「親友」





「稲葉さ、親しい男友達っているの?」
「……は?」
 田代が徐に、聞いた。
 
 いつもの昼休み。るり子さんの弁当を見て、きゃーかわいい!きれい!おいしそう!と叫び、携帯で写真を撮るという騒ぎを繰り返す田代達を諦めの境地で見て終わるまで待ち、その後冷めても超美味な弁当を堪能してほっと一心地付いた頃にこの台詞だ。
「だから、稲葉の男友達!ただのクラスメートじゃなくて、親しい友達!」
「何でだ?」
 どうして、いきなりそんなことを聞かれるのかがわからない。女って突然だよな。
「稲葉、この学校にいるように見えないんだもん。お弁当は私たちと食べているし、それ以外の時でもクラスメイトとしてつるむことはあっても、お休みの日まで遊ぶって聞いたことない。夏休みだとバイトバイトで忙しいっていうしさ!」
 この学校は圧倒的に女子が多い。男子もいるはいるが、少々形見が狭いのだ。
 弁当を田代達と食べているのは、俺がるり子さんの弁当持参だからだ。男は食堂へ行ってしまって、教室に残っているのは女子しかいない。田代とは1年からの付き合いで、2年になって同じクラスで隣同士となって、果てはクラブまで同じだ。
 昼に弁当を一緒に食べることになったのは、成り行きで、偶然で必然が絡まった結果だ。断じて女子に囲まれて喜んでいる訳でも俺がもてている訳でもない。周りからは大いに誤解されているらしいけど……。
「だねー。稲葉とつるんでる男子って知らないー」
 桜庭が軽〜く言った。
「私も。それで、どうなの?」
 垣内まで目に興味を覗かせて即してくる。
 なんでそんなこと知りたいんだ?わかんねーな。
 俺の親友といえば、長谷だ。長谷泉貴、都内の有名進学校に通う優秀で男前な金持ちの息子だ。端から見れば何でも持っている男だが、裏を返せばかなり悪党だ。中学時代は生徒会長の傍ら裏番をはっていた。
 そんな奴だが、俺とは小学校3年生からの親友で俺のことを何でも知っていてくれる。俺は長谷になら何でも話せる。
 今住んでいる妖怪アパートにも今ではすっかり馴染んでいて、休みになるとバイクを飛ばしてやって来る。その度に手土産持参でだ。休日のパパと自分を呼んでいる長谷は何かしらクリが喜ぶものをもってくる。クリを抱き上げて撫でている姿は、まるっきりデレデレのパパだ。こっちが恥ずかしくなるくらい、親ばかだ。
 この間まで居座っていた長谷の顔を思い浮かべながら、俺は考えた。
 長谷のことを果たしてこいつらに言っていいのだろうか。つっこみが厳しそうだ。でも、追求の手を免れることも難しい。まあ、顔をあわせる機会は限りなく低いから、多少話しても大丈夫だろう。
 俺はそう結論付けた。
「ずっと小さい頃からの親友はいるけど。高校は別だからさ」
「あ、やっぱりそうなんだ。この学校じゃないんなら、別の学校だと思ったんだよねー。それで、どんな人?いつからの友達?どこの学校に行ってるの?お休みの時には遊んでるの?」
 田代は、あっけらかんとしつつ質問責めにする。
「ああ?小学校からだよ。俺とは頭のできが違うから都内の進学校。さすがに遠いからいつも遊んでる訳じゃないけど、ちょっと長期の休みになるとバイク飛ばして来るな」
 適当に答えた俺に、益々田代は目を輝かせた。どうしてだ、どうしてそんなに楽しそうな顔をするんだ?垣内も桜庭もだ!
「へえ。いいねー、頭いいのにバイク乗る人なんだ。それで格好いいの?」
 垣内、結局聞きたいことはそれなのか?
「まあ、いいんじゃないか。中学時代ももてていたし」
 頭も顔も良くて生徒会長である。外顔は完璧だ。これでもてない訳がない。
「そうなの?どんなタイプ?この学校に似た人いる?千晶とかは?」
「この学校には、いねえな。あー、男前だな。でも千晶みたいなのじゃなくて、端正っていうのか?」
 見かけはいいところの坊ちゃんタイプだが、内面は正反対だから、どう表現していいかわかんないな。けど、女にもてる顔であることは間違いない。担任である千晶のようなワイルドさはないが。千晶は野性的な魅力のある大人だ。生徒、取り分け問題のある生徒達とも話ができる生徒指導の教師として学校内で人気がある。あれと長谷は全くタイプが違うだろう。
「す・て・き・ね!頭がよくて、バイク乗るくらいワイルドで顔もハンサムなの?いやーん、稲葉紹介してよー」
 桜庭が身体を悶えさせながら、概ね予想された答えを返してきた。
 やっぱり。長谷に会ったら絶対アプローチするだろうな。あいつ、外見完璧だし。でも、中身はこれっぽっちも甘くないぞ。
「ね、今度の文化祭に連れて来てよ」
 桜庭が顔を近づけて、迫る。迫っている体勢は俺が口説かれているように一見見えるが内容は別の男を紹介しろと脅しているに過ぎない。多分、声が聞こえない距離では勘違いされているだろうが。
「無理だな。あいつもその日文化祭まっただ中だ」
 同じ高校生である。学校行事の日程が重なることは普通にある。
「えー、つまんない。だったら、お休みにでも一緒に遊ぼうよー。ねー、稲葉ー」
 桜庭の声が耳に響く。
