「ちょっと、待って!待ってよ!」 街中で、肩を掴まれ呼び止められた。 鬱陶しげに眉を潜め手を振りきるように睨みつけると、そこにはカメラをかけた胡散臭そうな男が二人立っていた。 「うわー、理想的!まさにそのもの!」 「ラッキー。今日は付いている」 人の顔をじろじろと見下ろし、興奮気味に捲し立てる男達に警戒心も露にして一歩引く。 何、こいつら。 敵に後ろを見せるのは信条に反するが、見るからにあやしい人間には関わるべきではない。ここはさっさと逃げるべきか? リョーマがそう思案していると。 「何してるんや?」 忍足がリョーマの背後から首に腕を回して抱きついた。声だけなら陽気だが目はまったく笑っていない。彼は人の悪い笑みでもって男たちを牽制する。 「どうしたの?遅れちゃうよ」 芥川がリョーマの隣にべったりと張り付き、手を握った。 二人の攻撃に男たちは一瞬怯むが、次には表情を楽しげに変えた。次々に目的の少年の周りに見目の良い少年、青年がやってきたからだ。顔だけでなくスタイルも着ている洋服のセンスもいい。 「いい素材だよな」 「本当に、これだけ揃っているなんて滅多にない」 男たちは互いにだけわかる話をして、愛想良く笑うと胸ポケットから名刺を差し出した。 「私達、こういうものです。雑誌『セイン』のカメラマンで、「王子様をさがせ!」というコーナーを担当していて、毎回街で見つけた王子様を取材して写真を載せているんです」 名刺と説明を聞いても、信用はできないためその場にいる誰も……リョーマ、忍足、芥川と後からやってきた氷帝レギュラーメンバーの宍戸、向日、鳳、日吉……の態度は軟化しなかった。 今日、氷帝テニス部レギュラーメンバーは揃ってお出かけだった。通常であるなら、全国大会へ連続出場するテニス部であるから練習があるはずなのだが珍しく部活が休みの休日だ。 久しぶりに休日を満喫しようと思っていた矢先、部長である跡部から召集命令が出た。横暴だろうと反論しようとすると、なんと今話題の室内遊園地の招待券を差し出され、行きたくないかと言われた。どんなにテニスが巧かろうと普通の高校生である彼らが頷かないはずがなかった。 そして、待ち合わせ場所に皆が集まり、リョーマがその場にいるメンバーに手を振りながら近づこうとしたちょうどその時、声をかけられたという訳だ。 その場面を見ていたメンバーが……樺地は家庭の都合で欠席である……急いでリョーマの側まで寄ってきて現在に至る。 「決してあやしい者じゃないから。俺たち本物」 「そうそう。君たち、皆格好いいねえ。雑誌に載るよ、写真取らない?」 にこにこと笑いながら、二人の男は迫る。雑誌のグラビアに格好いい男を載せるか載せないかで売り上げが変わってくるのだ。 「……俺らが格好いいんは、知ってる奴は知っとるし。別にこれ以上ファンはいらんけどなあ」 忍足が、世の男性が聞いたら嫉妬しそうな台詞を宣った。 「名刺なんていくらでも作れるし。本物だって証拠どこにもないだろ?」 宍戸が帽子のつばを上げながら、鼻を鳴らす。 「そうですね。お引き取り下さい。穏便な、今のうちに」 鳳がにこやかな顔で不穏なことを言う。その台詞の意味がわかるものは残念ながら氷帝メンバーだけだった。男達は、当然ながらさっぱりと理解できない。首を捻りつつ、言い募る。 「いやあ。本当に、本物なんだよ。ほら、これが雑誌。それで使っている王冠が、これ」 きっと写真を撮る人間に見せているのだろう先月号の雑誌と、小さな王冠を鞄から取り出し広げた。 王冠とは、王子様をさがせ!の企画の一番トップに乗る人物が乗せる飾りだ。素材はビーズで結構凝った繊細な作りで、太陽の光にきらきらと輝いている。頭に乗せる手のひらサイズの王冠。広げた雑誌にも見目の良い青年が王冠を乗せ微笑していた。 だが、その出来のいい王冠を見て、余計に氷帝メンバーは引いた。 本物であったとしても、いかがなものか。 そんな気持ちが全員の心を掠めた。 「ねえ、君。君は?絶対王子様似合うと思うんだけど。この王冠もぴったりだよ」 皆に守られるようにしているリョーマに男が腰をかがめ、顔を覗きこむようにして誘った。無言で成り行きを見守っていたリョーマだが、生憎全く興味は引かれない。第一、雑誌に載るなんて、以ての外だ。 リョーマは、ぷいと横を向いた。 相手をするのも馬鹿らしい、と言わんばかりだ。 「そんな、素っ気なくしないでさ」 だが男は簡単には諦めない。