てぃらみす



「ティラミスの意味を知っているかい?」
「え?」
「<私をHigh(元気)にして!>」
(Masterキートンより)




 フトクテイタスウの人間の目に止まるのだ。
 そして、人によって、好みは代わる。
 自分の作品が好きだといってくれる人が読んでくれるなら、それで満足なのだ。

「つまらんなら読まんでもえぇやろぉ!」
「アリス、気持ちはわかるつもりだが、街中のマンションの7階から叫ぶのはどうかと思うぞ」
 酷評された作家の怒りのぶつけどころは少ない。
 特にこういう、お人よし作家の場合は。
 それを十分承知の上で、火村英生は部屋の主をたしなめる。
 その際後ろからギュって抱きしめている辺りが、この男の役得である。
「火村はえぇよなぁ。専門外(無知)のおらん論文相手だしぃ。元々秀才さんだしぃ」
 アリスはぷぅ、とお子様みたいに膨れっ面を作りながら恋人殿に八つ当たりをする。
 八つ当たりという自覚はあるが、それを受け止めるためにきてくれたんだと、ちゃんと知っている。
「一応誤解は解いとくがな、アリス。現場をしらねぇ活字馬鹿どもの見当違いの非難(文句)には俺だってホトホト苦労してるんだぜ?」
 火村は妙に実感込めていった。本音だったから、無理もない。
「そうなん?」
 振り返ったアリスは「意外だ」という目で火村を見る。その際ちょっとだけ首をかしげる辺りが実に可愛らしい(火村談)。
「そうだ」
「…何かってきたん?その袋」
 落ち着いてきたアリスは、まるでそれまでのことを忘れてしまったように話を切り替える。
 これが天然でやっているのだからなおのこと恐ろしい。
 だが、そういう意味なら火村にも慣れがある。
「落ち込んでいるだろう有栖川先生の励ましに、な」
 何せ大学に直接にかけてきて、喚き散らしたぐらいだから。
 たまたまいた学生に、からかわれるぐらいに。
「ひむらぁ」
 うちゅ。
 不機嫌なんか忘れて、甘えてくるアリスさんは火村先生にとっては恰好のご馳走だけど。
「今はキスだけで我慢してやるさ。お楽しみは、晩飯の後な」
 真っ赤になったアリスにもう一度軽いキスを残して、火村は風のようにキッチンへと消えていった。


 奮発してくれたヤケ食い用のステーキ肉はミディアムレア。
 付け合せのマッシュポテトにはクリームチーズをたっぷりと。それから、ちょっとだけ甘いキャロットグラッセとブロッコリーのソテー。
 パンは近所でも評判のお店の、焼きたてのフランスパン。スライスしないで、手でちぎって、外の皮はぱりぱりで、中のクラムはふんわりしっとりの食感を、火村シェフ特製のワインソースとバジルバターで味わった。
 それから。
「はい、デザート」
 深目の耐熱ガラスの中には、幾重にも重ねられた白と、深い琥珀の層。
 綺麗に上に広げられたココアパウダーの合間からは、覚えのある甘い香りが広がった。
「コアントローと、それからヘネシー、ちょっと貰ったぞ。それからカルーアでかいから、ここに置いておくぞ。普通に呑むにはあれ甘すぎるからな」
「うん」
 元々対して使わないお菓子用に買ったオレンジリキュールの量も、ちょっと高級って部類に入るブランデーが減ったこともどうでも良かった。
 ただ買ってきたという珈琲リキュールは結構な大きさを有していたと記憶していたが、まぁ酒なんて持つものだ。大丈夫だろうと理解する。
 それより、彼が作ってくれた目の前のフレッシュチーズと珈琲風味のデザート。
こっちの方が、断然興味対象だった。
「ひむらぁ」
「ティラミスってさ、<私を元気にして>って意味なんだってさ。
 態々おいてったらしいあいつの持ってた漫画に、書いてあった」
 テレながら、目を合わせないようにして器によく冷えたそれを盛り付ける仕草はアリスにはソムリエみたいに見えた。
 少しだけ崩れたその姿は、きっと明日の朝の自分を暗示している。
 だってこんな気分になったら、恥ずかしいとか、そんなどうでもいいこと通り越して、幾らだって一緒に居たくなってしまう。
 さっさと食え夏は痛み易いんだ、と火村は云うけど、ちょっとだけ勿体無い。
 でも、一口。
 広がる甘さと、僅かな苦味に、アリスは大好きな人のキスの味に似ているな、と思った。


                                                      えんど。



 

利剣さま。
ありがとうございます!!
相互リンクの記念に頂きました!
私が甘いのが好きだからって、それに合わせて下さいました。
ええ、甘いですとっても。うふふ、嬉しいです。
電話を聞いていたらしい帽子屋もひそかに好きですの。
しかし、これを読んでティラミス食べたくなりました。そして、今日食べましたとも♪



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