうだった。もしかして、コイツ携帯片手に頭を下げてるんじゃないだろうかと思ったら、俺はなんだか少しおかしくなった。

「あ、いや、、、全然平気だよ。ついさっき内定者の会も終わったところだし、、、ちょっと一息ついていたところだったんだ。で、何か急用か?」

「え、、、内定者の会って、、、じゃ、先輩やっぱ就職きめたんだぁ、、、そうかぁ。」

「をい!なんだか俺が就職決めたのが気に入らないみたいだなぁ、、、。」

俺は、瑞希の声になんとなく納得してないものを感じて、少し冗談めかして言った。

「あ、いや、、、そういうわけじゃ、、、ただ、ちょっと最近の先輩見てたらなんとなく違う道を選ぶのかなぁって感じだったから、、、少し意外でした。」

きっと、電話の向こう側で瑞希は少し動揺してるに違いないと思って俺は可笑しくなった。

「はは、、、意外か。ま、いいや。で、用件は?」

「あ、実は、先輩に会いたいって人がいるんですが、、、。」

瑞希は少し言葉を濁す。

「俺に会いたいって、、、俺の知ってる人か?」

”俺に会いたいヤツって誰だ、、、”

ちょっと考えてみたが、思い当たるふしはなかった。

「実は、、、自分の兄貴なんっすけど、、、先輩と知り合いだったんですか?」

「おまえの兄貴って、、、。」

そう言いかけて俺は言葉につまった。

携帯の向こうの瑞希の気配には、”なんで兄貴が先輩を知ってるんだろう?先輩も兄貴を知ってるってことだよな?”みたいな驚きと、なんとなくの好奇心のみたいなものが感じられた。そもそも、瑞樹からしてみれば、海と俺のつながりを知らないわけだから驚くのも当然だった。

「知り合いっていうか、、、。」

俺はまた言葉につまった。

”友達???それともよき理解者、、、なんだろう???”

俺は自分の中でも海との関係がどういうものかなんて説明できなかった。

「ま、、、詳しいことはあとでな。で、今どこにいるんだ?」

「あ、いつもの店っす、、、」

瑞樹が言いかけるとほとんど同時に、俺は会場のホテルの階段を駆け下りていた。

 

☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。

 

駅の改札を出ると、午後の日差しが照りつけていた。その日差しにはかすかな夏の名残が感じられた。俺はひたいにかいた汗をハンカチでぬぐい、スーツのジャケットを脱いで鞄と一緒に小脇に抱えた。まだきっちりスーツを着て歩くには微妙に暑かった。駅前には学生がごったがえしている。大学が休みでない時期のこの周辺はいつもこんなもんだ。待ち合わせをするものや、ガードレールによりかかって話し込んでいるもの、何をするでもなく座り込んでいたりする学生もいる。そのわきを迷惑そうな顔をしたサラリーマンが通り過ぎていく。いつも見慣れた風景だ。スクランブル交差点の信号が変わると同時に、俺は走り出した。人の流れに逆らっているせいか、思ったように前に進めなくて俺は少しイライラした。かろうじて人と人の隙間をすり抜けつつ前に出ようとするがなかなか思うように行かない。

「す、すみません。」

すれ違いざまに誰かとぶつかり、とっさに俺は謝った。

「何そんなにいそいでるんだ?」

その言葉に”はっ”として顔を上げると、早坂がニヤニヤしながら立っていた。

「あ、早坂さんだったんだ、、、びっくりした、、、。」

「びっくりしたって、きみ。俺が肩たたいてるのにぜんぜん気が付かないなんて、そんなに急用なのか?」

そういいながら、早坂の表情は相変わらずニヤニヤしている。

「もしかして、、、ぶつかったんじゃなくて肩たたかれてたんだ、、、そうならそうと早く言ってくださいよ。ったく、、、。あ、別に急用ってわけじゃないんですけど、、、ちょっと理由ありで、、、。」