格好いい青年は数あれど、目の前の印象的で綺麗な少年のような、正しく王冠が似合う人物に出会える機会は少ない。 「ねえ……」 男はリョーマのさらさらとした黒髪に触れようと手を伸ばした。だが、その手が髪に触ることはなかった。 「てめえら、何してやがる?」 彼らがよく知った人物が男の手を払い除けて、状況がわかっているだろうに、レギュラーメンバーに向かってそう言った。 「Key……」 リョーマが振り向いた。その先にいる人物は、もちろん跡部だ。ちょうど、約束の場所にやってきたらしい。跡部は用事があるからとリョーマより先に家を出ていた。 「うわ、これもまた、なんというか……」 「王子様ってのとは少し違うけど、文句なくトップグラビアだな」 跡部の登場の衝撃から回復すると男達は喜んだ。その喜びがぬか喜びであるとはまだ彼ら知らない。 「ああ?それで何だ?」 跡部は目を細め見下ろす視線で問いながら、そつなくリョーマの前に立ち男達から姿を隠し不機嫌そうに問う。 「ひょとして、このメンバーの責任者かな?」 どう見てもその存在はカリスマ性がある。命令しなれた態度といい派手でありながら整った顔といい、人を支配する人間だ。 男は跡部の機嫌を取るように作り笑顔を浮かべた。 「我々は雑誌の記者で、、君たちを取材したいんだけど、どうかな?」 「そうそう。「王子様をさがせ!」っていう企画なんだけど、君たち皆いいよねー。雑誌に載れば、もてるよ?」 魅力的どころか厄介なことを言い出す男を観察して、跡部は記者のくせに観察力も足りていないなと内心こき下ろした。このメンバーのどこを見て普段もてないと思うのか。すでに学園だけではなく他校にもファンクラブがあるほどなのだ。今更、雑誌に載るからもてるなんて誘い文句心を動かされはしない。かえって面倒なのだ。 「断る」 跡部はきっぱりと拒否をした。そして、鋭い眼光で睨み付ける。 「おい、おまえら。うちのメンバーに勝手に手を出すんじゃねえぞ」 断られるとは思っていなかった男達は唖然として跡部を見上げ、やがて相手が悪いと気づいた。なぜなら、跡部が背筋を凍らすほどの冷酷な笑みを浮かべたからだ。 「もし、何かしてみろ。潰してやるから……」 恐ろしい声、冷たく鋭い表情、笑っているのに恐怖を味わう。自分たちより明らかに年下の青年だが、年齢では計れない人間性というものがある。幸いなことといっていいのか、業界に居る彼らは逆らってはいけない人間というものが存在することを知っていた。 「……じゃあ、後ろ姿ならどうですか?」 しかし、彼らはこれでもプロだったからこのまま仕事をしない訳にはいかず、丁寧な言葉に変えて追いすがってみた。 「特別何もしてもらわなくても構いません。ここから去っていく後ろ姿を1枚!後生ですから、お願いします」 「これから、あなた方以上の素材を探すなんてできる訳ありません!」 必死である。 後ろ姿だけなら、元々の知人以外にはばれないであろう。少なくとも雑誌を見た普通の人間が氷帝テニス部まで突き止める可能性は著しく低い。下らない雑誌のせいで余計なことに巻き込まれる気など跡部にはなかった。 だが、無情にも断り付きまとわれ無断で盗撮されても敵わない。自分たちのファンが試合中の写真を無断で撮っている分にはいいが、そこに彼らが撮った写真を売る可能性もある。 そこまで考えて、跡部はため息を付いた。 「1枚切りだぞ。もし雑誌に顔が出ていたら、覚えておけ。潰してやる」 にたりと笑う顔はぞっとするほど冷ややかで本気に満ちている。逆らったら、どうなるのだろう。殺される、と思わず背中に冷や汗が流れる。男達はこくこくと頷き、許可にありがとうございますと頭を下げた。 「ふん、行くぞ」 「ああ」 すでに興味を失ったように跡部が顎をしゃくって示す通りに氷帝メンバーは立ち去ることにした。 「これ、記念にどうぞ」 男はリョーマに王冠を渡した。まるであつらたようにリョーマの手のひらに王冠は納まった。リョーマは、肩で息をしてから仕方なさそうに頷くとそれを片手で掴んだまま背を向けた。 そして、去っていく一団の写真を1枚男は撮った。 後日、雑誌には身元はわからないけれど妙に格好いい集団の後ろ姿がトップ記事を飾っていた。通常は誰かの頭の上に乗せているはずの王冠は、ある少年の手にあった。遠目にそれだけが確認される程度だったが、雑踏の中きらりと光を放つ王冠はまるで少年を飾るアクセサリーのようだった。 END |