「家族」





「あけましておめでとう!」
「おめでとう!」

 新年を迎えて、皆で挨拶を交わす。大晦日から庭で餅をつき迎春の準備をしてから大鍋をつつき、なまはげの襲撃を受け妖怪アパートらしい年越し経験した。
 るり子さんの絶品おせちを堪能し、大人達はまたまた酒を飲んでいる。今日はこのまま徹夜で飲み続けるのだろう。そういう大人だ。
 もちろん、子供達は子供達で有意義に過ごす。おせちも餅も鍋もすべて旨い。お腹いっぱい食べて心も身体も満足だ。
 

「ほら、クリ」
 縁側から外に出て、どこか賑やかな新年の夜空を見上げていると、長谷がクリにポチ袋を差し出した。この新年が開けた今、子供にポチ袋を渡す意味はたった一つ、お年玉しかない。だが、クリにお年玉を渡すのか?俺は首を捻った。
「これは、お年玉だよ。俺からクリへ。開けてごらん?」
 不思議そうな顔をして理解していないクリは長谷に言われるままそのポチ袋にしては大きな袋を開けた。中からは、お金ではなく一枚の写真が現れた。
「お正月には大人は子供にお年玉を渡す。お年玉はだいたいお金だけど、クリには必要ないからパパから家族の写真だよ」
 にっこりと笑った長谷は自認しているクリのパパ然としていた。確かに、パパに見えるぞ長谷。俺は思った。
 その写真をじっと見てクリは首を小さく傾げ、やがて笑った。
 あまり感情を出さないクリにしては珍しい心からの笑顔だった。そのクリの笑顔を拝んで長谷は満足そうににっと口の端を上げると、クリの頭を撫でた。そして、そのままクリを抱き上げた。
「なあ、ママ。クリはいい子だよな」
 長谷は腕にクリを抱き上げながら、俺にそんなことを言う。
「……ママ言うな」
 俺が突っ込むと、長谷は意味ありげに目を細めた。
「だって、ママだろ?ほら、この写真もパパとママとクリの三人だぞ?正しく家族の肖像だな」
「……」
 そう、長谷がクリにやった写真には長谷と俺とクリの三人が写っている。幽霊であるクリが写真に写れるのか少々疑問であったが、前回長谷が持参したデジタルカメラで撮ったものだ。気合いがあれば、きっとクリは写る、と長谷は大見得を切った。そして結果を出したらしい。座りながらクリを膝に抱えている長谷と隣に腰を下ろしている俺の写真は、その時撮ってくれた秋音ちゃんがパパとママに囲まれてクリは幸せねと宣ったヤツである。
 この場合は、撮ったのが秋音ちゃんだからはっきりと写っているんではなかろうか。やはり霊能力の高い人間が撮るのと普通の人間が撮るのとでは写りが違うと思うのだが。
「ほら、クリも嬉しいだろ?」
 長谷の問いにクリは頷く。
 クリが喜んでいるのに俺が反論できる訳がないだろう。
「ママも嬉しいだろ?」
 俺の返答などわかっているのに、長谷はママを強調して聞いてくる。
「そうだな、クリは可愛いな。俺も嬉しいよ」
 クリを悲しませることなんてできるはずがない。嬉しいよと笑う以外俺に道はない。
「ママも嬉しいってさ、クリ。じゃあ、今日も親子川の字になって寝ような〜」
 長谷は上機嫌になってクリのほっぺにすりすりと自分の頬を擦りつけて、親ばからしく甘い声で誘った。クリも小さく頷いた。
 ああ、やっぱりそうなるんだよな。わかっていたけど。今更反対なんてしないけどさ、俺も。
 人間諦めが肝心なのかもしれない。
 川の字になって寝ることなんて、慣れすぎた。狭い布団で俺と長谷と間にクリを挟み、足元にはシロが眠る。それが毎回否応なく繰り返される。
 内心でげっそりとしていると、俺の上着を小さな手が引っ張った。クリだ。
「クリ?」
 どうしたと、顔を覗いてみると丸い目で俺を見上げた。小さな手は変わらず俺の服をぎゅっと掴んだままだ。
