桜散るとき。。。
”ふぅっ”、、、。
立て込んでいた仕事が一段落して、僕は一息ついた。
向かっていたパソコンから目を離し、振り返ってフロア内を見渡すと誰もいない。腕時計に目をおとすとすでに午後1時近く、休憩時間になってしばらくたっていた。
”じゃ、昼飯でも。。。”と思い、僕は席を立った。
ちらっと窓の外に目をやると、暖かい春の日差しの中、うす紅色の花びらが空を漂っている。
”桜の季節ももう終わりか。ついこの間咲き始めたばかりだと思っていたのに。。。”
僕はしばらくの間、ゆっくりと舞い落ちる花びらを目で追った。
ひとひらひとひら、、、まるで大切ななにかを伝えようとするかのように空を漂い、、、そして地面を桜色に染めてゆく。そんな姿に、僕は心なしかせつない気分になる。
”日本人だからだろうか、、、こんな風に感じるのは。。。”
”ふっ”とぼくはそんなことを考える。
この花を愛で、その淡い美しさと儚さに一喜一憂した故人は多いという。そして今も、、、”桜”に寄せる特別な思いは受け継がれている。
”ふわっ”
一筋の風が、、、ちり積もった花びらを舞いおどらせる。一瞬、目の前の世界が桜色に染まる。
僕は、むしょうに桜の花びらに触れたくなってオフィスの外に出た。すっかり春らしくなって日差しも暖かい。
”少し前までは厚手のコートを着込んみ、背中を丸めて足早に歩いていたのに。。。”
そんな風に思いながら、、、僕はやわらかい春の空気を感じながらゆっくりとした足取りでどこへ向かうともなく歩き続けた。
10分程歩いただろうか、、、。このあたりでもちょっとした桜の名所になっている公園のあたりまで来ていた。あたり一面くるおしいくらいに桜の花びらば舞っている。
”ここから風に運ばれてきていたのだろうか、、、。”
僕は目の前に広がる桜色に染められた空間にそっと手を伸ばした。
”すぅ”
まるで桜のベールに包まれたその幻想的な空間に、僕は吸い込まれていくような気がした。
僕は、花びらの舞いおりてくる空を眺め、、、そして静かに目を閉じた。風に揺れる桜の樹々達のささやきがかすかに聞こえる
”今年も別れの時期だね、、、。”
”はらり”
不意にひとひらの花びらが僕のまぶたにふれた。とっさに僕は目を閉じたまま目元に手をやった。するとかすかに涙がにじんでいる。いつのまにか桜の樹木達のさみしげなささやきに共感していたのだった。
”お別れか、、、。”
あらためて”桜散るとき”であることを悟ると、、、僕の胸はいいようのない切なさでいっぱいになった。
”桜の花は散り際こそが一番美しい”とか”散るからこそ、その美しさが増すのだ”などと言われている。確かに”散り際”というのは桜の花自身の美しさに更なる趣を添えている。しかし、僕にとっては、その散り際の物悲しさ・切なさが心にしみすぎるのだ。
かの有名な在原業平なども、”散っていってしまう桜の花が存在しなかったら、、、春という季節を穏やかに過ごせるのに、、、”とまで歌に詠んでいる。
どのくらいその場に立っていたのだろうか。気がつくと、透き通るまでに蒼かった空は雲に埋められ始めている。そして、、、僕は手のひらにかすかな雨粒がふれるのを感じた。まるで”うす紅色に染まった淡雪”が降り積もったかのように見えるな花びらでできたジュータンの上にも、、、一粒一粒雨粒が落ちてゆく。
”お願いだから、、、誰も足を踏み入れないでくれ!ほんのすこしの間でいいから、、、。
その切ない雨は、、、桜が別れを告げている涙なのかもしれない。僕は雨音に耳を澄ます。聴こえるか聴こえないかのかすかな雨音。。。けれど、それが刻々と桜との別れの時を刻んでいるのだった。
僕は、耐えられなくなってその場を駆け出した。そして一目散にオフィスへと戻った。自分の席に戻っても、僕の心には切なさの余韻が残っていた。まだ、ほんの少しだけ目頭が熱い気がした。
しばらくの間、、、僕は仕事に手がつかなかった。パソコンに向かう僕の目には、さっきまで僕を包んでいた”桜色の空間”が映っている。
「あ、雨降ってきちゃった、、、今日傘持ってきる?」
近くにいた女子社員達が少し大げさに話しているのが聞えた。僕はゆっくりと視線を窓に移した。雨はさっきよりもかなり激しくなっている。風もあるのだろうか。雨と桜の花びらが一緒に窓に打ちつけている。
”本当に終わってしまうんだな、、、。”
枝いっぱいに開いた花、、、花びらの舞い散る空、、、そしてうす紅色に染まった足元、、、僕のまぶたに焼きついている”桜色の空間”は、きっとこの雨ですべて拭い去られてしまうのだろう。
僕は、デスクの上の書類に視線をおとし、そして静かに目を閉じた。
”桜散るときか。。。”
窓の外に響く雨音に耳を澄ましながら、、、僕はそっと桜の季節(とき)に別れを告げた。
2000.4.6 Written by Kanon