「十月桜」




「綺麗だな………」
「綺麗ですね………」
 二人で見上げる先にあるのは、薄紅色の花弁が咲いている桜の木。蒼い空に映える美しい桜花。八重になっている花びらは、薄く色付いて可憐である。
 
 
 いつもの休日に天蓬が金蝉を散歩に誘った。
 最近散歩が好きになっている金蝉は、その誘いに迷うことなく頷いた。一人でふらふらと散策するのもいいのだが、大抵天蓬と二人である。寒くなってきた季節の中、秋を通り越して冬かと思う冷たい空気が漂う外へ天蓬が一人で金蝉を出す訳がなかった。
 完璧に防寒しないと、また風邪を引くから駄目だと金蝉に言い聞かす。
 それに、いくら大丈夫だと金蝉が言っても聞き入れてはもらえなかった。
 それ故、天蓬から行こうと誘われれば外出が許可されたことであるから、金蝉が断る訳がなかったのだ。

「今日は少し離れた場所にある公園へ行きましょう」
 その言葉に従って、ゆっくりと道を歩く。
 そのうち吐く息が段々と白く染まるようになるだろう。
 今でも少しだけ息が見える。
 見上げる空が蒼い。
 1年中で一番空気が澄むのが冬だ。だから、夜空の星も冬が一番綺麗に見える。
 そのことから考えても、空がこれほど蒼く美しいのも頷けるものだ。
 きっと、澄んだ空気がそのままの空の色を映し出しているのだろう。その先にある宇宙までも繋がっている………。そう考えると晴れ渡った空の蒼までもが愛おしい。
 

 いつも行く公園より随分歩いた場所。それほど大きくはないし、子供が遊ぶ遊具もない。ただ、木立と小さなグランドがあるだけだ。
 が、もうすぐ冬だというのに、花が咲いていた。
 晩秋でも花は咲くだろう。が、咲いている花は、どう見ても秋とは縁のないものに見えた。その花を見ることができるのは春先。暖かくなり水も温み、人々の気分も上昇する頃にまるでそのうきうきした気持ちを表したかのような、歓喜と儚さと美しさを体現したような花、桜。
 それが空に向かって伸びている。空のキャンバスに薄紅色の花が可憐に彩っている。

「どうして?」
 金蝉は桜の下で頭上を見上げながら呟く。
「狂い咲きではありませんよ。秋に咲く桜です。そういった桜は数種類あるそうですが、これは『十月桜』といいます」
「十月桜………?」
 天蓬の説明に金蝉は首を傾げて繰り返す。
「ええ。先日偶然にも見つけまして、これを貴方に見せたくて………」
「………。ありがとう、天蓬」
 にこやかに微笑んで金蝉は天蓬にお礼を言う。

 こんな綺麗なものを見れるなんて思わなかった。
 秋に咲く桜なんて、知らなかった。
 春に咲く桜と随分印象が違うと思う。
 そこにあるのは、儚さよりも凛とした美しさ。冷気の中でも花開く力強さと清冽さを持ち合わせた桜花。

「貴方が喜んで下さって良かったです」
 天蓬は、嬉しそうに微笑む金蝉を眩しげに見つめる。
 凛とした桜の薄紅色を伴った金蝉は大層美しかった。金の髪と紫の瞳が午後の光に反射する様は天上の美を思わせる。
「とっても気に入った。春の桜もいいけど秋の桜もいいな。来年も見たいなあ………」
 春になれば公園、堤防、学校の並木あらゆる場所で桜は咲くだろう。その美しさももちろん待ち遠しいものであるが、『十月桜』にもまた逢いたかった。
「また、来ましょう。この桜もしばらく咲いていますし、来年だって再来年だって見られますよ?」
「そうだな。また来ようか、天蓬」
 金蝉の誘いに天蓬は優しげに微笑みながら頷く。

 
 こうして春と秋の二度へと、二人の花見の約束が増えたのだった。



                                         END



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