ここはとある紅茶専門店である。 真っ昼間の日曜日、その二人連れはとても目立っていた。 なぜなら、テーブルの向かいに座っているその二人があまりにそぐわなかったためだ。 一人は中年男性。やせ形の、どことなく厳しい顔つきと目つきで、神経質そうな感じのする顔立ちをしている。 片や、どこからどうみても美少女だった。女子高生くらいであろうか。 全体的に色素の薄い儚げな印象である。太陽の光に金色に透ける茶色の長い髪に琥珀の瞳、白い肌に桜色の唇はアンティックドールのように美しかった。 二人はどんな関係なのかと、見ている周りの人間が不思議に思っても仕方なかった。 「桜子、竜也が冷たいんだよ‥‥」 桐原総一郎はそう言った。 その厳しくて怖そうな顔も愛娘の前では形無しのようだ‥‥。 「それはたっちゃんに言ったら?父さん」 寂しそうに語る父に同情的な瞳を向けつつ、桜子はきっぱりと言い切る。 「私がどんなに言っても聞かないだろ?よけいに意固地になる」 「そうね‥‥。頑固な所、お父さん似だから」 「桜子〜」 そういう桜子とて普段はほよよんとしているが、こうと決めると頑固である所は親子そっくりだった。 母、真理子と離婚した父、総一郎は今一人で住んでいる。 一人暮らしは寂しいらしい。それに以前倒れたと聞いたときは生きた心地がしなかった。 例え、一緒に暮らしていなくても血の繋がった父だ。 元気でいて欲しい。桜子は時々父親と会う。 家に届け物に行ったりする事が多いが今日は真理子の代わりに会いに来た。 離婚しても時々逢っている真理子に、たまには娘の顔を見せてやってちょうだいと言われたのだ。ご飯くらい一緒に食べてあげて、と頼まれた桜子だが、元気な父の姿を見たかったのも本当だったため待ち合わせをして逢ったのだ。しかし、弟である竜也には言っていなかった。 きっと反対するに決まっていたから。 「父さん、言わなきゃ伝わらないことってあるんだよ。言わないでいいことなんてないんだから‥‥。たっちゃんをいつまでも子供扱いしちゃ駄目。もう、男の子なんだから!」 「‥‥」 「しょうがないな〜」 桜子は憮然としてる父親の頭をよしよしと撫でた。子供にするような態度だった。桐原は娘の慰めを黙って享受している。 本人達は気にしていないが周りはその仕草に思いきり注目した。 食事を済ませた帰り道。 寂しそうな父親の後ろ姿がある。 背中には哀愁が漂っていた。 これから帰る一人の家に嘆いているのか、息子と上手く行かないことなのか? 桜子は苦笑する。 「真理子さんの代わりに腕組んであげる」 あまりに可哀想で、桜子はそう言って総一郎の腕に指を絡ませる。 途端に、総一郎の目尻が下がった。 現金なんだからと思いながら桜子は父親の肩に頭を寄せた。 そんな二人に皆の視線が再び集まった。 が、もちろん知ったことではない親子である。皆の視線も少し肌寒くなった風が桜子のスカートを翻すことと同じようにすり抜けていくだけだった。 ある日曜日、今日も東京選抜の練習が行われていた。 しかし、武蔵森を中心にどこか噂の影が潜んでいた。竜也をちらちら見ながらひそひそと話す。 竜也がどうしたんだ?と切れかけた時、武蔵森のエースストライカー、大型犬である藤代が水野に短刀直入に聞いた。 「知ってる?水野?」 「何が?」 「今、桐原監督が女子高生と援助交際をしているって噂で持ちきりなんだ!」 「はあ‥‥?」 あのくそ親父が援助交際?竜也は叫んだ。 今まで最低の奴だと思ってきたがここまでとは思わなかった。 あいつも地に落ちたな‥‥。地獄に堕ちろ。竜也は呪う。 「何でも、すんごい美少女と歩いていたんだって」 「俺は腕組んでたって聞いたぞ」 「俺はね、監督が美少女と紅茶飲んでケーキ食ってたって!」 