 ああ、そうか。人の気持ちに敏感なんだ、クリは。特に負の感情には。
 俺は反省した。クリを嫌だなんて思わなくても、一緒に寝ることに乗り気ではないことは伝わってしまったのだろう。正しくは長谷が親子で川の字だというのが、またかと些か腹立たしかっただけなのだが。そこまではクリにはわからないだろう。
「クリ、ちゃんと俺もクリが好きだからな」
 俺はクリの頭を撫でて、短い髪をくちゃくちゃとかき回した。自分の気持ちが伝わるように笑顔でクリに話しかける。それに安心したのか、クリも小さな笑みを見せた。そしてだっこ、と両手を俺に広げた。
「よし、おいで」
 俺は長谷からクリを受け取って抱きしめた。小さな身体は暖かい。俺はぎゅっと優しく抱きしめる。
 長谷が何かいいたそうに俺とクリを見ている。なんとなく言いたいことがわかってしまって、俺は無視することにした。
 それなのに。秋音ちゃんがひょいと顔を出して一言。
「あら、ママに甘えてクリったらご満悦ね。ふふ、今日はパパもいるし、親子水入らずだから、邪魔者は消えるわ〜」
 私小姑にはなりたくないの、と付け加えて秋音ちゃんは去った。
「……」
 だれが、小姑ですか?
 親子水入らずなんですか?
 それは公認ですか?
 長谷がパパはいいけど、俺はママですか?それはもう当たり前のことになっているんですか?
 俺は心中で突っ込んだ。
 あんまりな態度に、知らずクリを抱きしめる腕に力を入れる。クリは甘えるように俺に縋り付く。
 可愛いいんだけどな、クリ。
 でも、俺はママじゃないぞ。
 今更、聞いてくれないだろうけど。
 きっとパパを長谷だと認識した瞬間セットで俺もママとして認識したんだな、お前……。
 なんとなくもの悲しい気持ちになった。
「なに、暗い顔してるんだ?ママ。クリが怖がるだろ?」
「あのな」
「まったく、ママの自覚が足りないぞ。もっとママなら子供に笑ってやらないと。なー、クリ。いけないママでちゅね?」
 猫撫で声で長谷はクリにそう主張した。
「長谷……」
 なんちゅー声出すんだ。こいつは絶対親バカだ、クリ馬鹿だ。そんなにクリのパパになりたかったのか。昔のおまえから想像が付かないよ。
 お前の両親も姉ちゃんも学校の友人知人も街で従えている下っ端も、お前のそんな顔想像できないだろう。というか、別人だと判断するだろう。絶対に。
 まあ、いい方に変わったんだろうけどな。長谷も。この妖怪アパートに来て。俺と同じように、変わったんだ。
「なんだ、ママ?」
 俺をママ以外で呼ぶ気がなんだな、長谷。わかったよ、仕方ないな。
「おい、パパ。外はいい加減寒いから中に入るぞ。クリも寒いだろ?結構薄着だもんな、お前」
「そうだな、クリが風邪引くといけないし。中に入るか、ママ」
「ああ、パパ」
 俺は乗ってやった。俺にはもう両親はいないけど、こうして家族の肖像に写ることができるのだ。擬似的であろうとも、クリを間に挟んで長谷と俺で家族となれるのだから、喜ばないはずがない。きっとこのアパートの住人全員が家族のようなものだ。俺はそれを知っている。そして、とてもありがたいと思っている。
 俺を見守っていてくれる人達に囲まれて俺は幸せなんだ。
「行こう」
 長谷が笑って俺を誘った。
 ああ、隣に長谷がいてくれる。本当に、俺は幸せだ。
 
 新年から俺はその僥倖を噛みしめた。
 
 
                                                               END




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