JR新宿中央東口。 タカノの前から自動券売機の前あたりは待ち合わせらしい人間が多い。 なぜなら、JR利用者はもちろんのこと、小田急、京王線を利用した人間もこの出口を利用するからだ。今日はクリスマスということもあって、タカノの前は人だかり。ケーキを買う客でいっぱいだ。このタカノは販売のみを取り扱うため、ショーケースに並ぶケーキを物色しながら列を作って買い物している人々でいっぱいだ。タカノなら果物が絶対的に美味しいはずだと、誰もが思う。それが、この人だかりと列の理由だろう。 そのタカノから少し離れた柱に重心を預け、腕の時計を見てはあ、とため息を付いた少年がいた。 茶色の髪に色素の薄い瞳と肌。茶色のピーコートに真っ白のマフラーが綺麗な顔に相まって、とても可憐だった。別に可憐な装いが少年の趣味ではないのだけけれど、母親と叔母が似合うわ〜と本人の意見を無視し購入する物に文句が言えないだけなのだ。それを着こなしてしまう少年の容姿が最も重要な理由であると少年は自覚していなかったが……。 そんな少年の琥珀の瞳は出口に向けられ、そこから絶えず流れる人並みを見ていた。 そして、瞳が誰かを見つけた時、 「ごめん」 と言いながらその人物は走って少年の前まで来た。 「遅い」 少年は一言だ。 「電車が遅れた。悪かった」 背が高くて端正な顔だちのその男は素直に謝った。 時間に遅れることは例え理由があろうとも悪いことである。 「もういい。早く行こう」 ぷいっと横を向いた少年に 「水野?」 と三上は呼ぶ。 こんなカップルばかりが待っている場所に長く居たくないと水野は思う。だから早く離れたかったのだ。 すたすた歩く水野に三上はすぐに並んで、二人は地下から地上に出るために階段を上った。 普段でもすごい人混みなのだけれどクリスマスだとそれも極まる。 ヨドバシカメラの前でもクリスマスセールのためか人だかり。ちょうどボーナス後のためか紙袋を持っている人が多い。 中村屋の前でもケーキが売られていた。もちろん売り子はお約束のようにサンタクロース姿。可愛い女性が赤い衣装に身を包み軽やかに微笑んで「いかがですか?」と呼び込みをしている。 ぶつからずに歩くのは至難の技かと思うほどの人の波が前から後ろから押し寄せる。 そんなにぎやかな街の様子を見ながら水野と三上は歩いていた。 「すごい人だな」 「迷子になるなよ」 水野が感心したように呟くと三上はからかう。 「なるわけないだろ、新宿で」 「どうだかな……?ちょっと知らない道に入るとさっぱりわからなくなるじゃねえか。新宿は大きな街だからわかり難い。水野が迷子になる可能性も高いだろう?」 「……なるか!それになっても誰にも迷惑なんてかけないからほっとけ」 水野は眉間にしわをよせて、三上を見上げた。 「お前が迷子になったら俺が困るだろう?だから、ほら」 三上はそう言って水野に手を差し出した。その手の平は水野の手を待っていた。が、手を繋ごうという意図は読めてもそれを実行に移せるかどうかは別問題だ。 水野はその手を払いのけて「子供扱いするな」と言い捨てる。 絶対素直に手なんて繋げない。 往来で、男同士でそんなことできる訳がなかった。 三上もそんな水野をよく理解していたので、 「素直じゃないね」 と余計に水野を怒らせるとわかっているのに付け加え、にやりと笑った。 すると、背中をばしんと叩かれる。 「暴力的だね、お坊っちゃん」 なお、揶揄う。 頭にきたのか水野は体重をかけ三上の足を踏みつけると、そのまま脇目も振らずに早足で去ろうとする。 「待てって、水野。飯、食おう」 追い付いた三上は水野の手を掴むと、有無を言わさず近くにあった店に連れ込んだ。 水野のぶすっとした、ふてくされた顔が実は可愛いなあと思っているため、揶揄うのがついつい止められないことは三上の秘密である。 ご機嫌を取るためか、「注文しろよ」と渡されたメニューを見た水野はたくさん頼んでやると密かに思っていた。幸いここはリーズナブルなイタリアンであるため、お腹いっぱい食べてもそんなに心配しなくて済む。どうせ水野が払うといっても三上は受け取らない。 それなら、値段が手頃な方がいい。そうでないと水野はおごられたくない。 結局二人でパスタとピッツア、サラダに飲み物、水野のみケーキを頼んだ。 「美味しいじゃん」 甘いものが駄目で辛い物が結構好きな三上が香辛料の利いたトマトソースのパスタを堪能しながら呟いた。小皿にそれぞれが好きなだけ取り分けていて、水野はそのパスタを少量口に入れ味わう。 「俺には少し辛い……」 水野が辛さに顔をしかめると、 「お子さま」 と三上が言う。水野はすかさずテーブルの下で足を蹴ってやった。 痛そうな三上に澄ました水野は「どうかしたのか?」なんて言う。 「お前ねえ、手加減しろよ」 眉を潜めた三上がそう言っても 「これでもしているつもりだけど?鍛え方が足りないんじゃない?三上さん」 なんていうから始末に終えない。 デザートのティラミスを食べる頃になると水野の顔もほころんで機嫌が直ってきた。 口に広がる甘みと苦みに幸せそうに笑う水野が可愛くて、三上は自分も顔がほころんでくる。 なんとなく仲直りした(喧嘩もしていないので、ちょっと変だが。口喧嘩は日常茶飯事だ)二人は、大型の書店やCDショップ、HNVを覗いたりと時間を過ごした。 「うわ〜。すっごい綺麗」 水野の素直な感嘆の声だ。 