 いい男を探したい気持ちはわからんでもないが、あいつはや止めた方がいいぞ。そう簡単に手に負える相手じゃないし。それに、今は休日のパパで手一杯だ。あのクリに見せるデレデレの顔を見たら、多分興味が失せるぜ?
「悪いことは言わないが、止めておけ。話だけ聞けばお買い得物件のような気もするだろうが、実物は違う。ああ、見かけもイメージも期待外れってことはないだろうけど、ちょっとお勧めはできないな。それに、今あいつそれどころじゃないし」
 いや、クリしか目に入ってないだろう。もし女と付き合う時間があったら、妖怪アパートに来てクリと一緒にごろごろして旨い飯食って温泉に入ってたっぷりと寝ているからな。
 俺が修行だろうとバイトだろうとお構いなしで、俺の布団でクリと一緒にぐっすりと寝ている。
「えー?何で?彼女がいるの?」
 不服そうに垣内が唇を尖らせて抗議する。
「……いないと思うけど」
 いて、あんなにアパートに入り浸っていたらよほど寛大な彼女だろう。同じ学校なら兎も角、ほとんど会うことができないで付き合いが続くはずがない。同じ学校でも長谷は自分の本心なんて見せないから、深いつきあいができているとも思えないし。
 もし、彼女がいたら俺に紹介してくれないはずはない、と信じている。
「だったら、いいじゃないー」
「ねー」
 桜庭と垣内が顔をあわせて、頷きあった。
「……」
 俺が、さてどう返そうかと思ってると。
「……紹介したくないの?稲葉。男の親友ってそういうところあるもんねー」
 ふふんと鼻を鳴らして田代が意味ありげに揶揄した。今まで垣内と桜庭に好きなだけ言わせていたのはまさか狙っていたのか?
「……」
「親友君は、稲葉とあうために都内からバイク飛ばしてきてくれるんだよね。長期の休みには一緒に遊ぶのよね?それで、今時携帯を持っていない稲葉だけど、あえない期間は電話とかするの?」
「……するけど?」
 友達だったら、電話くらいするだろ?どうしてそんな目で見るんだよ、田代!
「まあ、電話くらしするわよね」
 うふふふと田代は笑う。その目はおかしい。俺の勘が告げている。頭の隅で警報が鳴っている。
「なんていうの?遠距離恋愛みたいよねー」
 そして田代は爆弾を投下した。
 垣内も桜庭も顔を輝かせて、きゃーと悲鳴を上げている。
 お前らは、どこかおかしい。頭のネジが抜けているんじゃないのか?なにが嬉しいんだ?黄色い悲鳴まであげて。
「……何をほざく」
 恨めしく田代を睨んでも田代は一向に堪えない。
 それにしても、どうして長谷と同じような発想の台詞をのたまってくれちゃうんだ?田代。どこかで聞いていたんじゃないのか?お前の恐ろしい情報網は侮れない。
 パパと自負している長谷が、俺を揶揄かったことを思い出す。単身赴任のパパみたいだと。俺のことをママと呼び、クリをよろしくと長谷は言った。
 本当に、やってられない。
「照れない、照れない。親友君が稲葉と親しいのはほんとでしょ?いいことじゃなーい。顔もいい親友君なら、稲葉の隣に並べてみたいものねー」
 頭が腐っている。
 田代は、日々携帯の写真で俺を撮る。なんていうか、ここで撮るかという場面でぱしゃりと映す。その趣味がおかしい。止めろといっても聞きゃーしない。
 田代の前に長谷を出したら、絶好の獲物なのではないだろうか。恐ろしい。外面はいいから適当にあしらうだろうが、俺も親友を売る気はない。
「……お前だけには、絶対あわせない」
 俺は、「お前」に力を込めた。
「あら、失礼ね。そういうこと言う稲葉には、親友を取られたくないから出し惜しみしてるって広めるわよ」
 脅迫にもほどがあるだろうが、田代。
 俺はひくひくと口の端がひきつるのを感じた。
「田代」
「なに?」
「いい加減にしろよ、田代」
 俺の低い声にも田代は表情も変えない。この女は肝が据わり過ぎだろ。
「稲葉なんて怖くないもの。今度噂を広めてあげる。それに、親友君も調べてあげるね」
 なんちゅー恐ろしいことを言うんだ。
 長谷に喧嘩を売るのはやめた方がいい。あいつを調べるのは、命を売ることだぞ。
「やめろ。悪いことは言わないから、やめておけ。田代」
 俺の必死さに、少しだけ田代は思うことがあったのか、首を傾げた。
「あいつに関わるな」
 田代は目を丸くしている。そして、次の瞬間にっこりと笑みを浮かべた。いかにも楽しげなもの言いたげな目だ。
「わかったわ、うん。うん」
 そして、にこにこしながら俺の肩を叩いた。
 どうして、いきなりこうも態度が変わったんだ?俺の気持ちが伝わったとはいい難い反応なんだけど?俺の方が内心で首をひねった。
 
「仲良きことは美しきこと、よねー」
 
 そして、田代は訳のわからないことを言って納得していた。
 
 
 
                                                               END




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