俺は独り言のようにブツブツ言った。

「そうか、理由ありね、、、なるほど。で、なんで今日はスーツなんだ?いまさら就職活動って時期でもないだろう、、、。」

「あ、午前中内定者の拘束日だったんで、、、。ついさっきまでつまらない話聞いてましたよ。」

俺は苦笑しながら言った。

「つまらない話って言ってるわりに、、、なんだか楽しそうだな。しかし、、、そうか、、、やっぱり就職することに決めたのか、、、なるほどね。」

早坂はズリ落ちかけたメガネを指で押さえながら言った。相変わらずその瞳からは何を考えているのか検討がつかない。

「いろいろ考えたんですが、まだ今はあせって決断をする時期じゃないのかなって。本当に動きたくなったら、、、いや動かずにはいられないって時がきたら、そうしたらまた考えてみようかと思いまして。」

俺はスラスラとこんな言葉を口にしていた。そして、そんな自分に俺自身少し驚きを感じていた。とりあえず心を決めてはいても微妙な迷いが残っていると思っていた。

「そうか、、、やっぱり君は優等生くんだな。でも、ま、それも大事なことだ。」

早坂はまたニヤリと笑って、”ポン”と俺の肩をたたいた。

「いや、だから優等生くんはやめてくださいって、、、ってか、優等生じゃないですよ、俺は。」

「あはは。まぁまぁ、そうムキになるなって。でも、ほんとなんだかいい表情になったな、君。さて、、、俺も急がないと。それじゃまたな。」

背中越しに手を振りながら、早坂は駅に向かって歩いていった。

 

”いい表情になったなって、、、。”

俺はなんだか少し照れくさかった。

 

”久しぶりに海に会えるからだろうか、、、それとも、もやもやしていた自分の気持ちが少しふっきれたせいだろうか、、、”

 

親父と久々に話した日、、、あの時間(とき)、、、、自分の中にあったもやもやがなんとなく晴れたような気がする。別に親父の話を聞いて、”そういうのが正しい”とか、”それを見習おう”と思ったわけじゃない。ただ、海と話したことから始まって、それまで気にかけていなかった、、、いや故意的に目をそらしていた自分の中にある気持ちと向き合うことになり、ずっと悩みながら過ごしていた中で、、、あの時間の流れ、おだやかさが妙にしっくりきたんだ。いろいろと今まで話さなかったことを話したり、、、バイトをしたり、、、そんな中で俺の心は揺れ動いた。”あぁ、そうかもしれない、、、そうするべきなんだ。”と心を決めかけたこともあった。そんな中で、あの時間は、、、親父の話は、、、別になにかを強く訴えかてきたわけではない。だけど、、、それまで俺の心の中にあったあせりを消していた。そんな感じだった、、、。

”物を書きたい”という気持ちは今でもまったく変わっていない。それなりに悩んだことでさらにその気持ちは強くなっていると思う。けれど、なんとなくその気持ちを今はまだ”静かに心の中で暖めつつ、少しずつ育てていきたい、、、”ふっと、そんな風に思ったのだ。もし書くことを仕事にしたら、、、ま、可能であればの話ではあるが、、、まだ仕事にしたいのかどうか自分でも判断しかねているところであせって動いてしまったら、、、”書きたい”という気持ちが薄らいでいくのではないか、、、そんな気がしたのだ。だから、俺自身、今はまだ動く時期ではないと判断した。早坂さんは”優等生くん”って言葉を俺に使う。確かに今回も無難でまわりから”いい選択だ”と言われるような、、、そんな選択を俺はしたように見えるのかもしれない。だけど、、、今までと違ってこの選択は、”俺自身の気持ちを尊重”した結果だった。今までみたいにまわりの評価やニーズを気にしたんじゃない。って、、、そんなこと言ったところで、早坂さんはまたニヤニヤして”まぁ、ムキになるなよ、、、優等生くん”って軽くかえされるんだろうけど、、、。

 

”だいたい、どう考えてもやっぱり早坂さんのほうが優等生だよなぁ、、、”

俺はそんなことを思いつつ苦笑してしまった。ふっと腕時計に目をやると3時をすぎている。

 

”急がないと、、、でも、海は今の俺を見てどんな風に思うかな、、、”

