ちょこっとだけ、ホワイトデー




「天蓬、やる」
「………ありがとうございます」

 徐に手渡された包み。薄くて四角い箱は白い包装紙に青いリボンが結ばれていた。天蓬はそれをまじまじと見つめて、首をひねる。

「えっと、これは?」
「ハンカチ。それならいくつあってもいいだろ?」
「………どうしてって聞いていいですか?」
 もらえる理由がさっぱりわからなくて天蓬は尋ねた。この屋敷を取り仕切っているのは金蝉であるから必用なものを揃えるのは金蝉の役目。だから、天蓬の衣類や何やら実は管理しているのも金蝉で。ハンカチを買ってくるのは、普通のことだ。しかり、こうやってプレゼント用にラッピングされて渡される理由がわからないかった。誕生日でもなくクリスマスでもないのに………。

「ホワイトデーだ」
「………ええ???」
 天蓬は驚いた。それは素晴らしい驚きだった。目をまん丸にして見つめてくる天蓬に金蝉は不思議そうに首を傾げた。
「この間、お前日頃の感謝だって俺の好きなチョコくれただろ?だから。ついでだったし」
 天蓬は先月のバレンタインに金蝉にチョコを渡した。たまたま金蝉の好きなチョコを聞いたので、全く仰々しくなくただの紙袋に入れて日頃の感謝にと。本当は好きな相手に渡したいだけだったのだが、どうして?と金蝉が聞くので「感謝」と答えておいた。確かに感謝もこもっているから。
「そうなんですか?………ありがとうございます。………ところで金蝉お一人でお出かけになったったんですか?それに、ついでって?」

 天蓬は金蝉が一人で出かけたのかとても気になった。お返しをもらったことはとても、非常に嬉しいのだが、金蝉を一人で街中を歩かせるのは嫌だった。というか、止めて欲しい。こんな容姿でこんな無防備な性格で歩いていたら、変なものが付いてくる可能性が高いのだ。だから、買い物に行くという時は天蓬も一緒に同行する。そうでなければ、お店までタクシーでも使ってもらう。帰る時も同様だ。

「悟空と一緒だ。悟空が学校でもらったチョコのお返し買いたいっていうから付き合ったんだ。それで、ついでに買った」
「悟空と一緒ですか。なるほど。中学生でもお返しはしっかりしないといけませんものね」

 そういえば、バレンタインに学校からチョコを嬉しそうにもらってきた悟空の顔を思い出す。金蝉に一度に食べたら虫歯になると注意されていた。
 あの見かけは子犬だが一皮むけば猛獣並に強く食欲旺盛で金蝉に懐き捲っている悟空が一緒なら、大丈夫であったかと天蓬は安心する。不届きな人間が近寄ることさえできなかっただろう。天蓬はほっと、安堵をもらす。

「ああ。クッキーとかのお菓子や可愛いハンカチが多かったな。………ホワイトデーは何もなくて何よりだ」
 金蝉は微笑んだ。
 バレンタインはそれはもう、大変だった。屋敷に贈られてきたチョコの山に鼻が詰まりそうだった。しかし、ホワイトデーは平穏無事だ。金蝉は、心安らかに過ごしていた。

「そうですね。バレンタインは一種の恐怖ですから」
「………だろう?」
 天蓬に同意に金蝉はうんうんと頷く。
 あれは体験したものでないと理解できない恐怖だ。

「悟空が自分も食べたいって買ったクッキーがある。お茶にしよう、天蓬」
 金蝉にいつものようにお茶に誘う。
「そうですね」
 天蓬はにこにこしながら金蝉の肩にそっと腕を回して促すと、と一緒に階下に降りることにした。
 



                                        END


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