今まで遠目で見ていたメンバーが集まってくる。 「渋沢さん、あんたも聞いたの?」 後の方にいて様子を見守っている、一番信用性に足る人物に竜也は伺った。 「ああ。どこからか噂になってな。俺が聞いたことを総合すると、桐原監督と美少女は紅茶とケーキをして、食事をして腕を組んで歩いたらしい。何でも、髪の長い女子高生くらいの美少女で、色が白くて、背が高くて、儚げで‥‥。俺が聞いた事から言えば、水野ばりの美人だそうだ‥‥」 どこからそんなに詳しく聞いてきたのだ?と思わずにはいられないくらいの詳細な情報だ。少しだけ、気に障る台詞があったが‥‥。 「それって、つまり俺に似てるってこと?」 「そうなるな‥‥」 「‥‥」 「‥‥」 「‥‥」 皆、わかったような気がした。 水野ばりの美少女が監督と仲良さそう歩く。それはありだろう。 だって、監督には水野にそっくりな娘がいる。 謎が解けたメンバーはなんだ、そんな落ちかとがっかりした。 一方竜也はふつふつと怒りがこみ上げてきた。 何に対してなのか自分でもわからない。 そんな微妙な空気が漂う中に柔らかな春の日差しを思わせる声がした。 「たっちゃん!」 皆、瞬時に声のある方向に振り向いた。 聞き覚えのある声。聞き間違えるなんてない。 「ね〜え〜さ〜ん!!!」 竜也は大声で叫んだ。 そして、桜子の前まで足早に駆けて来ると、桜子に問い正すように真剣な目を向ける。 「何?たっちゃん」 しかし桜子は相変わらず無邪気だった。 今日だって時間が空いたので竜也を見に来ただけなのだ。 「親父と会ったの?」 「逢ったわよ」 詰問するような竜也の声音に桜子は不思議そうな顔をして竜也を見上げた。 それがどうかしたのか、さっぱりわかっていない表情だった。 「腕組んだの?」 「真理子さんの代わりにね。父さん寂しそうだったから‥‥」 「‥‥」 「どうしたの?いけなかった?」 桜子は首を傾げる。 「姉さん、親父とは似ても似つかないんだから、そんなことしたら駄目だっ」 「どうして?」 「親父と姉さんが歩いてるだけで、援助交際に見えるんだよ!まして腕なんて組んだら絶対に誤解される!!!」 「あら?」 「あらじゃない!やめてくれ」 「だって、たっちゃん。血が繋がってるんだからいいじゃない」 「繋がってても、駄目だ。絶対駄目だ。お願いだから止めて」 悲痛な叫びである。 桜子は納得いかない顔だが竜也の様子に小さく頷く。 「わかったわ、もうしない。だから、たっちゃんそんな壊れた顔は止めて」 誰が壊してるんだ、と思いながら止めると約束する桜子を竜也は真摯に見つめる。 「約束だからね。破ったら許さないからね‥‥」 「うん、約束します」 桜子はそして小指を差し出した。 ‥‥それは指切りをしようということだろうか、と竜也は思う。 この周りに選抜メンバーがいる中で果たして指切りをするべきか否か竜也は困惑する。が、桜子が父親と腕を組むことに比べたら、ささやかなことに感じた。 竜也の己の小指を桜子の小指に絡ませて「指切り」をした。 小さな頃、よくやった。 大きくなった今でも時々行う約束。 未だに破られたことはない。 二人の中では神聖な約束なのだ。 指切りが終わると竜也はなんとなく落ち着いてきた。 そう、これで桜子は絶対親父と腕は組まない。 約束を守ってくれるはずだから。 しかし、そんなせっぱ詰まった気持ちを理解していない桜子は 「だったら、たっちゃんが腕組んでね」 と竜也の腕に指を絡ませた。 「‥‥」 竜也は遠い目をして、現実に戻ると、まあいいかと頷いた。 いろいろ天秤にかけたらしい。 ちなみに、選抜メンバーはお前ら勝手にやってろという目で見ていた‥‥。 END |