俺はそんなことを考えながらまた走り出した。海の反応が気になってしかたなかった。もともと、俺がいろんなことを考えたり悩んだりするきっかけをくれたのは海だった。海と出会ったとき、、、図書館で初めて会ってから、、、あれから俺自身の中では少なからず気持ちや考え方の変化があったように思う。だけど、それに海は気づいてくれるのだろうか、、、。別に俺は、海からの何かしらの反応を期待して考えたり悩んだりしたわけじゃない、、、だけど、そういうきっかけをくれた海には、なんとなく自分の変化を気づいて欲しい、、、そんなな気持ちが俺の中にあった。

 

”もし前と同じような反応をされたら、、、ちょっとショックだな、、、”

 

俺はまた苦笑した。俺の中で、海に早く会いたいという気持ちと、会うのが恐いという気持ちが交錯していた。

 

 いつもの店の前までくると、俺は階段を上る前に立ち止まって一息ついた。なんとなく急いで走ってきたことを悟られたくなかった。小脇に抱えたジャケットのポケットからハンカチを取り出し、額ににじんだ汗をふきながら小さく深呼吸する。

 ”よし、、、”

 俺は少し気合を入れてゆっくりと階段を上り始めた。緊張のせいだろうか、、、十数段の階段がとても長く感じられる。階段を上りきり、俺は狭い踊り場でもう一息つき、ゆっくりと店のドアノブをまわした。

 

☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。

 

 ”カランカラン、、、”

 ドアに取り付けられたベルが店の中に響いた。俺はいつもよりその響きが大きい気がして少しあわて”はっ”とする。気を取り直してカウンターに目をやるとマスターを目があった。

 「こんにちは!」

 変に力の入った言葉はなんだか自分の声に思えなかった。でも、マスターはいつもどおりゆっくりとうなずいて笑みをかえしてくれる。それが俺の緊張をほぐしてくれた。

 「先輩、こっちっすよ!」

 瑞樹がいせいのいい声を掛けてきた。その声に振り向くと、通りの面したテーブルに人影が3つ見えた。午後のやわらかい日の光のせいで顔がはっきり見えなかったが、瑞樹と千夏、、、そして、しばらくぶりの海の姿がそこにはあった。

 「やだ、、、渉ったら何スーツなんて着てるの?」

 千夏がケラケラと笑いながら言った。

 「おまえ、、、久しぶりに会ったのにそのもの言いはひどくないか?」

 俺はちょっとムっとしてぶっきらぼうに言った。

 「まぁまぁ、孫にも衣装ってことで、、、。とりあえず、座ったら?さっきまで早坂さんいたのに残念ね。」

 千夏は自分の隣の荷物を移動しながら言った。

 「あ、早坂さんならさっき道であったよ。相変わらずだった、、、。」

 俺はちょっと苦笑しながら千夏の隣に座った。そして、不自然に思われないようにさりげなく瑞樹の横に座っている海に視線を向けた。すると窓の外を眺めていた海は、俺の視線に気づいたのか、ゆっくりと俺の方を向いた。

 

 「あ、そうそう先輩と兄貴っていつ知り合ったんですか?自分、2人が知り合いだなんてぜんぜん知らなかったからびっくりでしたよ。」

 瑞樹がもう我慢できないというように、興味津々で聞いてきた。

 「いや、知り合ったっていうか、、、。」

 俺はどう説明していいかわからずに、言葉につまった。

 「ま、いろいろあるんだよ、、、なぁ。」

 海はおかしそうに言いながら、俺にめくばせした。暖かくおだやかな、、、そしてちょっといたずらっぽい海の表情が、緊張気味だった俺をほっとさせた。

 「いろいろあるって、、、兄貴、教えてくれたっていいじゃん!げぇ、、、なんだか自分だけ仲間はずれにされてる気分、、、。」

 瑞樹は口をとがらせてえらく不満そうだ。

 「仲間はずれって、お前なぁ、、、。あ、マスター、ブレンド一つお願いします。」

 俺はそんな瑞樹を見て吹き出しそうになりながら、ちょうど水を運んできたマスターに注文した。

 「わたしだってなにがなんだかわからないわよ、、、瑞樹くんの気持ちわかるわぁ、、、しみじみ。」

 横から千夏がまたちゃちゃをいれる。

 「でしょぉ!そうっすよねぇ、なつ先輩。」

 「うんうん、わかるわかる。」

 千夏と瑞樹がいつものように意気投合して盛り上がっているので、俺と海はちょっとあきれ気味にその様子を見守っていた。

 その時だった、、、海が静かにつぶやいたのは。

 

 ”えっ?”

