水野家は女性が4人いる上、男性は竜也一人。 例え中学生といえど、夢を持つにはあまりにも現実が側にありすぎた。 「大丈夫?」 「うん、死んでる」 「死んだら、駄目だよ」 姉の桜子がベットで寝ている。 辛そうにゆがめられた顔、寄せられた柳眉。 竜也はベットの側まで来て、心配そうに様子を伺っていた。 別に風邪を引いている訳でもないし、病気でもない。まあ、一種病気といえば病気だが‥‥。 そう、女性特有の月に一度のお客さん。 水野家ではとてもオープンである。 竜也も今誰がお客さんが来ているか、嫌でも知ることとなる。 症状にも個人差があって、叔母の孝子、百合子は近づくと只でさえ感情表現が豊かだというのに、より感情の起伏が激しくなる。イライラして竜也や周りに不満をぶつけて解消する。とても迷惑な症状だ。 母の真理子はとても眠くなるらしい。ぼーとしていることが多くなる。 姉の桜子はまだ身体が未成熟なせいか、重い。 腹痛のせいで寝込む。 竜也は枕に散らばった長い髪をさらりと撫でて、額に手を置く。 「たっちゃんの手暖かい」 額に置かれた指からほわんと暖かい体温が伝わってくるのか気持ち良さそうに目を閉じる。そして、竜也の手をぎゅっと握って自分の頬に当てる。 竜也はひやりとする冷たさに眉をしかめる。 指先まで冷たい桜子の体温‥‥。 どこか人形めいている青い顔。 いつも雪のように白い肌が紙のように白すぎて生気がない。 「ほら、暖かくしてないと」 そう言って布団を首まで引っ張って桜子の手を入れる。 されるがままに竜也を見ていた桜子は竜也を呼んだ。 「たっちゃん」 「何、姉さん?」 竜也は桜子を見つめた。桜子も竜也を見上げていた。 「半分くらい、もらって?」 「‥‥」 また、何を言い出すんだか、この姉は。 竜也は毎度のことながら、桜子の発想に驚く。 「駄目かな?」 「もらうことができたら、どれだけでももらってあげるんだけどね‥‥」 「本当?」 「うん」 桜子は薄く微笑む。 「‥‥嘘よ」 しかし竜也から視線を外して桜子は天井を見上げた。 「たっちゃんにあげたら、たっちゃん痛くて死んじゃうかもしれないじゃない」 「死ぬことはないと思うけど」 「あのね、出産の痛みって男の人には耐えられないんだって。もし体験したら死ぬかもしれないって。うさぎに電流流して雄、雌の我慢の度合いを調べたら雌の方が忍耐力があったんだって‥‥。ひどい実験よね。うさぎも迷惑だわ。それでね、女性は毎月痛い思いを経験してるから、出産も耐えられるんじゃないかってテレビでやってたの」 「‥‥」 それにどう答えたらいいか竜也は悩む。 「男の人だって大変だとは思うのよ、でもこの痛みって独特だと思うの。たっちゃんが痛みに強くないとかそういうことじゃないから‥‥。よく怪我してるの知ってるし」 「うん」 「その度に見ると辛いけど‥‥」 「大したことないんだよ、あのくらい」 サッカーで擦り傷なんて、しょっちゅうだ。怪我にも入らない。 けれどその怪我を見る度桜子は痛くない?と言って心配する。大丈夫だよとどんなに言っても心配するのを止めないし、心配くらいさせてと笑う。 「あのね、お願いがあるの」 「何‥‥?」 「たっちゃんのミルクティが飲みたい。甘〜いの」 桜子は甘えたように竜也を見上げ強請る。 「姉さんがいれるより美味しくないよ、いいの?」 竜也はキッチンに行くため立ち上がりながら確認する。 「うん、たっちゃんのがいい」 ふんわり桜子は笑う。 「わかった、ちょっと待ってて」 竜也は桜子の部屋を後にすると、キッチンで紅茶を入れる。 お湯を沸かして、桜子の好きなアールグレイをいれる事にする。そしてミルクも沸騰させないくらいで暖めて、砂糖は1杯。 桜子が竜也の好みを把握しているように、竜也も桜子の好みを当然ながら把握していた。 付け合わせに小さなキューブチョコレートを数個付ける。 甘い物が美味しく感じるはずだから。 「お待たせ」 竜也は桜子の部屋の小さな木目のテーブルに盆を置く。 「起きられる?」 寝ている桜子を支えて、枕を背に当てて座らせる。 「はい、どうぞ」 「ありがとう」 桜子は竜也からマグカップを受け取り、そのカップの暖かさにほっとする。そしてこくりと一口の飲む。甘くて心地いい暖かさが口に広がり、喉から身体全体に伝わっていくのがわかる。 「美味しい、たっちゃん」 「そう」 お礼を言って微笑む桜子の顔が先ほどより少し元気で頬に赤みが差しているため、竜也は安心した。 「お茶くらい、何度でも入れてあげるから早く元気になってね」 「うん」 桜子が元気がないと竜也も辛い。 早く元気に、いつものように笑って欲しい。 「おまけのチョコレートだよ」 竜也は持ってきたキューブチョコを桜子の手の平に落とした。 手の中のチョコレートを認めて桜子は目を見開いて驚くと竜也を見上げた。 「ありがとう。至れり尽くせりだね。得しちゃった」 ふわふわっと砂糖菓子のように甘く桜子が笑うので、竜也も嬉しくなる。 「そうだよ、だから元気にならないと駄目」 「は〜い」 桜子は元気に返事をした。 そんな桜子を竜也は優しげに見つめていた。 END |