「ねえ、Key。ハサミない?」 「鋏だ?何に使うんだ?」 突然のリョーマの台詞に跡部は不審そうに顔を歪めた。 自分の部屋の整理、運び込んだ荷物を開きそれなりに過ごせるようにしなくてはらないはずであるリョーマが跡部の部屋に来ている暇はないはずである。 昨日、日本に着いたばかりだ。 明日から学校生活が始まる。 リョーマのために揃えられた部屋には基本的な家具はすでに選ばれていた。机にベッド、作りつけのクローゼット、本棚、テレビ、オーディオ等。 リョーマの趣味であるのか定かではないが間違いなく跡部の母親の趣味である。 昔からリョーマを気に入っていた、母親、跡部彩子。 リョーマの母親である倫子と昔から親しく、豪快で尊大な綾子は夫も子供も好きに振り回し、我が道を行く。彼女たちには誰も頭が上がらない。 「えー、もう賭は終わったから切ろうと思って」 そう言いながら、見事な黒髪を掻き上げた。指から流れる緑の黒髪は日本女性があこがれ羨ましがる一品だった。 「……切る?」 「そう。当たり前じゃん」 「そうじゃない。切るのはいいとして、自分で切るつもりか?」 まさか、と跡部は眉間にしわを寄せた。 「そうだよ」 「美容院へ行け。俺がいつも行っているところなら融通が効く。すぐにやってくれるぞ」 跡部は腕を組んで、言い捨てる。 「えー、嫌だ」 「ああ?なんでだ?」 「俺、知らない人に髪触られるの大嫌い」 リョーマはきっぱりと宣言する。 「そんなこと言ってたら、ここで髪一つ切れねえぞ。我が儘も大概にしておけ」 「我が儘で結構。嫌なものは、嫌。絶対、嫌。知らない他人に触られるなんてぞっとする。そんなことするくらいなら、自分で適当に切るし。駄目ならこのままでいいっ!」 断固として拒否をするリョーマに跡部は肩を落とす。 どうしてこんな我が儘に育てたんだ、と自分のことは棚に上げて跡部は心中でため息を落とす。 それほど、他人に触られるのが嫌だとは。 昔はそれほどではなかったと思うのだが、何かあったのだろうか。 どちらにしても、リョーマ自身に切らせるなど無謀に決まっているし、このまま長い髪のまま登校するというのも問題になるだろう。別に校則で禁止されている訳ではない。が、多分、どう考えても注目を浴びて何かしら騒動を起こすに決まっている。 「仕方ねえな。……おい、ここに座れ」 跡部は椅子を示してリョーマを促す。リョーマは首を傾げながらひょっこりと椅子に座った。不思議そうに見ているリョーマの前で跡部はいろいろと用意し始めた。電話で執事に指示もしている。 やがて、仮設の美容室ができあがった。 椅子に座るリョーマには長いケープのようなものが掛けられ、向かいには姿見。跡部の手元には鋭利な鋏と櫛と霧吹き。 「Keyが切ってくれるの?」 どう見ても美容師に当たる者は跡部以外いなかった。跡部はふんとふんぞり返りながら黒いエプロンをしている。ポケットにはピンまで刺さっていた。 「俺以外誰がいる?ああ?不服か?」 「不服なんて、ないよ!でも、Keyって髪切れたんだー。すごいね!」 素直な賛辞に跡部は鼻を鳴らす。 「俺様にできないことは、ない」 「うん、ありがとう!」 どこの自信家だという台詞にも、リョーマはにこりと笑った。跡部らしいと反対に思う程だ。途端上機嫌になり、にこにこしている。 「ああ。前見ろよ」 跡部は霧吹きでリョーマの髪を濡らし何度か梳くとピンでいくつかに止める。そして、慎重に鋏を入れた。 「Thanks、Key!」 出来上がりは、完璧だった。 少し長めのショートカットは、リョーマによく似合った。 リョーマは短くなった髪をさらりと掻き上げて、満足そうに笑顔を浮かべた。 「ああ」 跡部も満更でもなさそうに、口元に笑みを浮かべた。 切っている間に思い出したが、3年程前リョーマが跡部家に滞在した時も確か切ったような気がする。あの時は、ほんの少し揃える程度で今回のように髪を切るという訳ではなかった。 それを思うと、自分はリョーマの面倒を実は見ていて、これからも見る運命にあるようで、なんだかなと自嘲した。 もっとも、退屈はしないから歓迎はするけれど。 「ねえ、これからも切ってくれる?」 「……わかった」 満面の笑顔で言われると、弱い。 やはり、面倒を見るような気がひしひしとする。が、半分諦めが入っているのは、昔なじみだからだろう。兄弟みたいに育った人間を無碍にできる程跡部は酷い人間ではなかった。 END |