 

 一瞬のことで俺は聞き返しそうになった。でも、なんとなく聞こえたその言葉が、、、さっき早坂に同じ言葉をいわれたときとは違うなんとも言えない心地よさがあった。

 

 ”いい表情になったな、、、。”

 

☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。・。・。☆・。・。・☆。

 

 数日後、俺は相変わらずいつもの店でコーヒーを飲んでいた。持参した文庫本を読むでもなくページをパラパラとめくりながらぼーっとしていると、瑞樹から電話がかかってきた。

 

 「先輩、やっとつかまったぁ、、、」

 会った途端そんな言葉を口にした瑞樹は、なんだかちょっと不機嫌そうだった。

 「なんだよ、めずらしいな。おまえがそんな風にしてるの。」

 俺は瑞樹の様子を不思議に思ってきいてみた。

 「だって、兄貴はまたどっかいっちゃうし、、、先輩何か知らないかと思って連絡してもぜんぜんつかまらないし、、、ブツブツ。」

 瑞樹はうらめしそうに俺を見ながら言った。

 「あ、悪い。また最近携帯うちに放置して充電してなかった。って、海またいなくなったのか、、、そうか。」

 海がまたふらっといなくなったのは俺たちが久々の再会した次の日だったらしい。瑞樹の話では朝起きたらもうすでに海の姿はなく、自室の机の上に一言”おまえもがんばれよ”と書置きが残してあったそうだ。

 ”海らしいな、、、”

 俺はふっと笑ってしまった。

 「先輩、また人事みたいに笑ってる、、、せっかく兄貴帰ってきたと思って喜んでたのに。俺じっくり話もできなかったんっすよ。先輩に聞いたら何かわかるかなって思ってたのに、、、収穫なしか。」

 瑞樹は残念そうに言った。

 「収穫なしって、、、おまえそれはちょっとひどくないか?ま、気持ちはわかるけどな、、、それにしてもおまえ”お兄ちゃん大好きっ子”なんだな。」

 俺はちょっといたずらっぽくニヤリとして言った。

 「そ、そんなことないっすよ、、、ただ久しぶりに会ったのにゆっくり話もできなかったから、、、。」

 瑞樹はブツブツ言いながら口をとがらせていた

 「ガタガタ、、、。」

 テーブルの上に置かれた瑞樹の携帯が不意に震えだした。

 「ちょっとすみません。」

 そう言って瑞樹は携帯を操作し始めた。しばらく俺はその姿を見守っていたが、当の本人はいつのまにか俺のことなんかすっかり忘れたかのように真剣にメールを打っている。相変わらず携帯に少しも慣れない俺は、そんな瑞樹を少しだけ尊敬の目で眺める。

 俺は何気なく店の中を見渡してみる。少し薄暗い店内、、、豆を挽く香ばしい馨り、、、ときおりかすかな雑音を含みつつも静かにゆったりと流れる古いLPの音色、、、それらはなんとも心地よく、あわただしい現実をほんの一時忘れさせてくれる。

 

 ”きっと数年後も、俺はきっとここでこうしてる。ほっと一息つきたくなったとき、、、俺はきっとここにやってくる。この店はそんな場所だ。”

 

 俺はそんなことを考えながら、ふっとカウンターに目をやった。

 

”いつでもいらして下さい。”

 

 マスターの穏やかな表情がそんな風に言っているように思えた。

 

 初秋のおだやかな昼下がり、、、俺はいつものようにコーヒーをじっくりと味わいながら、そのゆっくりした時間(とき)の流れに身を任せていた。

 

 

2004.9.25 written by kanon