「私はねー、ママにもらった指輪。もう指のサイズがあわないからってくれたの。まだ私がするには、ちょっと無理だけど結構大きな宝石が付いてるんだよ」 桜庭が、照れくさそうに笑う。 「そのうち桜に似合うよ。それで、どんな宝石?」 「あのねー、ガーネットなんだ。綺麗な赤で、このくらいの大きさ?」 桜庭は親指と人差し指で隙間を作り、大きさを示す。だいだい1センチくらいだろうか。 「大きいね!」 「ほんとー、いいな桜!」 田代と垣内が誉めた。確かに、1センチも大きかったら高価だろう。 「ウッチーは?」 「アタシは、なにかなー。サッカー選手のサインかな。人づてで頼んでもらったの。たまたま、知り合いがいてね」 垣内が、人差し指を唇に当てながら考えつつ答えた。 「へえ、いいね。簡単には手に入らないじゃない」 「そんなつてあるなんて、羨ましいー」 桜庭と田代が顔をあわせて、ねーと同意した。 「たぁこは?」 桜庭の切り返しに田代は口を開く。 「私は、そうだな。うちのお婆ちゃんが小さな頃にくれたお守り。御利益があるって。あのね、私が生まれる時逆子で難産だったんだって。だからお婆ちゃんがそのお守りがあるっていう場所までもらいに行ってくれたらしくって。遠いんだよ、東北の超田舎。……無事に私が生まれたから、お婆ちゃんが私にくれたの。これからも、健康に生きられますようにって」 「そっか。……それは、確かに大事だよね。たぁこがここにいるのはそれのお陰かもしれないもん」 「うん。信じている。信じてることが大事だって思って。だってお婆ちゃんが私の誕生を祈ってくれたものでしょ?今は健康でいられますようにって、ずっともってる。御利益あったことあるしね」 にこりと田代は笑った。 そう、田代は1年の夏休みに酷い事故に巻き込まれて足に大けがを負った。その時たまたま偶然側にいた俺が田代の傷のダメージを引き受けた結果、田代は重傷で留まった。俺と田代はシンクロしたのだ。俺も自分がそんなことをできるとは思わなかったし、できたのは本当に偶然で奇跡だった。だから、あの時上手くいったのは田代の運だ。本当にお婆ちゃんのお守りの御利益かもしれない。人の縁はとはそういったものらしいから。 「稲葉は?」 田代は俺に視線を向けた。 「俺?」 「そう。宝物ある?」 先ほどから姦しい女達で自分の宝物について語っていたのだが、俺にも白羽の矢が当たったらしい。 「……」 物である宝物なんて、ないけどなー。俺の財産は親友だし。アパートの住人も、そうだ。 「ちゃんとした物体でよ?人じゃだめ」 「なんでだよ?」 「馬鹿ね、稲葉。友達が宝物なんて言ったら意味がないでしょ?それでいいんだったら、私だって友達だって答えるわよ」 鼻を鳴らして田代は俺を意識的に見下ろした。俺の方が大きいから座っていたら俺を見下ろすことは田代にはできないのだ。 「そうか」 「そうよ。で?稲葉の宝物は?」 「俺か……」 俺は悩んだ。 物で宝物ね。小ヒエロゾイコンは他人には絶対に渡せないものだけど。あれは主人を俺に選んでいるから、他人には使えないものだし。第一、宝物扱いはできないだろう。自分がブクマスター初心者であろうとも。 それ以外で? ああ、田代が言っているようなものならあるな。うん。 「ずっと身につけているものならあるぞ」 「……身につけて?……あっ」 田代は急に顔色を変えた。そして、申し訳なさそうに唇を噛んで俺を下から見上げた。 「あのさ、えっと。まさか、形見?」 なるほど、そう思ったのか。 いらない気を使わせたな。 「違う。親の形見なんてちゃんとしたものはないし。俺の尊敬する人のものだ」 俺ははっきりと否定した。その否定に田代はほっとした反面、目を大きく開いた。 「稲葉の尊敬する人?」 興味津々と田代は聞き返した。 「そう。尊敬する人」 龍さん。 『君の人生は長く、世界は果てしなく広い。肩の力を抜いていこう』と言ってくれた人だ。この言葉は俺の支えの一つになっている。 長身痩躯で芸能人かと思うほどの美男子。そして、高位の霊能力者だ。独特の存在感と高い知性と理性の持ち主で、器の大きな人だ。俺は龍さんを尊敬している。アパートの住人は誰もちゃんとした大人で尊敬に値する人たちばかりだけど、その中でも俺にとってはあこがれの人だ。 「へえ、どんな人?」 「とにかく格好いい人だ。人間的に大きな人で、話を聴いているだけで頭がいいことがわかるし、豊富な話題はためになる。……兎に角、すっごい人」 俺は力説した。したくなるんだ、自然に。 「……いい男ね〜」 桜庭が宣った。やはり、桜庭からはそういう突っ込みが来るんだな。 「そんな人がいるなんて、いいねー稲葉」 「ああ」 俺は頷いた。尊敬できる大人がいることは今の世の中とても幸運だ。 『どんな形であれ、生きることそのものに使命があり価値がある』と龍さんに言われた言葉も胸に刻んでいる。 「その人のどんなものをいつも身につけているの、稲葉」 俺がいつも身につけているという物がどんな物なのか、確かに気になるだろうな。男の俺が何を持ってるのか。占いやお守りなんか信じている女達ならともかく。 「……あー、お守りみたいなもんだな」 「お守りなんだ?じゃあ、私と一緒?」 「ああ。同じようなもんだ」 田代が身に付けているお守りと俺がしているペンダントは同種と考えていいだろう、多分。 俺が持っているペンダントは霊毛である龍さんの髪の毛を1本台座と水晶の間に挟んだもので、骨董屋が勝手に作って売りさばいているものだ。俺は以前餞別でもらった。再びアパートに帰ってきたけど、返していない。 「そっかー、同士!」 にこやかに田代は笑う。俺も笑った。 「いい、宝物だねー」 「そうだねー」 桜庭も垣内も、穏やかに同意している。 なんだかんだ言っても、こいつらはいい奴だ。人の気持ちがわかる。田代を筆頭に、俺が話をしても疲れない女子だ。否、時々テンションが高くて疲れるけど、それもたいした問題じゃない。 俺は、こいつらと同じクラスになれてよかったとしみじみと思った。 なあ、長谷。俺はちゃんとやっているからな。 そして、龍さん、アパートの先輩達、ありがとうございます。あなな達のおかげで俺はちゃんと皆と同じ世界で生きられています。一人の世界に閉じこもることもありません。 俺は自分の成長をちょっと長谷に自慢したくなった。 END |