目の前にはイルミネーション。色とりどりの電球が輝いている。 「そうだな」 楽しそうな水野に三上も同意する。 この時期、高島屋2階から紀ノ国屋までの通路は「サザンライツ」と名付けられ、イルミネーションで飾られる。頭上に電球を張り脇からも設置されアーチが形成されていた。 ルミナリエには遠く及ばないし、規模も小さいものだがアーチの下を頭上を見上げながら歩くのはどこか幸せな気分になる。 歩く人が多すぎて、下は全く見えない状態だが……そんなことはどこでも関係ない。 ここまで上がってきたエスカレーター横、高島屋1階には大きなツリーが飾り付けられてその前で写真を取ることに列をなしていた。 自由に取っていいのだが、いつの間にか行列になり写真を撮る番の次の人間がカメラのシャッターを押すことに暗黙の了解で決まっているようだ。カップル、親子連れが自分の番を待っている。 「よく、やるよな」とそれを横目にしてきたが、通路も似たようなものだった。 所どころにオブジェが光輝き、その前でも記念撮影。当然のように列ができている。 呆れることを通りこして、どうしてカメラを用意しているのか疑問だ。ここはクリスマスの間だけ観光名所にでもなったのだろうか?と疑うほどで携帯のカメラ、ポケットカメラ、デジタルカメラ、果ては一眼レフまで持っている。 用意周到すぎる。 男同士で、こんな場所で記念撮影などする気もないが、例えできてもしたくないと思う。 そんな部分は二人とも意気が合った。 無言で煌めく電飾のオブジェを見上げながらアーチを抜けて、新宿駅南口の高架になっている橋を渡ると、向かいの歩行者用通路は針葉樹に取り付けられた電球がツリーを装い群をなしていた。 その木の元の石の囲いに座っていちゃついているカップルが目立つ。 自分たちだけの世界に浸っているから他人なんて気にしないようだ。 三上は水野をその石の段に座らせて少し待っていろと言うと、すぐ前にあるスターバックスに走っていった。 水野はぼんやりとツリーのような木や暗闇が川のように見える岸辺に、先ほど潜り抜けて来た輝くアーチを見つめた。 不思議だな、と思う。 期間限定の別世界。 斜め前にあるイタリアンのお店は側面がガラス張りになっていて、中から漏れる光と座っているカップルが見て取れた。 この位置はイルミネーションを見るには絶好の場所だが、事実店には行列ができている、学生には高いランクの店だ。暖かい場所で美味しい料理を頂き、お酒を飲んで夜景を楽しむ大人の世界がそこにはある。が、そんなに羨ましいとは思わなかった。 なぜなのか、本当は理由はわかっているのだけど認めるのは癪なのだ。 水野は我ながらに素直じゃないと思った。 そこへ三上が両手に紙コップをもって戻ってくる。 「ほら」 と手渡されたのは暖かいミルクティ。 多分三上が持っているのはコーヒーだと思われた。 「サンキュ」 両手で持つと指に紙コップから暖かさが伝わってくる。 三上は水野の横に腰を下ろしコーヒーをすすった。 水野も暖かいミルクティを飲み、ふうと吐息を付くと白く染まり闇に溶けた。 学生が過ごすクリスマスは寒い中でコートにマフラー、手袋と重装備してコーヒーで暖を取り、ただ座って夜景を眺めるだけで十分だ。 お金もないし、どのお店もカップルだらけで入りたくもないが、行く場所もないけれど、周りにいる人々は幸せな顔をしている。 「寒いか?」 一瞬ふるえた水野に三上が心配そうに聞いた。 「そうでもない」 強がりではなくて、本当に寒くなかった。気持ちの問題かもしれない。 「俺は寒いな……」 しかし三上はそう言うと水野に寄り添い、片手を取ると自分のコートのポケットに入れた。 「ちょっと……」 水野が驚いて手を奪おうとするけれど、三上は離さない。 「誰も他人なんて見ちゃいないさ。それに暗くてわからないって」 「でも……」 水野は恥ずかしさに頬を染めた。 男同士で手なんて繋いでいたら変に思われるのではないか?と羞恥で顔が上げれない。 しかし、確かに暗いし他人を気にもしていないし、ましてコートなど着ていると手がどうなっているかなどわかるものではなかった。 だから、水野はしぶしぶながら受け入れた。 思い切ると、繋いだ手の、指の暖かさにほっとする。 実の所水野は心配していたが、今日の水野の装いは中性的で可憐なため少女に見えていた。そのため、男二人で目立っているのかと思いこんでいたが、本当はお似合いの美形カップルだと注目されていたのだ。 三上はしっかりと把握していたが、それを言うと水野が拗ねるので黙って楽しんでいた。 水野は照れながら三上の手を握り返した。 素直でない自分ができる精一杯の表現である。 隣に好きな人の存在があれば、他愛もない話をしたり、夜景を見て綺麗だねと言うだけで楽しくて、無言でも全然構わない。 それが幸せというものだ。 水野の闇夜のイルミネーションより綺麗に微笑んだ笑顔が三上に向けられた。 恋人の笑顔が何よりのプレゼントだと三上は思う。 だから、耳元に囁く振りで頬にさっと唇を落とした。 「メリークリスマス」と伝えることも忘れない。 今日だけは、恋人も寛容にそれを受けたようで、小さく「メリークリスマス」と呟いた。 聖なる夜は奇跡が訪れる。 誰の元にも。どんな場所でも。どんな時でも。 願う想いは、真摯だから。 きっと、貴方のもとにも訪れる……。 きっと、ね。 END |